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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (125) 自由

コズイレフ帝国はイヴァン皇帝の独断による無謀な戦争の結果、反体制派のクーデタにより崩壊し、共和国として生まれ変わった。国名はスラヴィア共和国になる。第一回大統領選挙が行われ、初代大統領には何とキーヴァ・オライリーが選出された。

(いや~、ホントびっくりだったよな)

アントンは大きく息を吐いた。

驚いたがクーデタを勝利に導いたのは間違いなくキーヴァだった。彼女の強さと美しさに民衆が強烈に惹きつけられたのも無理はない。彼女の強さには誰も敵わなかったし、リーダーとしての資質があることは獣人たちを統率する様子からも見てとれた。彼女なら良い国にしてくれるとみんなが期待したんだ。

クーデタの結果、皇族や貴族は全員平民になった。抵抗勢力はキーヴァがねじ伏せた。キーヴァの強さは清々しい。彼女の力を使えば誰でも問答無用で従わせることが出来るはずだが、彼女は必ず相手との対話を望む。対話をしても通じない相手、特に古い権力と金にしがみつく強欲な皇族や貴族に対しても力を使うのは最終手段としてだった。

気がつくと誰もがキーヴァを統率者として慕うようになる。エレナの父親で反体制派として長年戦ってきたレフも彼女に心酔している。現在、レフが大統領首席補佐官となり、政務を助けているそうだ。

エレナも事務官として大統領府で働いている。彼女は優秀で頭も良かった。きっと重宝されているに違いない。

(しがない俺のことなんてもう忘れちまったかな~~)

そう考えるとアントンの胸が少し痛む。

アントンは母マリヤと二人で平民として暮らせるようになった。旧帝都でスラヴィア共和国の首都となったスクの外れで暮らしている。マリヤは刺繍の注文を大量に受けて、毎日忙しそうだが、皇宮に居た頃よりずっと楽しそうに生活している。

アントンは商売を始めた。皇宮に居た頃、セイレーンの村への物資調達係だったことが幸いした。色んな商会や商店との伝手がある。皇子じゃなくなったら掌を返すような扱いを受けると覚悟していたけど、有難いことに商店主たちの態度は全く変わらなかった。アントンは仕入れた商品を遠隔地の村々に届けて売ることを仕事にしている。

だから、アントンは家を留守にすることが多い。でも、マリヤは安全だ。アントンとマリヤがスクに居を構えた後、すぐに大統領府が専属の護衛として獣人を派遣してくれた。住み込みなのでマリヤも安全に過ごすことが出来る。

人狼型の獣人はファビオという名前で、精悍でカッコいい。口数は少ないがマリヤを常に丁重に扱い、大切にしてくれていると思う。マリヤは内気な性格だが、ファビオには話しかけやすいようだ。ファビオと話をするマリヤの笑い声が聞こえるとアントンは嬉しくなる。こんなに明るい笑い声なんて何年も聞いていなかった。マリヤが出かける時も護衛してくれるし家の手伝いもしてくれる。我が家にとって有難い存在だ。

ファビオは公務員なので給金を支払わなくてもいいと大統領府から通達されて、アントンは驚いた。旧女性皇族は人身売買で誘拐される危険性があり(旧皇族というのはなんかエロい付加価値があるんだそうだ。うげ。最低)そのための警備費用は、正式に共和国の予算として認められているらしい。確かにマリヤの美しさを狙う悪党がいてもおかしくない。アントンは新政府の配慮を有難く受取ることにした。

新しい政権が発足する時に多くの混乱があるのは当然だが、アントンの目から見てもキーヴァたちは良くやっている。

新政権が発足してまず着手したのは、獣人に対する差別行為の撤廃だ。そのための多くの施策が議会を通り法制化された。続いて女性や児童の違法労働・強制労働・人身売買の撤廃のために動いている。キーヴァは『弱者救済』を掲げて大統領選挙に当選した。公約通り頑張っていると思う。

フォンテーヌ王国などの近隣国も概ね新政権の樹立を歓迎しているようだ。今後友好条約の可能性などを探っていくらしい。

キーヴァは北部の山岳地帯にいた獣人の信頼を勝ち取り統率者となった。アントンは元々獣人に対する差別意識はなかったが、ファビオを知り益々獣人に親しみを覚えるようになった。強く逞しく、温和で礼儀正しい。知性も高い。

ファビオが居てくれるおかげでマリヤとアントンは安心して過ごすことができる。アントンが留守の間もマリヤはそれほど寂しくないだろう。

・・・などとアントンは考えていた。しかし、アントンが在宅中もマリヤとファビオの楽しそうな声が聞こえてくると、アントンの方が少し寂しい感じになってしまう。嫌でもエレナのことを思い出してしまうからだ。

(あ~あ、エレナはどうしてるかな?忙しいんだろうな・・・)

マリヤ宛にはエレナから頻繁に手紙がくる。その中に『アントン殿下にも宜しく』という文言は入っているらしい。

(っつーか、もう殿下じゃねーし)

アントン宛に手紙がこないことで彼は若干傷ついていた。

(皇子と侍女というだけじゃない信頼関係があったんじゃないのか?)

マリヤからは「アントンが直接エレナに手紙を書いたらいいじゃない?」と言われるけど、そんなに簡単じゃないんだよ。

*****

あの日、皇帝が突然フォンテーヌ王国に対して宣戦布告を行った。当時、戦争が始まることを知っていた人間は皇宮の中でも少なかった。アントンすら知らなかった。一応皇子だったのに・・・。

当然、皇宮は大混乱に陥った。その混乱に拍車をかけるように、皇宮に大きな落雷があった。

しかも、一度ではない。何度も繰り返し雷が落ちた。人々は神の怒りだと叫びながら逃げ惑う。建物は倒壊し多くの人が下敷きになった。

アントンはエレナと一緒に執務室で仕事をしていた。大きな衝撃音と共に崩れてくる壁を見て、咄嗟にエレナに覆いかぶさった。体中に激痛が走る。何本も骨が折れた音がした。体のあちこちから出血もしている。

『もう死ぬかも』と思った瞬間、口から言葉が飛び出していた。

「エレナ、好きだった・・・」

と呟いたんだ。

そのまま意識を失ったアントン。

次に目を覚ました時には、皇宮の外でリオに手当をされていた。マリヤが泣きながらしがみついている。怪我は完全に治っていて痛みは全くない。エレナは傍らで号泣しながらもアントンとは目を合わせようとしなかった。

(・・・やっぱり、俺は失恋したってことだよな)

エレナはアンドレが好きだったんだし、まあ、失恋は仕方がない。でも、もし告白しなかったら、今でも友人関係でいられたのかなと思うと、後悔する気持ちも湧いてくる。

(・・・・ああ、未練ったらしいな、俺!)

アントンがクッションを抱えて悶えていたら、マリヤが怪訝そうに「アントン?」と声を掛けてきた。

アントンは慌ててクッションを隠して立ち上がった。

「あ、は、母上。どうしました?」
「お友達のアンドレ様がお見えよ」

マリヤはまだちょっと心配そうだ。彼女の後ろからアンドレがおずおずと顔を覗かせた。

「ああ、アンドレ!久しぶり!」

アントンとアンドレは固い握手を交わした。

「アントン、元気そうで良かった。重傷を負ったと聞いて心配していたんだ」
「それはこっちの台詞だ。君は一度死んだって聞いたよ」
「ああ、リオのおかげで生き返ったよ」
「そうだな。お互いに」

二人は顔を見合わせて微笑んだ。リオには一生かかっても返せない恩がある。マリヤも同じ気持ちで、リオのために大きな刺繍のタペストリーを作りたいと申し出た。

「まあ、座ってくれよ。狭いところだけど」

アントンが案内すると、アンドレは笑顔で

「いや、素敵なところじゃないか。暖かくて居心地がいい場所だ。僕は好きだな」

と言ってくれる。

(こいつのいいところは心からそう思っていると感じさせてくれるところだな)

マリヤはお茶と焼き菓子を出した後

「ごゆっくり」

とニッコリ笑って部屋を出ていった。

アンドレは思い出したように、カバンから何枚かのスケッチを取り出す。

「あの、これはリオを描いたスケッチなんだ。君の母君が欲しいと仰っていただろう?」
「ああ、ありがとう。母上はリオに贈るタペストリーに、リオの顔を描きたいって言うんだ。あんなに美しい顔をした少女を見たことがないから、是非刺繍で表現したいってさ」

リオを褒められるとドヤ顔をするアンドレだが『無理ないな』とアントンは思う。自慢の妹に違いない。

アントンはスケッチを見て素直に感心した。

「これは全部アンドレが描いたんだよな?すげーな。超上手いじゃん」

アンドレは照れたように首を振った。

「いや、俺のは単なる趣味だから。エディはプロだから段違いに上手いよ」

(あ、エディで思い出した。そういえば・・・)

アントンは単刀直入に質問した。

「それで?アンドレはエディと付き合ってんの?」

ぼふっと音が出るくらいアンドレが赤面した。すげーな。手まで真っ赤になってる。

「え、あ、いや、うん、実は・・・そうなんだ」

アントンは爆笑した。なんだこのピュアは?!

この後、延々とエディとの惚気話が続き、アントンは聞かなきゃ良かったと心底後悔した。

(今の俺には耳の毒だ)

エレナのアンドレへの想いはどうなる?アンドレが悪い訳ではないが、ちょっとむかっ腹は立つ。

アントンが右から左に惚気話を聞き流していると

「・・・それで、フォンテーヌ王国に一度帰国することになったんだ」

とアンドレが言った。

「え!?帰国するのか?」
「ああ、友好条約の締結時にまた戻ってくるかもしれないけどな。共和国への新しい大使が誰になるかまだ決まっていないんだ」
「じゃあ、もう会えないかもしれないな・・」

寂しくなるなとアントンは思った。なんだかんだでアントンはアンドレを気に入っている。

アンドレはちょっとムッとして腕を組んだ。

「なんだよ。僕たちは友達じゃなかったのかい?僕は手紙も書くし、遊びにも来るよ」

素直な言葉を聞いてアントンは嬉しくて、ちょっと感動した。アンドレは本当にいい奴だ。

「・・・じゃ、じゃあ、俺も手紙書くよ」

アントンは自分の顔がどんどん赤くなるのが分かる。アンドレもつられたように赤面した。男二人で見つめ合って顔を赤くして何やってんだ!?

でも、アンドレは嬉しそうだ。

「是非フォンテーヌにも遊びに来てよ。リオも喜ぶ」

(それはいいな。商売にもなるかな?)

「いいね。ここの商品をフォンテーヌで売ったりしてもいいかい?」
「うーん、どんな商品かにもよると思う。もし、売れそうな商品だったら、フォンテーヌの道の駅で販売できるよ。許可が必要だけど。良かったら王宮の担当官を紹介するし」

願ってもないビジネスチャンスかもしれない。

「じゃあ、商品の概要をまとめたカタログを今度送るよ。売れ筋を担当の人に検討してもらえたら助かる」

アンドレは笑顔で快諾してくれた。

遠隔地での販売は勿論続けるつもりだ。でもフォンテーヌで販路が見つかれば、今度はフォンテーヌの商品をスラヴィア共和国で売ることもできる。

外までアンドレを見送って、これから楽しみだなと空を見上げた。青い空に白い雲が流れていく。自由っていいな、と心から思った。


続きはこちらからどうぞ(*^-^*)
神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (126) スラヴィア共和国|北里のえ (note.com)

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