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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (126) スラヴィア共和国

キーヴァ・オライリーが正式に大統領に就任してから、エレナの仕事は更に激務になった。朝から晩まで書類の山に埋もれている。

コズイレフ帝国が崩壊し、スラヴィア共和国になってから約二か月。新政権にはまだまだ問題が山積している。

まず、元皇族・貴族の扱い。

彼らは心底愚かであるとエレナは悟った。平民になり自活することを受け入れた元皇族・貴族はすぐに解放され、多少の助成金を受け取って市井での生活を始めている。というか、マリヤとアントンの二人だけだけど。あの二人は昔から自由になりたがっていたし、自ら働くことを厭わない。アントンは器用で何でもこなすし、マリヤの刺繍の腕なら仕事を切らすこともないだろう。

残りの元皇族・貴族らは腐っているとエレナはつくづく思い知らされた。全員、現在の自分の立場が分かっていない。昔と変わらず見張りの獣人に侮蔑的な言葉を浴びせ、世話をしてくれる使用人にも横暴な態度を取る。新政権の官吏が今後の相談のために面談をしても泥棒と罵り、財産を返せと悪態をつく。加えて、ほぼ全員に何らかの汚職疑惑があり、裁判のために証拠集めもしなくてはならない。根っこから腐っている、という表現がピッタリな元皇族・貴族をどうするかが、現在のところ新政府の一番の懸案事項である。

それ以外にも、獣人共同参画社会基本法、新社会保障制度、女性と児童の違法労働・人身売買を防止するための指針作りなど、仕事は山積している。

キーヴァは各国首脳と会談を行い、要らぬ戦争を引き起こした責任は金で片がつくよう交渉してくれた。

「旧皇族・貴族の財産は庶民の血と汗と涙の結晶を搾取したものだ。全部売り払って賠償金に充ててくれ」

とキーヴァは言い切った。

「責任は全て私が取る。心配するな」

という爽やかな笑顔に全員が「どこまでも付いていきます。ボス!」という気持ちになる。

また、近隣国との間に友好条約を締結する手筈も整えてきた。それは外交部が必死に対応している。

エレナは国内政策担当の部署なので、外交部と接することはほとんどない。たまにフォンテーヌ国大使のアンドレが外交部を訪問することがあって、遠くからその姿を懐かしく見つめていたことは内緒だ。そのアンドレも最近帰国の途についた。もう二度と見かけることもないのかな、なんて物想いにふけってしまい慌てて首を振る。

(私とアンドレ様なんて最初から何もかも釣り合わなかったじゃない?アンドレ様はエディ様が好きなんだから・・・はぁ)

無駄にする時間なんてない!仕事だ仕事!と自分に気合を入れている時に、上司であり父親でもあるレフから呼びだされた。エレナは大統領府首席補佐官付きの事務官の一人だ。父親のレフが大統領首席補佐官で、母親も補佐官を務めている。こんなに身内で固めてしまっていいのかな?と思うけど、レフは人材が育ったら政権を離れるつもりでいる。

キーヴァには長く勤めて欲しいと請われているそうだ。でも、縁故主義を避けるために必要だから、という父の言い分は真っ当で清廉だと思う。エレナの両親は汚職や賄賂を憎んでいる。私腹を肥やす貴族たちを沢山見てきたからだ。

父なら私腹を肥やすなんてしないだろう。母も負けないくらい正義感が強い。だから逆に両親がいた方が汚職を防げるんじゃないかなと思うけど、まあ、今それを心配する余裕はない。全員が新政権運営で必死だ。

エレナを呼んだ首席補佐官のレフは、職場で家族の顔を見せることは一切ない。エレナとルカという同僚がレフの前に並んだ。

ルカはエレナと同じ年で金髪碧眼のなかなかの男前だ。女性職員から熱い視線を集める人気ナンバーワン。周囲からの『なにアレ?ルカと一緒の任務なんて羨ましい』的な視線を感じて居心地が悪い。

『でも、アントン殿下やアンドレ様と比べると普通ね・・・』なんて傲慢なことを考えてしまう自分に喝っ!エレナは美男子のスタンダードが異常に高くなってしまったに違いないと反省した。

(いかん!仕事だ仕事!)

最近アントンのことを考えると、何故か心臓の動悸が落ち着かなくなるのだ。

***

スラヴィア共和国では、貴族制廃止と共に領地経営をしていた領主がいなくなった。各地方をどのように行政地区として管理・運営していくか、ということも大きな課題だ。

首席補佐官から、エレナとルカで各地方がどのような行政管理を望んでいるのか、現状はどうなっているのかを調査して報告するよう命じられた。旧貴族たちがどのように領地経営していたかも裁判に必要な記録となるので、現地調査は緊急案件だという。明日出発し、数週間で結果が欲しいと求められた。

国土の広さを考えると、数週間は結構きつい・・・が不可能ではない。

エレナは何故自分とルカが選ばれたのか尋ねた。ルカは行政管理を専門に担当していて一番詳しい。そして、この部署の若手で転移魔法が使えるのは、ルカ以外エレナだけだからとレフは素っ気なく答えた。確かにこの広大な領土で転移魔法を使わずに調査するのは至難の技だろう。

レフから具体的な指示書を受け取り、ルカと二人で具体的な調査計画を話し合う。ルカは仕事もできるようだ。エレナの質問に打てば響くように答えが返ってくるのでやりやすい。大体の計画がまとまり、翌日から現地調査に向かうことになった。

終業時間を大幅に過ぎていたので、エレナが慌てて帰り支度をしているとルカから声をかけられた。

「エレナ、この後夕飯一緒に食べないか?明日のことをもう少し詰めたいしさ」

確かに急な話でまだ打ち合わせ出来ていないことがあるかもしれないと誘いに乗ったが、職場の女子たちの視線が怖い。

(いや、下心なんてねーし!今は男なんていらねーし!)

心の中でヤサグレながら部署を出た。ルカの馴染みの食堂があるからそこでいいかと尋ねられてどこでも構わないと答える。皇宮はほとんど倒壊したので、首都スクの中心に近い貴族の屋敷を接収し、大統領府として使用している。

スクの街にも活気が戻ってきた。

革命前のように悲愴な顔つきで追い立てられるように暮らす人々はもういない。忙しそうだけど、人々の表情は晴れやかだ。

ルカはこじんまりとした食堂に案内してくれた。物凄く賑わっていて、空いている席が見つからない。どうしよう?と思っていたら、ルカが食堂の女将さんに何か話しかけている。そして店の裏から小さなテーブルと椅子を二脚運んできた。食堂の中は一杯なので建物の外側にテーブルと椅子を置く。

「ごめん。店が一杯みたいで。ここでいいかな?」
「もちろん、外の方が開放感があって気持ちいいわ」

とニッコリ笑うと、ルカが意外そうにエレナを見つめた。

「エレナが笑うのを初めて見たよ」
「え、そうかしら?私そんなに仏頂面してる?」
「うん、仕事の鬼って感じだね」
「・・それひどくない?」
「冗談だよ」

クスクス笑うルカの顔は少年っぽくて、ちょっと可愛いと思ってしまった。

(むむ、こやつがモテるのはちょっと分かる気がするぞ)

「ルカはこのお店の常連なの?テーブルと椅子をどこから持ってきたの?」
「ああ、ここの女将は俺の母親なんだよね。女手一つで俺を育ててくれて、今もこうして繁盛する飯屋をやってんだ」
「素敵なお母さまね。食事も楽しみだわ。美味しそう」

ルカは嬉しそうにメニューの説明を始める。

「えーっと、お勧めは・・・・」

繁盛しているだけあって、どの食べ物もとても美味しそうだ。エレナが料理を持ってきた女将さんに挨拶すると

「ルカが女の子を連れて来るなんて珍しいわね。初めてじゃない?」

とニヤニヤしている。

「職場の同僚なんです。いつもお世話になっています」
「あら?そうなの?それだけ?」
「それだけです!」

エレナが強調すると「なんだ、だらしないわねぇ」と女将さんがルカの背中を叩いた。「いいだろ!もう放っておいてよ」と文句を言うルカの表情が子供みたいでエレナは噴き出した。

「なんだよ、エレナまで笑うなよ」
「いや、だって、ルカこそ職場と全然違う・・・」

二人で顔を見合わせて笑う。予想以上に楽しくてリラックスできた。

***

「そういえば、エレナは革命前に皇族に仕えていたんだって?酷い目に遭っただろう?」

ルカの問いにエレナは首を振った。

「ううん。私がお仕えしていたマリヤ様とアントン殿下はとても素敵な方たちだったのよ。とてもお世話になったので感謝の気持ちしかないわ」

ルカは信じられないという顔をする。そりゃそうよね。他の皇族が酷過ぎるからね。

「・・・悪くない皇族も居たのかもしれないけど、やっぱり俺ら平民とは相容れない部分が多いよね。価値観が違うというかさ、理解し合えないよ」

(何だろう、マリヤ様とアントン殿下を否定されているように感じてしまう)

「そんなことないわ。マリヤ様とアントン殿下は平民として生計を立てているけど、庶民の生活に馴染んでいるし楽しそうよ」
「元皇族が働けるわけないじゃないか。隠し財産のようなものがあったんじゃないのか?」
「失礼ね。そんなことする方々じゃないわよ!」

本格的に腹が立ってきた。

エレナが真剣にキレそうなのを察したのだろう、ルカが慌てて謝る。

「ごめん。俺は皇族のことを何も知らないんだ・・・でも、悪い評判しか聞いたことないからさ。エレナが仕えていた皇族はいい人たちだったんだな?」
「そうよ。アントン殿下なんて皇宮が倒壊して壁や天井が落ちてきた時に、身を挺して私を庇ってくれたんだから。それで大怪我を負ったの。命の恩人なのよ」

というとルカも驚いた顔をする。

「・・・そっか。それはすごいな。そんな方々を悪く言ってすまなかった」
「・・・いいのよ」

エレナは何故か悲しくなってしまった。

アントンはエレナを庇って大怪我をした。リオがすぐに治してくれたけど。瓦礫の下敷きになった時、エレナの耳が確かならアントンは「エレナ、好きだった」と言った。確かに言った!どういう意味!?って今でも思う。

「好きだった」って過去形じゃない?昔好きだったけど、今はどうなの?

どういう意味での好き?友達として?人間として?それとも、お、お、女として・・?

分からないことだらけだ。

分からないことは無視するに限る。今は新政権発足の大事な時期だ。仕事第一。余計なことは考えない、と自分に言い聞かせる。

そんなことをぼーっと考えていたら、ルカに心配された。「仕事しすぎじゃない?」って言われたけど、そんなことない。仕事をしている時が一番頭もスッキリして楽しいと言ったら、変な顔をされた。

食事が終わり、エレナが帰り支度をしていると女将さんが表に出てきた。女将さんはお代はいらないと言い張って、どうしてもお金を受け取ってくれない。ルカも「いいよ、気にするな」と言うばかり。

仕方なく女将さんに「ご馳走様でした。とても美味しかったです。また来ますね」と頭を下げると、笑顔で手を振ってくれた。

必要ない、って言っているのに、ルカはエレナを家まで送ると頑として主張する。仕方ないので、夜道を二人で歩いていると「エレナはさ、恋人はいるの?」と突然訊かれた。

「な、ななな、なに?いきなり?いないわよ」
「好きな人は?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」

動揺したエレナは質問に質問で返してやった。

「いや、俺が気になるからさ」

ルカは爽やかに言う。

(何だそれ?)

「意味わかんない」
「わかんなくていいよ」

家に着いたので御礼を言うと

「変なこと聞いてごめん。明日から頑張ろうな」

とルカが頭を掻いた。

エレナは笑顔で頷く。

「うん、頑張ろうね!この国を良くしていこう!」

そうだ!今はそれが一番大事なんだから!


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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (127) 両想い|北里のえ (note.com)

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