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中勘助について

注:写真は京都で食べたおばんざい。記事とは特に関係ありません。

私は数年前に軽い脳梗塞で倒れるまで、オーストラリアの大学で非常勤講師をしていました。

そこで大学の教授をされているA先生と出会ったのです。
A先生は日本文学の権威とされるほどの業績をお持ちの方で、彼女から本当に沢山のことを教えて頂きました。

A先生の研究は実に多岐に渡っていました。古典文学から現代文学、漫画やラノベまで。

私は大学の卒論テーマが源氏物語だったので、最初は源氏物語の話で親しくなりました。

その後、猫好きな私たちは猫文学(例えば、源氏物語でも女三宮と柏木の出会いで猫が重要な役割を果たします)で盛り上がり、会う度に文学について教えて頂くようになったのです。

A先生は少女漫画の研究もされていて、

吉屋信子の少女漫画への影響
「風と木の詩」などBL要素の発生
「のだめカンタービレ」が何故新しいのか?

などなど、本当に面白いテーマの話を聞かせて下さいました。

そんなある日、いつものようにA先生が悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねました。

「のえさん、中勘助の本、読んだことある?」

大昔、小学校の時に中勘助の「銀の匙」を読んだことがありました。

その頃、私は氷室冴子先生や新井素子先生の本が大好きで、どちらの先生か忘れてしまいましたが、確かエッセイに「日本語が美しい作品」と書かれていたからです。

小学生には難しかったですが、確かにとても美しい表現でした。それ以来、私が持つ中勘助のイメージは「綺麗な日本語を書く作家さん」

そう伝えるとA先生はニヤリと笑いました。

「ふふふ、ではこの本を読んでごらんなさい」

渡されたのは「犬ー他一篇」という短編集でした。

先生が貸してくれる本はいつも面白かったので、私はワクワクしながらページを捲ったのを覚えています。

短編なのですが、途中で私は「もう読みたくない」と本を閉じました。

なんというか、

おぞましい?

醜悪すぎる?

気持ち悪い。

人間の業というか、一番下の下にある醜い感情を煮詰めてドロドロにしたようなねっとりした文章でした。

そう私は感じました。

それでも最後まで読み、A先生には

「怖くて夜眠れなくなりました」

と伝えました。

するとA先生はにまーっと「そうでしょう」と我が意を得たりという表情を浮かべたのです(汗)。

そして、中勘助について教えてもらいました。

物凄いイケメンだったこと。
才能があり、将来を嘱望されていたものの多くの苦難が襲いかかったこと。
兄が脳溢血で介護が必要になり最初は逃げ回っていたこと。
後に家族を支える大黒柱になったこと。
愛する人が次々に死んでいったこと。
五十代で結婚することにしたが、結婚式の当日に兄が自死したこと。

「銀の匙」を執筆した後、十年くらいして「犬」を発表したが性描写のせいで発禁処分になったそうです。

二つの作品の間に何かがあったのか?気になりますが、その心境は本人にしか分からないのでしょう。

A先生曰く「文の才とは美しいものだけでなく醜悪さも巧みに表現できる力」ということですが「犬」は正直二度と読む気にはなれません。すごい作品だとは思いますが。

興味のある方は青空文庫で無料で読めるらしいので是非お試しください。

そういえば、A先生が貸してくれた筒井康隆の本の中に痰ツボを描写したページがあり、読みながら吐きそうになったことを思い出しました。

言葉で生理現象まで引き起こせるのが本物の文才なのかもしれません(汗)

言葉には力があると思います。
私ごときの言葉に力があるとは思えませんが、人を傷つけることには使わないように戒めなくてはいけませんね。




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