第5章 駅


謎の磁場

エリカ達は、その謎の煉瓦道に沿って歩くことにした。
蛇行していた道はいつからか、真っ直ぐになり、それは真北へと伸びていた。

暫く歩いていたが、
船長の言葉で足を止めることになった。

「コンパスがおかしい。
北を示す針が傾いている。」

「貸してください」
そう言って、マリアはコンパスを受け取り、じっとそれを見つめる。

それから、低い声で言った。
「強い磁場に入ってしまったようです」

エリカもマリアの手元を覗き込み、確認した。
指針の向きは今、真北に続いていく道から逸れていたのだ。

エリカは危険を感じ、辺りを見回した。
相変わらず陰鬱な森が続くだけで、何か変わった変わった様子は見られない。

そう簡単に、地場の原因が見つかるはずもないだろう。

そう思い、エリカは提案してみた。
「この道を外れることにはなりますが、、、
指針が示す北へと行ってみては、、、?
何か分かるかもしれません。」

マリアが静かに頷いて言った。
「そうしましょう。」

「何言ってるの?!
この道を歩いていくのが良いに決まってるじゃない!」
アリスがそう言って、道の先を力強く指し示した。

マリアは、取り乱すアリスをじっと見つめる。

それから、ちらりと指先に視線をやり、ぽつりと言った。
「この道ですか…」

アリスは、苛立ちを見せながら、自身の指先を見つめた。
それからハッとした表情になり、手を引っ込める。

数メートル先より道は、、、
途絶えていた。。。

他の者も目を凝らして、それを確認する。
暗い森では、意識しないと気づかないものだ。

エリカも船長も、従軍達も、唖然とし、
マリアは、いつものごとく平然としていた。

「指針の方向に、進みます。」
マリアが念を押すように言った。

アリスは、頷いて、大人しく従う様子を見せる。

こうして再び、みな歩き始めることとなった。

コンパスの示す謎の方角”北”に向かって。。。



暫くすると、暗い樹海の直中に光がぼんやりと見えてきた。

一同は一旦、歩みを止める。

「あの光は何なんでしょう、、、?」

エリカが呟くと、アリスが怯えたように言った。

「まさか、魔物の棲みかなんじゃ、、、」

マリアは、コンパスの示す北と、迫りくる無の壁の方を交互に見て、決断したように一言言った。

「、、、
進むより他ありません」

「正気!?!」
アリスの顔はますます青ざめていく。

彼女を見上げて、マリアは丁寧な口調とは裏腹に、厳しい声で言った。
「説明不足で申し訳ありません。

コンパスが示していた北は、この磁場に影響されるものだったのではないでしょうか。

地球で言う、便宜上の北とは大きくかけ離れたもの。

ここでは、磁場のある位置が北となるのです。

無の壁の逆方向を北とするならば、磁場に影響されない北を示す方法を考えなければなりません。

そのためにはまず、この磁場の原因を探るのはいかがでしょうか」

「は?!バカじゃないの?
そんな悠長なことしてる場合じゃ、ないでしょ!!!」

アリスが声を荒げると、マリアが張りつめた声で言った。
「他に、何か得策がおありなら、ぜひお聞かせください」

「、、、」
アリスは何も言えずに押し黙ってしまった。

船長は、2人のやり取りを聞いて言った。
「確かにな。
あの気持ち悪い壁の真逆に逃げなきゃならないんだぜ。
オレ達は、その真逆を示す方角を、まずは正確に認識しなきゃなんない」

「私も、ルイスさんに賛成です」
エリカも賛同する。

「…そう、ね。」
アリスも渋々従った。

こうして、一同は、再び、磁場を作り出している北へと歩を進めることとなった。

魔法精神療法

暫く行くと、木々の間から、複数の大きな影が見えた。
それは、エリカ達と同じ方向へ向かっていた。

明らかに魔物である。。。

「、、、魔物!!!」
アリスの目が震える。

しかし、何か様子がおかしい。
まるで、本能に従うかのように、一心不乱に移動しているのである。
エリカ達がすぐ側にいるというのに、気づく様子も見せない。

魔物の行く先に視線をやると、先ほどから見えていた謎の光が見える。

「行くしかありません。」
マリアがアリスをちらりと見て言った。

「私帰る!!!」
限界を達したように言うと、アリスは逆方向に向かって足早に歩いて行ってしまった。

マリアはそれを見届けると、何事もなかったかのように前へと進む。

エリカは、つり目のきつい目を、更にきつく引き締め、アリスの後を追った。

マリアに続く軍人らを掻い潜りながら、アリスの元に行き、その手首を掴んだ。

「アリアさん戻って」

「離して!!!」

アリスが気が触れたように叫んで手を振りほどく。

揉み合いの末、エリカは思わず手が出てしまった。

乾いた音が響く。

平手打ちをしてしまったのである。

「いい加減にしてください!
帰れるわけがないじゃないですか!!!」

アリスは頬を押さえて涙を目に一杯貯めた。
「私は
こんなとこに来るつもりじゃなかったのよ、、、!」
そう言うと、両手で顔を覆い、肩を震わせ啜り泣いた。

エリカは、眉を潜めていた。
「なぜ、そんなにも、西の妖精の国に執着するのです?」

アリスは言った。
「私は帝国の人間。
魔力が弱体化した前皇帝時代に、支配による崇拝ではなく、すがり付く対象としての崇拝を試みたことがあったの。

幻想として消え去ってしまった過去を、同じように幻に等しい、おとぎ話でうめあわせる、帝国の精神魔法療法。

これは大失敗に終わり、数多の被害者が出た。

私も、その1人なのよ!
分かってはいるけど、そのおとぎ話の世界にすがり付くことが、やめられないの!!」

彼女の言葉を聞く間に、エリカは目を震わせていた。
何か、その話と自分に共通点を感じたのだ。
自分は公国の人間であり、前皇帝時代は同盟など結んでいない。
そんな精神療法は受けられるはずもないが、、、
エリカは顳(こめかみ)を押さえ、意識を集中させた。。。

その療法を受ける動機らしい動機に思いあたる。
自分には両親がいないということだ。
自分も、両親がいるという幻想を、おとぎ話に置き換え安寧を取ろうとしたのか?

しかし自分は極めて現実主義だと自覚しているし、帝国の精神療法を受けた記憶もない、、、

「どうしたの?」
アリスが、考え込むエリカを見て、訝しげに言う。

エリカは食い入るように尋ねた。
「その精神魔法療法、逆の治療方法もありましたか?」

「逆の?どういうこと?」
アリスが眉を潜めて尋ねた。

「その療法は、突き詰めて言えば、おとぎ話で現実逃避させてしまう目眩ましのようなものでしょう?
ならばその逆に、現実を生きてないような人間に、目を覚まさせる治療法も、あるのではないでしょうか。」
エリカがそう言うと、
アリスは伏し目がちになり、考える素振りを見せた。

それから、ハっとしたように固まると、エリカに目線を移す。
「確かにあったわ。
おとぎ話の世界に住むような廃人を、現実世界に引き戻す療法よ。
これは、、、割りと成功したと聞くけど」
アリスはそう言ってから、疑わしげにエリカを見た。
「何でそんなこと聞くのよ。
あなたもしかして、間諜?
ジャスミン・ベンジャミンらのグル?!」

興奮するアリスを宥めるように弁解する。
「違います。噂でその療法について耳にしたことがあったので、少し聞いてみただけです」

「ふーん」と吟味するような目付きでエリカを見ると言った。
「ここにいるの、公国の者ばかりじゃない。帝国民は私だけ。信用していいわけ?」

エリカは心外な様子で言った。
「同盟国ですよ?間諜は、私達の共通の敵国から送られてきた人物じゃないですか。」

言いながら、エリカは顔つきを変えていた。

何やら嫌な気配がしていることに気がついたのだ。

闇の中からじとっとした視線を感じる。

通過しようとしていた魔物が、こちらに気づいたのだろうか。

アリスもその視線を察知し、地面に綜(へ)たりこんだ。
彼女の息遣いは激しくなり呼吸が乱れていく。

直立不動のままでいたエリカも、恐怖に支配されていた。

暗闇の中で、気配だけを感じさせる不気味な存在。

人間と闇の中に潜む何かとの間に、緊迫した時間が流れていく。

それは暫くこちらを凝視していた。
、、、が、不気味な余韻を残して去っていった。

とても不思議な感覚である。
姿を一切見せず、音も立てない存在に、気配を感じていたのだ。
まるで、その正体が気配そのものでたるかのように、、、。

闇を見つめながら、エリカは呟いた。

「今のは魔物、、、?だったのでしょうか、、、」

「ま、ま、魔物じゃないでしょう!
魔物は、姿形が見える生き物。
今のは、姿が見えないのに、幽霊みたいに気配だけしか感じないじゃない!」
そう言って怖じ気付くアリス。

そんな彼女に追い討ちをかけように、エリカは選択を迫った。
「こんなとこに1人でいますか?」

アリスはバツが悪そうに顔を背けた。

「、、、あんた達と同行するわよ。。。」
と一言、低い声で言った。

その言葉で、心構えが整ったのか、アリスの震えは少しずつ収まっていく。。。

その時、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
明らかに、人間の足で土を踏む音である。
現れたのは、ぎらついた目の男。
不気味な場所なのも相まって、エリカは一瞬どきりとしたが、その男は船長であった。

彼は蔑むような目線を2人に向けて言った。
「ルイス様のお呼びだ!
さっさと来い!」

エリカは、暫く呆気に取られ、ぽつりと声を洩らした。
「ルイス、、、様?」

「そうだ!あのガキは全く良いご身分だな!」
船長が吐き捨てるように言うと、
「こっちだ」と背を向けて歩いていく。

「行きますよ」とエリカ。
「勿論」とアリス。

2人も彼に続いた。

得体の知れぬ視線

狙ってなのか偶然なのか、マリアが一度突き放したことにより、アリスは素直になっていた。

船長と共に、エリカとアリスは歩を進めた。

マリアに追い付く為、急ぎ足で歩く最中、突如、
恫喝の声が響き渡った。

『オ前ㇵ乗ルナ!
乗ル権利モナイナ!
劣等生物ガ!!』

声は、茂みの向こう側から聞こえてきていた。

3人は目配せしながら、そっと物陰に隠れ、そちらを覗き見た。

人型をした悪魔が、ケロイド状の魔物を蹴りあげていた。

蹴られた魔物は、激昂して雄叫びをあげながら、悪魔に迫った。

2体の悪魔による暴力争いが始まる。

エリカは、その様子を見ながら静かに言った。
「魔法と魔物の大百科に書いてありました。

悪魔は、知性を持たない悪魔を軽蔑している。
更に、彼らは人間の科学的思考を手に入れようとしている。
ですから、帝国(魔法の国)では、次期皇帝に魔力を授け、魔法を媒介として人間の知能を奪う試みをしているのです。
理不尽に人間から奪うだけの悪魔が、皇族には対等な契約を結ぶのは、この為です」

その時、、、、!!!!

先ほどの気配を再び感じた。。。

アリスと口論していた際に、こちらを凝視してきた得体の知れぬ何かである。。。

今それが凝視しているのは、エリカとアリスではない。
目の前にいる、魔物2体である。

未だ微塵も姿形が見えない。
しかし、纏わり付くような強烈な視線と、
その視線が向かう先だけは、はっきりと感じていた。

いや、、、先ほどとは比にならぬほどに強く、感じる。。。

そう思った時、木々が不自然に騒わめき始め、
どこからともなく、人々の話し声が聞こえてきた。
複数の老人の声である。

姿形は見えぬが、声だけの何か、、、
それが、この化け物の正体だとでもいうのだろうか、、、。
話し声は次第に一体感を持つようになり、
そして、合唱に変わっていく。

”争い!!” ”禁忌!!!”
”犯した者!!”
”乗せない” ”降ろす” ”これ掟!!”


「乗る?
魔物も言っていたけど、何に乗るんだ?」
船長が眉を潜めて呟いた。

尚も謎の合唱は、繰り返される。
その度に、少しずつ、声量が増していた。

”争い!!” ”禁忌!!!”
”犯した者!!”
”乗せない” ”降ろす” ”これ掟!!”
”争い!!” ”禁忌!!!”
”犯した者!!”
”乗せない” ”降ろす” ”これ掟!!”
”争い!!” ”禁忌!!!”
”犯した者!!”
”乗せない” ”降ろす” ”これ掟!!”

最初は囁き声くらいだったのが、徐々にはっきりとした声になっていく。

掛け声のような大きさになった時、
合唱のリズムに合わせて、鋭い音が鳴り響いた。
空気を切り裂いたような乾いた音である。

打音のようであるが、打音ではない、特徴的な音、、、。
それは、、、鞭打ちの音であった。

しかし、鞭自体はどこにも見当たらない。

見えない鞭があるというのだろうか、、、
魔物は、鞭打ちの音に反応し、体をのけ反らせ、叫び声を上げていた。

闇が操る、見えない鞭により、激しく打ちのめされているのだろうか。。。

突然!!!
耳を劈くような叫び声が響いた。

『ギャー!!!!!!!!!』

『############』

人型の悪魔の金切り声と、知性のない悪魔の鳴き声である。

2体は、闇に潜む気配に引きずりこまれていた。

魔物の姿が消え去り、叫び声が途絶えると、木々の騒わめきも合唱も消えていく。

そして、何事もなかったかのように辺りは静寂に包まれた。

エリカも船長も、今目の前で起きたことに声も出せずにいた。

アリスだけが声を洩らした。
「な、何よあれ、、、
やっぱり、悪魔じゃないじゃない、、、」

3人の前から姿を消し、闇へと消えた2体の悪魔は、一体どうなったのだろうか。

悪魔までも痛め付けてしまう謎の化け物、、、。

エリカは、自分に言い聞かせるかのように言った。
「大丈夫です。
争いをしなければ、、、。
あの謎の合唱が言っていたでしょう。
争いは禁忌だって。
だからあの悪魔達は罰を受けた。
私達もさっき、口論になった時、あの視線に晒されたではないですか。
だから、3人仲良くしてれば大丈夫です!、、、多分。」

「多分、、、?」
アリスは魂が抜けたように、エリカを見た。

「とにかく、先を急ぐぞ」
船長が言った。
彼も激しく動揺しているようだが、妙に声だけは落ち着いていた。

エリカとアリスは顔を見合せ、歩を進める決心をした。

螺旋設備

身を寄せ合いながら、
悪魔のみならず、悪魔ではないかもしれない何かに警戒し、暗闇を進む。

歩いて幾ばくもなく、
先ほど、遠くから見えていた謎の光の正体が分かる位置まで来た。

それは、蛍光灯のような強い光である。
人工的な照明が、いくつか立っているのが見える。
どうやら、森のど真ん中に、開けた場所があり、そこが開拓地のようになっているようなのだ。

魔物が住み、魔法しかないはずのこの世界。
しかし、今、木々の間から垣間見えるのは、人間界のような風景である。

不思議なその光景を背景として、人影が近づいてきた。

シルバー髪の女の子、マリアである。
彼女の後ろに、数人の配下もいる。

「ルイスさん」

エリカが、安堵の表情でそう言うと、マリアは突然剣を抜いた。

剣は、3人それぞれに向けられた。

マリアはぴんと張りつめた声で言った。
「今後このようなことがあれば、、、切り捨てます。」

自己主張をしたことがない彼女が、初めて苦言を呈したのだ。

「すみません」
「ごめんなさい」
「悪かったよ」
3人それぞれが謝る。

「じゃないだろ!」
船長が、マリアの剣を手で押し退けて言った。
「オレに関してはお前が命じたんだろ!」

マリアは黙って剣をしまうと、突然銃を抜き後ろ手に発砲した。
弾は、背後にいた配下の頭を撃ち抜き絶命させた。

皆凍りつく中、マリアは小さな瓶を取り出して言った。
「船長様に関しては、これのことを言っております」

それは、瓶に小さく押し込められた、法外取引の証拠書類であった。
船長の顔色が変わる。

「先ほど銃殺した者は、金銭と取り替えに、これをあなたに渡しました。違法取引を隠蔽しようとしないでください。」
マリアは船長を涼しい目で見据えて、事務的に言った。

「海賊時代のものだ!
違法だろうが何だろうが、そうでもしなきゃ見つからないだろ!!」
船長はそう言うと、低い声で呟いた。
「唯一の生還者が描いたとかいう絵本を、オレも探していたんだ。」

「オレはかつて、この世界の入り口を垣間見たことがあったが、その前後の記憶が曖昧なんだぞ?」
ぎらりと目を光らせてそう言った船長。

彼を見て、アリスが笑い声をあげた。
「つまり、、!あんたが、その絵本の作者、、、!唯一の生還者だって言いたいの?」

マリアは、アリスの笑い声に被さるようにして、船長に言った。
「この世界は治外法権です。
過去の犯罪を責めるつもりはありませんが、不信な行動は慎んでください。」

船長は暫くの沈黙の後、ふっと笑って言った。
「そうだったなぁ。ここは治外法権だ!なら、お前らはオレの仲間だ!!
扱き使われてやるよ!!」

治外法権…恐ろしい言葉である。

エリカがぞっとしていると、マリアが静かに言った。
「お分かりいただけたようなので、先を行きましょう。」

「お分かり、、、いただけたんですかね」
憤りを示すエリカ。


エリカ、アリス、船長は、マリアと数人の軍人の後ろを歩いていく。。。


一同は、舗装された平らな地面の上を歩いていた。
木々の中から抜け出し、
開拓地のような開けた所に来ていたのだ。

ここは、人間界でいう、公国の駐車場のような場所であった。
だだっ広いこの場所にナイター照明がいくつか転々と立っている様は、正に、閑散とした夜の駐車場。。。

歩いて幾ばくもしない内に、数台、乗り物のようなものが見えた。
それは自動車のような見た目をしているが、屋根も含め、床以外は全面ガラス張りという奇抜な造形をしていた。

車体が数十センチほど空を浮いていおり、
その様は、
「公国にある磁器車みたいですね。」
と言ったエリカの言葉そのものであった。

その時、アリスが口を開いた。
「私達の未来が見えたわよ。」

そうだ。
彼女は少し未来が見える特殊能力の持ち主であった。

皆の視線を浴びながら、アリスはその未来について話し始めた。
「この乗り物に乗れば、自動的に動いて、どこかの設備にたどり着く。
乗らなければ、徒歩で2時間はかかるわ。」

「さすがです!」と圧倒されるエリカの横で、船長が言った。
「誉めるのはまだ早いだろ。
アリアの能力を確信するのは、こいつに乗ってからだ。」

「乗りましょう。」とマリアが言った。

勿論、一同は、その謎の乗り物に乗り込むのであった。

~~~
アリスの言った通り、乗り物は自動運転を始めた。
音もなく進む様子は正に、公国の磁器車。

体感で時速50kmくらいであろうか、、
、。
走行により景色は流れ、ナイター照明が過ぎ去っていく。

いつしか、
木々が背景から消え、辺りは見渡す限り、舗装された地面とナイター照明だけの風景が広がった。

エリカはとある懸念を口にした。
「森の中を歩いていたとき、
木々の間から見えた悪魔達はどこに行ったのでしょうか、、、。
確か、私達と同じように、この場所を目指して移動しているように見えました。」

マリアは、何かをエリカに手渡しながら、
右側を指差し、一言、こう言った。

「あそこですよ。」

手渡されたのは望遠鏡だった。

それを手に、マリアの指差した方を覗くと、そこには危惧していた魔物達がいた。

ずっと右手先には、謎のガラス張りの廊下があり、その中を移動していたのだ。

それからまた暫く、、、

進行方向に、照明以外の設置物が見えてきた。

それは複数の巨大な板であった。
目測10m、幅1mほど、、、
こちらに側面を向けて、横に並んでいる。。。

乗り物は、その謎の板の前で停まった。

用途不明の大規模な人工(に見える)物に、皆圧倒される。。。

「この板と板の間を歩いても問題ないわ。。。」
そう言ったのは、アリスである。

「今見えた限りの未来ではね、、、。」と付け加える。

「行きましょう。」とマリア。

一同は乗り物から降りて、板と板の間を歩き、進んでいく。

暫くすると、ずっと先に、建物があるのが見えてきた。
しかし、何か遠近感覚的に可笑しい。。。
体感的な距離からして、建物はあり得ぬほどに大きく見えるのである。
つまり、かなり巨大な建物ということなのかもしれない。

その建物はハーフティンバーのような造形をしており、
その横には、白く輝く巨大な設備が敷設されていた。。。

設備の造形は、上下に7段並んだトンネルのようなものであった。
ガラス管を螺旋状に巻いており、すかすかのトンネルである。
それはずっと長く、北まで伸びていた。

用途は全く分からない………

先頭を行くマリアの足が止まった。

「アリアさん、あの建物は危険ですか?」
と聞くマリア。

「分からないわ。見えない。」とアリスは答えた。

マリアは暫く考える素振りを見せてから言った。

「あの建物に、行きましょう。」

そうして更に進んでいくが、

しかし、、、
行く手を阻む大きな障害物があった。

それは、、、巨大な穴、、、。
それも、鉱山跡のような規模である。

この謎の板は、その穴に沿って立っていたものだったのである。
しかし穴の向こう岸には、板がなく、目指すべき建物がしっかりと見えている。。。

再びマリアの足が止まる。

彼女はアリスに問うた。
「アリアさん、
あの建物に行くには、穴を迂回するか、、
直行して穴に入るか、、、どちらが最善ですか?」

「だから見えないってば!!
見えた時は自分で言うわよ!
あんたねぇ、指揮官なんだから自分で考えなさいよ!!!」
突然激昂するアリス。

彼女の言葉が終わらぬ内に、マリアの足は動いていた。
「穴の中がどうなっているか、把握しましょう。」
と小さく言ってから、穴の外周(縁)に向かう。。

縁には鉄柵が刺さっていたが、申し訳程度であり、跨ぐことのできる高さである。

その柵を前に、
マリアは望遠鏡を手にして、穴の全容を眺望した。

エリカも彼女の隣に立つ。

柵に両手をついて、身を乗り出すと、
眩しいくらいの光が目を覆いつくした。

それは、一言で言うと、人間界でいう工場夜景。
沢山の精巧な建物が密集し、光源となっていた。

その中でも、特に異様な光景を見せたのは、
いくつか点在する池である。

池に貯まっていたのは水ではない。
マグマである。
熔鉱炉のようだ。

その付近で、沢山の何かが動いている様が見えた。

距離が遠くてよく見えない。

エリカは、「貸してください!」と言って、マリアから望遠鏡を借り、穴の全容を捉えた。

熔鉱炉の回りで動いていたのは、
不気味な生き物であった。
何やら作業をしているように見える。

その生き物の異形から思わず目を背けたエリカ。

再び、望遠鏡を覗き、今度は熔鉱炉の方を見た。

赤く粘りけのある超高温の液体は、噴火寸前のマグマ溜まりのように、ぼこぼこと泡をたてている。

マグマの泡の中から、何かが浮上してきているのだ。
姿を現したのは、巨大な謎の物体、、、
非常に長い直方体をしているが、無機質ではなさそうだ。
生き物である、、、。

それは、池から這い上がると、向こう岸の岩壁に向かって走る。
建物と螺旋がある方である。
螺旋は、地上から穴へと岸壁に沿って入っていたが、地面に届かず途中で浮いていた。

謎の生き物は、岸壁を這い上がり、その螺旋の中に入り、そして穴を上りきった。

しばらく停滞したかと思えば、螺旋の中を走り抜け北へと去っていった。。。

「なんじゃこりゃ。」と、エリカの横で、船長が感嘆した。

彼もいつの間にか、自前の望遠鏡で穴を見ていたのである。

「つまり?」と切り出してから、今までの現象を整理するかのような口振りで話し出した。
「鉱山跡のような穴にある工場のような場所。
そこの熔鉱炉から出ていった謎の生き物は、
穴の向こう岸にある建物の敷設物、螺旋状トンネルに入り、そこを走り抜けていったってことか。」

「気持わるいわ!」と身震いしたアリス。
「怖じ気付いたのか?」と船長が言うと、アリスはそっぽを向いた。
「見るわよ!貸して!」と彼から望遠鏡を奪うのであった。

作業員と運び屋

「色々謎だらけですが、、、
取り敢えず1番突っ込みたいのは、
あの熔鉱炉から出ていった、生き物についてです。
一体何なのでしょうか。」
エリカはマリアに疑問をぶつけた。

彼女は学会のような口調で推察を語った。
「恐らくですが、駅のようなものではないでしょうか。

あの謎の生き物が、人間界でいう馬のような役割をしていると思われます。

魔物も、あれに乗り北へと逃げているのではないでしょうか。」

「なるほど、、、」

エリカはそう一言感嘆すると、不安げに言った。

「私たちもあれに乗るしかなさそうですね。
しかし、悪魔に気づかれずに乗るなど可能なのでしょうか」

マリアは再び推察を述べた。

「ここを管理しているのは、魔物ではないかもしれません。

魔物は、科学的知識や技術を有すことが出来ません。

しかしあの螺旋状のパイプは、
構造を見る限り、科学的な製造物のように思われます。
強い磁場も、パイプ内を流れる電流から生じた物ではないでしょうか。」

エリカは「なるほど。」と頷くと、首を傾げて言った。
「今、螺旋パイプへと消えた、あの謎の生き物も、、、魔物ではないのでしょうか?」

「いや魔物かもしれないな!」と船長が言った。
「魔法から生じた物が、たまたま科学的製造物になっただけだとも考えられるぞ。
魔物は、科学の延長線上にあるにも関わらず、奴等は魔法だけは理解せずとも扱ってしまうんだろ?」
船長の言葉に、エリカは、眉を潜めて言った。
「魔物が扱う魔法が、科学的製造物になったなど、聞いたことがありません。
偶然の一致だとしても、です」

「そりゃお前みたいな一回の民じゃ聞けないこともあるだろうが!」

マリアは、机上の推察に終止符を打つように言った。
「とにかく、、、下へ降りる他ありません。
あの細道からなら、可能かと思われます」

マリアが示したのは、穴の底へと続く坂道であった。

運搬用の通路なのか、とても細く、魔物や化け物の気配が全く感じられない。

「正気なの?」
アリスが掠れた声を上げた。

エリカは、穴の中で作業する生き物を観察していた。
この複数体いる生き物は一体何者なのだろうか。
先ほど、溶鉱炉から姿を現した化け物とは違う生き物のようだ。

その時、すっと考えが浮かんできた。
エリカはハッとして言う。
「アリアさんも見たでしょう?
悪魔をむち打ちした奴。

あいつは争いをした者は乗せないと。
乗せないっていうのは、
この駅から発車される乗り物のことだったんではないでしょうか。

過激思想ではあるけれど、争いをきらう、悪魔とは違う生き物であるかも、、、。

この穴の中にいる奴等が、そいつと同じ思考なら、
上手く交渉すれば、きっと人間も乗せてくれる、、、!」

「悪魔を鞭打ちする生き物とは何でしょう?」
珍しくマリアが質問してきた。

「姿形は見えないけど、激しい争いを起こしたら罰する生き物?化け物のような正体不明の何かです」
エリカは、あの場にいなかったマリアに説明した。

「ここには、不気味な化け物ばっかじゃねーか!」
船長は吐き捨てるようにそう言うと、整理するように言った。

「取り敢えず今のとこ、
悪魔の他にいる生き物は、人間の他に3種類だな。

1つは、その鞭打ちヤロー
1つは溶鉱炉から出現した化け物であり、恐らく乗り物でもある何か、
そして1つは」

「今この下で作業してるキモい奴らでしょ!」
船長の言葉を引き継いだアリス。

エリカは望遠鏡を手に、もう一度、その生き物を観察した。
姿形は、全裸につなぎを着た、下品な出で立ち。
それは一見人間のように見えるが、そのフォルムは明らかに人間離れしていた。

その奇怪な姿に胸焼けしそうになっている最中、
船長のため息が聞こえ、エリカは望遠鏡から目を離した。

「こんな広大な穴の中から、交渉出来る相手を探さなきゃならねぇのか、、、。」
彼は途方にくれたように言った。

「いえ、交渉相手はすぐそこにいるわ。」
そう言ったのはアリスである。

船長がハッとした顔になる。
「見えたのか?」

「本当に少しだけ。」と頷くと、アリスは話し始めた。
「この小道を下っていくと、あのキモい化け物の長らしき個体がいて、話しかけている未来が見えたわ。
でも、それがどんな特徴をした個体なのかまではモヤがかかっていて見えない。」

「すごすぎますよ!アリアさん!!!本当に見えるんですね!」
エリカが圧倒されたように言うと、
「ま、まぁね。」と満更でまなさそうなアリス。

「アリアさん、情報提供ありがとうございます。」
マリアはそう礼を述べてから、皆を見回した。

今いるのは、
エリカ、マリア、船長、アリス、尉管以下の軍人。

この中では最高司令官となるマリアは、指示を出した。
「私は視察と交渉に行きます。
1人だけ、助手として同行願います。
志願する者以外は、こちらに待機していてください」
「ならば私が行きます!」

マリアの言葉で被さる勢いで言ったのは、エリカだった。

「、、、私は、軍の者に対して言っているのですが」

マリアが唖然として言う。

エリカは何となく感じていたのだ。
自分は、マリアとはぐれるべきではないと。
何故かは分からないが、強くそう思っていた。

しかし、そんな根拠ないことを言えるはずもなく、
エリカは苦し紛れに言った。

「魔界探訪の特殊部隊の隊員は、この中にはいません。」

「私は、、、?
それにあんた隊員というか、見習い生でしょ」
アリスが呟いた。

マリアは、訝しげに言う。
「、、、切り捨てなければならない、或いは切り捨てられる場面があることは承知の上で、言っているのですか?」

「承知しています。」
エリカは、きつい目元を引き締めて言った。

対するマリアは、そんなエリカを疑わしげに見つつも、

「了承しました」
と、承諾したのだった。

~~~~~~

エリカは、マリアに続いて物陰に身を潜めながら、穴の底へと続く細道を下って行くこととなった。

「アリアさんが言っていた個体はあれでしょう。
あれと交渉します」
マリアがそっと指指して言った。

見た目で区別できそうにないだろうに、、、彼女は何を言うのだろうか。

エリカはそう思いながらも、怪訝な顔で
視線の先を辿る。
そして納得した。

確かに、、、
その個体だけは区別がつきそうだった、、、。
肌の色が灰色なのである。

それは、他の個体と同じようにつなぎを着て作業をしているが、
肌色の皮膚の作業員達の中で、血色の悪い灰色の皮膚は目立っていた。

その目立つ個体は、何かの計量器の陰で、作業しており、そこは丁度死角になっていた。

そこに向かって、2人は進んでいく。

そして、あと数メートルという所で、身を潜めるものが一切なくなってしまった。

しかし、この辺りは化け物が通っていない為、気づかれずに走り抜けることなら出来そうだった。

「先に行きます」
と言い残し、マリアは目にも止まらぬ速さで駆けていき死角へと消えていった。

エリカも意を決して駆けようとした時である。

遠くの方で、化け物に紛れて、人間の後ろ姿が見えたのだ。
それは、ほんの一瞬のことであり、瞬きする間に建物の中へと入っていき見えなくなった。

「エレン様、、、?」
思わず呟いてしまったほどに、彼に姿が似ていたのだ。

しかし、すぐ我に帰ったエリカは、勢いよく駆けていく。

そして、、、、
死角に入ることに成功した。

一度体勢を整え、意を決して面をあげる。

マリアが目星をつけた交渉相手が、 今、目の前にいる。

計量器を操作するその背中を間近で見ると、不気味さがより鮮明に感じられてしまう。

エリカが、圧倒されていると、マリアの声がした。

「やはり、あれは悪魔の類いではないかもしれません。
先ほど試しに黒玉を投げてみましたが、反応しませんでした」

共に行動していたにも関わらず、気配を完全に消していた彼女の唐突な登場に、エリカは若干腰を抜かした。

「仕事が早いですね…」

エリカは唖然として言うと、勢い余って早計に口走ってしまった。

「私に、挨拶に行かせてくださいませんか?
ルイスさんは、ここで見ていてください!」

「……分かりました……」
マリアが小さく言った。

すんなりと受理されてしまった矢先、エリカには行くより他の選択肢がなかった。

エリカがそっと歩いていき、その不恰好な後ろ姿の背後に立った。

そもそも、人間の言葉が通じるかも分からない相手だ。

緊張から、手に脂汗を握って、覚悟を決めた時、その生き物の動きが止まった。

エリカの気配に感づいてしまったようだ。

それは遂に、勢いよくこちらへ面を向けた。

その顔は、人間のような目、鼻、口があったが、ずいぶんと形がくずれており、
輪郭は、顔と首の境界が分からないほどに、平面であった。

不気味な魔物は見てきたが、これほどまでに人間の面影を残しつつも、明らかに人間ではない姿形の化け物を見るのは初めてであった。

あまりの衝撃的な外見に、エリカが怯んでいると、鼻にかかったような声が響き渡った。

『こそこそせんと、用があるならはっきり言いな!!!』

つなぎの化け物は、エリカを睨み、ものすごい剣幕で捲し立てた。

エリカは、固唾を飲み込んで言った。

「、、、、、、
私達も、あの乗り物?生き物?、、、、に乗ることは出来ますか?
無の壁から逃がれたいのです、、、」

化け物は、目をつり上げて声を荒げた。
『乗り物ー!!?!
生き物ー!!?!』

エリカは、その迫力に震えあがる。

化け物は、眉間に皺を寄せ考える素振りを見せてから言った。
『あぁ、、、!!
あれ、運び屋、言うねん!!』

奇妙な鈍り方である。

エリカが震えを抑え込み、つり目を引き締め、聞いた。
「その運び屋に、私達も乗せていただけませか?」

化け物は、目を細めて言った。
『あんた、魔物なんか?』

「そのことなのですが、、、
複雑な事情がありまして、、、」
エリカが言葉につまっていると、背後からマリアの冷静な声がした。

「いえ、人間です」

彼女は、無表情で歩いてくると、化け物の前で立ち止まり、静観した。

化け物は、マリアをすごい形相で睨みつけると、察したように言った。
『なるほどなるほど~。
そういうことなぁ』

それから、訝しげに、そしてどことなく2人の反応を楽しむかのように見回した。

マリアは動じずにいたが、エリカは努めていたものの恐怖を隠しきることが出来ない表情をしていた。

ふいに、化け物は豪快に笑いだした。

唐突な大声に、エリカは心臓が飛び出るような思いになった。

化け物は大声で言った。

『運び屋は、平等に乗客を迎えるけい!
安心せい!!!』

その言葉は、意外であったが、最も聞きたい言葉であった。

エリカは、希望を微かに宿した目でマリアに言った。
「や、やりましたよ!!」

しかし、マリアは懸念の表情を浮かべて言った。
「魔物達も同じように思ってくださるといいのですが、、、」




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