4章 子守唄の夜に

子守唄


旅人4人は、
民家の立ち並ぶ道を歩いていた。

ここは西の外れの村である。
無事に到達することが出来たのだ。

だが、生け贄の地を行こうとしていることは悟られぬ方が良い。

3人は、生け贄の地に関する質問の代わりに、魔法遺伝子の開発者について、村人達に聞いて回った。

「魔法遺伝子の開発者または、その助手の先祖はご存知でしょうか?」
「知らないねぇ。」

このようなやり取りが何十回続いたことか。

あまりに唐突に、単刀直入に、常軌をいした質問だからか、みな聞かれた者はぎょっとしながら答えていた。

エリカは、ふいにマリアに尋ねた。
「ルイスさん、軍服を持ってきていたのですか?」

マリアは、突然の旅の訪れであったにも関わらず、いつの間にか軍服に着替えていた。

マリアは淡々と答えた。
「いかなる服装であっても、その下には常に軍服を着用しています。」

エリカは、マリアの意識の高さに圧倒されつつ言った。
「私も、制服姿ではいけませんね。
危険な旅に向かない服装です。」

「ならばこれを着用してください。」
マリアが、肩にかけていた布包みを押し付けるように手渡した。

「ありがとうございます。」と言い、それを受けとる。

その時であった。

綺麗な歌声がどこからともなく聞こえてきた。

優しい甘美な旋律に、みなが耳を傾ける。

声の方角を見ると、赤ん坊を抱いた女性がいた。

子どもに子守唄を歌っているのだ。
どこかで聞いたことのある、、、

エリカはハッとして、マリアを見て言った。
「帝国に派遣された時に聞いた曲です。
皇族に代々受け継がれてきた曲だそうです。」

「私もそのようにお聞きしました。」
同じく帝国に派遣されていたマリアが、無表情な顔で言った。

2人の様子を見て船長は、言った。
「おい、助手。
なぜそんなに驚いてんだ。」

エリカが話そうとすると、船長が手で制して言った。
「要領を得る方の助手に聞きたい。」

マリアは淡々と話し始めた。
「この子守唄に限っては、音楽を喪失した魔法使いにも、心に響くとされています。

人間は、魔法を行使する度に、普通の感性を失います。
普通を放棄しなければ、非常に難解な魔法物理学を理解し使用するなどふ可能に等しいのです。
計算上、1番、失われやすい感性は音楽となっています。

次第に、音階を旋律メロディとして理解することが出来なくなります。

それは不可逆的な現象とも言われています。」(*)
「しかし、今流れているこの子守唄は、音階をなくしつつある皇族=魔族にも、整合性のある旋律メロディとして聴こえるのです。」

「なぜだ?特別な理由でもあるのか?」
船長が聞くと、
マリアは不思議そうに言った。

「、、、理由ですか?
原理であるならば、計算上そうなるとしかお答えしようがありません。

ですが、魔族でもない、ましてや魔法の国の帝国民でさえない私に、そういった計算など出来るはずもありません。」

エリカが対抗するかのように、マリアを見て言った。
「母の子守唄だからだと私は思います。
幼い頃に聴いた、母親の子守唄は、誰にとっても別格であるはずです。」

マリアは、エリカをじっと見つめて言った。
「それも1つの仮説として相応しいかもしれません。」

それから、エリカから視線を外して言った。
「女性がこちらに気がついたようです。」

いつの間にか、歌は終わっていた。

マリアの言うように、女性は旅人3人に気がついたのか、やって来た。

女性は、顔から下半分をベールで隠していたが、印象的な目元はとても魅力的であった。

すっかり眠ってしまった赤子を手に、女性は4人に声をかけた。

「こんばんは。
身なりから察するに、旅人さんですか?」

「はい。今晩泊まる宿を探しているところです」
エリカは答えた。

「でしたら、うちにぜひ、いらしてください。」
そう言った女性の目元は、どこか見覚えのある感じがした。

「あ、ありがとうございます!!
お礼は弾みますゆえ、よろしくお願いします。」
エリカがそう言うと、
船長が呆れたように言い放った。

「お前は帝国の皇女様か?」

そう言われて、エリカは赤面しながら言い直した。
「お礼はいたしますので!!」

女性はくすくす笑うと言った。
「さぁ、私の家にみなさんをお連れします。」

不思議な赤子

女性は小さなレンガの家へ、4人を入れて、食事までふるまってくれた。

エリカは、旅人に相応しい服に着替えていた。
制服のブラウスにズボンをはき、サスペンダーで止めた、少年のような出で立ちである。

「本当に、何から何まで、ありがとうございます。」
エリカが言うと、女性は笑って言った。

「いいのですよ。
中々こうして人と話す機会もないですし、私も嬉しいです。
あ、ラム酒があるので、持ってきますね。」

立ち去る女性を見て、
エリカは、彼女の目元が誰に似ているのか気がついた。

直接本人に聞いていいか分からず、
隣で淡々とスープを飲むマリアに耳打ちをした。
「あの女性、修道女さまに似ていますよね?
ご本人だと思いますか?」

「肖像画だけでは分かりません。
本人に聞く以外は。」

その時、ラム酒を手にした女性が戻ってきた。

エリカは遠慮がちに尋ねた。
「お尋ね申したいのですが、あなたは、噂の修道女さまでしょうか?」

女性は少しの沈黙の後に答えた。
「お気づきになられましたか。」

船長は、好機を掴んだような表情になった。
旅を早く終わらせ自由の身になりたかった彼は、食い入るように尋ねた。

「この地にやって来た悪魔を退治したというのは、あんたなのか?
魔族であっても、魔物には敵わないっていうのに!
修道女さま、あんた何者なんだ?」

女性は、明らかに動揺し口を割る気配を暫く見せなかったが、諦めたような顔でベールを剥がした。
それは、目元からは想像もつかない口元であった。

「私は、その噂の修道女です。
けれども、肖像画のような美貌はありません。
大切なことは心です。
それなのに隠してしまい申し訳ありませんでした。」

今まで黙っていたマリアが口を開いた。
「修道女さま、大切なことは真実です。」

それから立ち上がり、指示許可印を提示しながら言った。
「貴国(魔法の国、帝国)の同盟国、公国の者です。
科学省配属の認定研究者フランチェスカ・フランソワーの指示の元、この地に参りました。」

「え、、、」

何やら大層な言葉を並べられ、修道女は困惑する様子を見せた。

「マリア・ルイスと申します。」
マリアが、改まった様子で頭を垂れて挨拶をする。

女性は、信じられないという表情で固まっていたが、慌てて頭をさげようとした。

それを制してマリアは言った。
「あなたについて、いくつかお聞きしたいことがあります。」

「な、、何か私がしましたでしょうか。」
女性は、不安げに言うと、
マリアは単刀直入に尋ねた。
「あなたは魔法遺伝子の開発者、あるいはその助手の先祖なのでしょうか?」

女性が困惑の表情を浮かべながら言った。
「、、、、?
魔法遺伝子?とは一体何でしょう。
申し訳ありません。
魔族でもない一般人の私には、聞いたこともないような言葉で、、、」

マリアは納得いかない様子で更にたたみかけた。
「ではなぜ、
皇族に代々伝わる子守唄を歌っていたのですか?」

女性はすやすや眠る赤子を見て、諦めたように言った。
「この子の親から知ったのです。
まさか、皇族の唄だなんて、知りもしませんでした。
ご無礼お許しください。」

頭をさげようとする修道女をマリアは制して言った。
「同盟国とはいえ、私は公国の人間であり、帝国の者ではありません。
お気になさらないでください。
しかし、可能性の1つとしてお尋ね申します。」

それから単刀直入に言った。
「あなたを魔族または皇族の隠し子と考えるのは早計でしょうか。」

エリカは、容赦ないマリアを糾弾するように言った。
「ルイスさん?
皇族以外の者に禁止にしているわけでも、秘密にしているわけでもないと聞きましたよ。
知っている者もないとは言い切れないでしょう?」

エリカの言葉を聞き入れたのか、
      マリアは、女性を真っ直ぐ見て言った。
「では、あなたは皇族の関係者ではないと考えて良いのでしょうか。」

女性は、頷いて言う。
「もちろんです、、、!」

しかし今度は船長が、修道女を問い詰めた。
「あんたは修道女といえ一般人なわけだ
さっきの質問に戻る。
魔族でも歯が立たない悪魔を、なぜ退治できたんだ?」

修道女は言った。
「退治したのは悪魔ではありません
疫病です。
私は医女でもありますから。

疫病を悪魔の仕業だと考える人もいるのです。
人々は、そうやって、得体の知れぬ恐怖を具現化することで、怒りや恐怖をぶつける相手を作りだしてしまうものですから。

それが悪いこととは思いません。

ですが、そうした気持ちが大きくなりすぎると、本当に悪魔を呼んでしまうこともあるのです。」

エリカも脇から尋ねた。
「では、悪魔は来てないと、、、
本当に疫病だけだったのですね?」

修道女は、暫く考えてから、言いにくそうに告白した。
「悪魔は、、、、来ました。
けれども、退治したのは私ではありません。
この赤子です。」
そう言うと、
彼女は、すやすや眠る赤子に目を向けた。

「その頃は、もっと小さくて、首が座ってもないころでした。
悪魔が、寝てるこの子を奪おうと、手を触れたところ、魔力が自身に跳ね返り苦しみだしたあとに、逃げていったのです。」

「ほうほう。」
思考を巡らせているのか、適当な返しなのか、
船長は頷きながら感嘆した。

エリカはハッとして、懐から、魔法と魔物の大百科を取り出した。
ギャラクシアにいた頃にもらったものである。
その一節を見て言った。
「確か、魔物を退治する唯一の方法があります。
それは、勿論物理行使ではありません。
そして、魔法でもありません。
それは、、、、強い拒否。
それも、尋常でない程の。
その強い意思は、例えるならば、重度の薬物患者が目の前の薬物を拒否するに匹敵するそうです。」

マリアは、エリカの話を聞き終えると、フランチェスカ譲りの意味深な笑みを浮かべた。

「情報提供、感謝いたします。」
礼を言うマリア。

エリカは再びハッとして言った。
「宿を貸してくださり、食事まで振る舞ってくださった方を、3人でよってたかって質問責めにしてしまいました。
本当に、申し訳ありません、、、!!」

女性は首を振って言った。
「いいのですよ。
私も、本当は誰かに真実をさらけ出したかった。
贖罪する助けがほしかったのかもしれません。」

何に対する贖罪なのか、エリカには分からなかったが、その言葉に関しては誰も追及しなかった。

繰り返す夢

その夜、エリカは、夢を見ていた。

”またこの夢だ。”

それは、幼子の自分が、夜中にひっそりと起きて、1人だけ遊びに行く夢。。。

エリカは、公国アクアの田舎にあるアパートを抜け出して、アスファルトの先にある崖に向かっていた。

昼間は只の崖。
けれども、夜中だけ、そこには遊園地が出現するのだ。

近くまで来ると、オルゴールのような曲が聞こえてきて、胸が高鳴る。

小規模の遊園地。
観客は自分以外、誰もいない。

エリカはそこで、遊具を一人占めして遊ぶのだ。
しかし途中でいつも、両親に見つかってしまう。
2人は、エリカを少し嗜めるも、一緒に遊んでくれた。

ところが、、、
遊園地の出現は、毎夜ではなくなっていく。
頻度が少なくなり、そして、ある日を境に出現しなくなった。

気づくと、、、両親もいなくなっていた。

そこでいつも目が覚めてしまう。

今宵もそうだった。
現実世界に引き戻され、ベッドの上で横になっている自分に気づいた。

エリカは思った。

これは、自分の記憶ではない。
思い出に対する思いが、
夢としてファンタジックに表現された、脳のいたずら。

しかし、記憶に基づいていることは確かである。
それが何なのか、思い出せない。。。


目次(プロローグ)にとぶ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?