第11章 旅の節目


砂漠の2次元

一晩、停泊花で休養を取ったエリカ達は、再び砂漠の旅へと出発した。

空は相変わらず、色を塗ったかのように、一様に紫色で、異世界というよりは、絵本の中のような景色であった。

太陽はどこにも見当たらないが、視界は広く、辺りは明るい。

暫く歩いていくと、いつの間にか、紫色の空は、
人間界の砂漠のように、昼間の太陽に照らされた青空を見せていた。

一同は、何も言わず、言う気力もなく、ひたすらに歩いていた。

持参した公国独自の水蒸気冷却機。
しかしそこから得られる水分には限界があった。

1人、また1人とばたばた倒れていく者達を残して、先を行く。

真っ先に犠牲となったのは、高緯度の帝国軍。
体表面積の広さに熱が充満し、軍人の体格に見合う水分が足りなかった。

そんな過酷な有り様を目に、誰しも二の舞になりたくない思いで、話す力を全て脚に注いだ。

その渦中、やっとエリカが声を発した。
「何か見えますよ。」

皆が、エリカの言った先に注目する。
一面砂ばかりのこの景色。
そのずっと向こうの灼熱の陽炎に、複数の何かが動いているのが見える。

そこに向かって歩いていくと、次第にその姿がはっきりとしていき、正体が判明した。
それは、つなぎを来た化け物、作業員達であった。

ふいにフランチェスカが立ち止まり、端末を取り出した。
そこには、いつ受信したのか、大佐からの報告通知が一件入っていた。

開封済みの通知で、1度フランチェスカはその内容に目を通していたのだ。
思い出したかのように、彼女は再び通知内容を確認した。

他の者達も脚を止め、その様子を見守る。

フランチェスカの目がぱぁっと輝いた。

「あそこに、、、水があります。
恐らく。」
彼女はそう言って、作業員達のいる方を指さした。

水。

それは希望の言葉だった。
一同の乾ききった瞳に一縷の望みが宿る。

一見、作業員の姿しか見当たらないように見えるが、水がどこかに湧いているというのであろうか。

しかし、フランチェスカは詳しい説明もなしに、その炎陽に向かって歩き始めた。

皆も、歩き始めた。
先程までより、しっかりとした足取りで。

更に近付いてみると、作業員は、巨大な穴の中とその周辺で作業していることに気づいた。

サラサラとした、砂の穴である。
直径が大きい為、深い穴であるが、太陽の日が底まで届き、小規模な盆地のようにも見える構造をしていた。

一同はひたすら歩き続け、穴の真前まで来た。

覗くと、
その穴の中にも 足場が建てられ、作業員達がひたすら作業をしている姿が見える。

しかし、長とも言えるであろう、灰色の皮膚の個体が見当たらない。

フランチェスカは、唐突に、穴の外から、近くの作業員に尋ねた。

「すみません
水はここにありませんか?」

作業員は、彼女の顔を見る。
強い日差しに照らされて、崩れた顔立ちが蕩けているように見えた。

しかしその個体はすぐに顔の向きを戻し、作業を再開してしまった。

フランチェスカは、端末を見ながら言った。

「作業員は通常、運び屋の残りがから精製されるもの。

しかし、その過程を得ずに誕生する作業員が、極まれにいます。
水プラズマが、水に戻り沸き上がる場所で、その現象は報告されている、と言われています。
そこは本来なら、駅になるはずの場所でしたが、なり損ない、不完全な姿のまま出現するとのこと。

恐らく、それがここなんじゃないでしょうか。」

ようやく、彼女の口から、ここに水があるかもしれない根拠が話された。

しかし、見渡す限り、水らしきものはどこにも見当たらない。

その時であった。

目の前の作業員の見た目が、変わっていく、、、

遠くから見れば、その変化に気づくことはないだろうが、
決してそれは、微々たる変化などではなかった。

言うななれば、立体的感を持たなくなっているのだ。
正面から見ても、それは分かった。
人間の目は、奥行きを光の当たり具合からでも感じとることが出来るのである。

そして作業員は、まるで前後の空間を認知出来なくなったかのように、作業をやめ、横方向に手足を動かしていた。

ペラペラの紙のようになったそれを見てエリカはハッとした。

もしかして、、、

エリカは、体を移動させ真横からそれを見た。

消えてしまった。
作業員の体は、存在をなくしていたのだ。

他の者達もその奇妙な現象に気づいていた。

フランチェスカは、子どものように目を輝かせた。
体力の消耗により空っぽになった瞳に、精気が宿っていく。

それから、意気揚々と話し始めた。
「これは!完全な、2次元です、、、!!

紙は薄くとも厚さはありますので、完全な2次元とは言えません。
真横から見ても、その存在を黙視することが出来ます。

しかし、完璧な2次元は厚さが完璧なる0。
真横から見れば黙視出来ないのです。

いえ、存在すらしないのですから当たり前です。

今目の前にいるこれは、存在しないはずなのに、見えているのです!!
何て神秘的なのでしょう、、、!!!」

エリカも船長も、軍人も、言葉の理解に反して、頭が追いつかない様子だったが、
フランチェスカは気にも止めずにしばらく感動に浸った。

それを最初に壊したのはマリアだった。
「研究長さま、たった今、もう1つ通知が来ました。」

彼女は、端末を渡した。

フランチェスカはそれを受けとると、さっと目を通し、不気味なほどにゆっくりと話した。
「この場には、2次元生物の出現率が非常に高い。
それは、謎と秘密を弄ぶ生き物。
まるで無邪気な子どものように、、、。
そして、気に入った謎を見つけると、それを抱える立体生物を2次元に引きずりこむのです。

闇に葬り去られる秘密と共に、立体世界から姿を消されてしまう。」

「つまり、さっきの作業員は、その生き物の餌食にされてしまったのですか?
私たちも、、、もしかしたら、狙われているのでしょうか。」

エリカが固唾を飲んで言葉をもらすと、フランチェスカは話し始めた。

「謎を秘めている物の希少な姿は、
その謎を解明するのに最も有効なサンプルと言えましょう。

つまり、謎多き作業員の秘密がここには充満している。

作業員以上の秘密がある人間がここにいましょうか?」

エリカの顔は青ざめていた。
作業員ほど深い秘密ではないが、闇と危険を兼ね備えた秘密を、エリカは抱えていた。

決して、他者に、エリカの呪いを知られてはならない。

フランチェスカはふと瞳を閉じた。
優雅に目を瞑るその姿は、砂漠ではなく、美しい花畑でそよ風を感じるお姫様のようだった。

それから、おっとりとした口調で言った。
「それの姿を見てしまった者だけが、彼等に謎を悟られてしまう。
つまり、目を閉じていればいいのです」

エリカはその言葉に何度も頷き、ぎゅっと目を閉じ、アリスもそれに従った。

マリアは、腰の剣を抜き、全身に力を込たまま目を瞑る。
残りの軍人たちも、マリアに倣った。

視界を閉じると、いつもより音がより鮮明に聞こえてくる。
しかし、カチンカチンと、作業する音以外に聞こえる音は何もなかった。

鳥の囀ずりや水の音が聞こえてくる、砂漠の中のオアシスだったら、どんなに良かろうか。。。

「いつまでこうしていればいいのでしょう。
ずっと目を閉じたまま、というわけにはいきません。」
エリカがそう言った時、ずっと聞きたかった音が微かに聞こえてきた。

そう、それは水の音、、、!!

エリカはそっと目を開けた。

皆も、目を開けていた。
水の音に、渇いた喉が反応しないわけがなかった。

それは本当に、水であった。
何と、、、穴の底から沸き上がっていた。

そして、出てくる水の量は増していき、激しく水圧がかかった水は、穴の中で巨大な噴水を作った。

その直径は穴の直径にまで達し、エリカの目の前に、吹き出した水から飛んでくる水滴の滝がやって来た。

フランチェスカは微笑を浮かべ、
懐から、スポイトと試験紙を取り出し、水を吸いとり滴下した。

「純水です。
ミネラルさえもありませんが、毒も混入しておりませんよ。」
そう言うと、
彼女は両手を掲げて、水を仰ぎ見ながら言った。
「リー大佐、、、!
あなたの報告は、間違っていませんでしたよ」

今度ばかりは、彼女以外の者も、その喜びを分かち合った。

しかし、歓喜の表情ながらも、研究長の前で控えている忠実な公国軍に、同行していた帝国軍も倣っていた。
フランチェスカは、公国の最高研究機関の研究者であり、軍部より地位が高いのだ。

そのフランチェスカが言った。
「好きに水を堪能してください。

わたくしの冒険の為にはあなた方が必要なのです。
水分補給をしない者は職務怠慢と見なします。

持たせた塩分も忘れずにです。

それから、携帯する自身の牛革を、水で膨らませなかった者には、脱水の未来が待ち受けているでしょう。」

その言葉で、押さえつけられた者達の生理的欲求が爆発しようとしていた。

が、軍部は最後の理性を保っていた

目上の人物より先に飲食をしてはならぬという。。。

軍が待機しているならば、学生でしかないエリカはそれ以上に留まらねばならなかった。
アリスさえも、我慢している。

しかし、フランチェスカは気にも止めずに、さっさと自分で水を飲み始めていた。

それを見た者達は、今度こそ欲求を解放させる。

汗まみれの顔を滝に埋める者、渇いた喉を潤す者。

エリカも一心不乱に、両手に貯めた水を飲んでいた。

しかし、ふとマリアを見て、そちらに気を取られてしまう。

マリアは、既に牛革を満タンにし、いつの間に十分な飲水を済ませたのか、晴れ晴れとした顔色で、
水飛沫の中、目を閉じていた。

まるで、水を感じ、楽しむ妖精のようであった。

白い海軍の服を着た妖精、、、。

それを彩るかのように、
水滴から垣間見える向こう側には、虹が浮かび上がっているのが見えた。

向こう側からは、虹は見えないだろう。
見る位置により、消えたり見えたりする虹は、まるで2次元のようであった。

気づくと、穴は水で満たされていた。

水の影に隠れて、噴水の中に浮島が見えた。

そこには、ヤシの木のような植物が生え、花が咲き乱れ、微かに人魚の歌声が聞こえる。

砂漠の中の、、、悪の国の中の、、、まさにオアシスであった。

しかし、その雰囲気をぶち壊す厳しい言葉が響いた。
「今すぐ飲水を止めて!!!」

フランチェスカだった。

つかの間の夢から覚まされたエリカは、彼女の方を見た。

フランチェスカは、堅い微笑を浮かべ、皆を見回しながら、一言一言念を押すように言った。
「この水は、
今は目の前にあっても、
時期に幻になります。

幻と共に消えたくなければ、
飲水を、
やめるのです」

その言葉の意味がすぐに突きつけられることとなった。

噴水と、その中に見える浮島は、次第に奥行きを無くし、それを見る者の遠近感覚を狂わせた。

そして遂に、噴水と浮島を描いた、1枚の景色画のようになってしまった。

完全なる2次元と化したのだ。

そして、絵画が折り畳まれていくように、端から景色が消えていく。

消えた景色の裏から、何か動く物が微かに見え隠れしている。

それは、少しずつ確実に姿を現そうとしていた。
秘密を弄ぶ生き物だ。
決して、視界に入れてはならない。

エリカはその正体を悟り、素早く目を閉じた。

それと同時に、フランチェスカの恫喝が響き渡る。
「目を瞑るのです!!」

その後のことは、誰も覚えていない
いや、そのことすら、誰も覚えてはいなかった。

気づくとみな、何の変哲もない砂漠を歩いていた。

みな同じ夢を見て、みな同じように夢を忘れ去ってしまったかのようであった。

各々の行く末

殺風景な地に、螺旋状の電磁路線が敷かれていた。

東の果てへと誘う路線である。

エリカ達は、そこの始発駅にたどり着いていた。

南へ向かう路線とは異なり、数体の魔物しかいない、閑散とした駅であった。

「ここに、東へ向かう運び屋が来るのですね。」

エリカがそう言った時、
高揚したフランチェスカの高い声が響いた。

「何て素晴らしい冒険なのでしょう、、、!!!
東の果ての山脈に、この世の秘密が隠れているとでも言うのでしょうか!!」

彼女は両手を広げて、遥か彼方を見つめる。

微かに見える、謎の山脈を、、、

未知の土地に行くというのに、不安が一切感じられぬその表情を見て、
エリカはマリアに不安を吐露した。

「研究長の危険思考に火がつかないといいのですが……」

マリアは、エリカをちらりと見てから、
一言言った。
「またそれですか。
今は見守るしかありません」

エリカは、意気揚々とするフランチェスカを、
眉をさげて、少し心配そうに見つめた。

螺旋の始まりを見て、アリスは違和感を感じたのか、眉を潜めて言った。
「何か、この駅、少し変じゃない??」

彼女の言う通り、変異を見つけてエリカは言った。
「南へ向かう路線では、運び屋が出てくる溶鉱炉がありましたよね。」

しかし、ここには溶鉱炉らしきものも、また穴さえも見当たらず、路線は、地下から出てきていた。

「普通は、溶鉱炉から出てくる方がわけ分かんない構造よ。
ここにいると”通常”の感覚が狂ってくるわ全く。」

そのような会話をしていると、人間のエリカ達を見つけた駅員が、物珍しげに近づいて来て話しかけた。

「あんたら人間なんか?」

「はい」
フランチェスカは上品に答えた。

「これはこれは。記念に写し絵なんかしたいもんやな!」
駅員は驚いたような表情で興奮気味に言った。

「まぁ!人気者になったようで嬉しいですこと。」
フランチェスカは、建前のような笑顔でそう言うと、
物腰柔らかく尋ねた。
「ところで、この地下道は、一体何でしょうか?」

駅員は、遠く南を眺めながら言った。
「自分らよりずっと南にいる生き物が作った地下道や!
駅員以外の奴等は幻や思ってるみたいやがな」

「つまり、この地下道は、遺跡のようなものですか?」

フランチェスカが尋ねると、
世界観の相違に衝撃を受けたように言った。

「何言うねん!
この世界の建物や駅なんかは全て、遺跡をそのまま利用しよるんや!
魔法でちゃちゃっと作ったものの方が少ないわ!」

それから、不思議そうな顔になって呟いた。
「無の壁間近のここらだけやなくて、ずっと先の北まで生き物がいる。

遠い北のどこまで生き物がおるのかは分からんがな!」

その時であった。

地下から巨大な生物が出てきた。
運び屋である。

駅の前に停まると、
駅員は、鐘を鳴らして叫んだ。
「運び屋の到着やぁ!
のんびりしとる奴は置いてくで!
さっさと乗り!」

運び屋の側面には、相変わらず、不気味な唇達がついていた。

エリカはそれを見て、生唾を飲み込んだ。
ここを出入するのは、何度やっても慣れそうになかった。

みなが入ろうと近づくと、駅員が言った。
「待ち!
出る奴が先や!」

ぞろぞろと魔物達が出て来る。

しかし、その容姿を見て、人間達全員が衝撃を受けた。

それは、明らかに悪魔ではなかった。
端麗、可憐な姿の者たちであった。

駅員さえも驚いたように言った。
「なぜ、妖精達がここに来たんや?
東西は決して混じり合うことはないはず
地下道は、向こうの世界に続いていたんか?」

「妖精達が、悪魔を討伐しに来たのかも……
人間界でも、悪魔を倒して守ってくれました。」
エリカが言うと、駅員は首を振って言った。

「ドラゴンしか行き来出来ないのに加え、この魔界では、互いに勝敗が付かずに、相討ちになるんや。
両者ともそれを怖れている。」

妖精達の中には、人間とほとんど区別がつかぬ者もいた。

エリカはハッとした。

その中に混じり、本当の人間が出てきたのだ。

それは、、、帝国軍だった

エリカは微かな希望と共に大きな不安に苛まれた。

彼等の口から、、、ヴァイオレット崩御の知らせを聞くこととなってしまったら、、、

しかしそれは束の間の杞憂であった。

皇族専用の華やかな軍服を身にまとった女性が出てきたのだ。

皇族の中で最強の魔力を持つ故に女帝となった者。

ヴァイオレット・ギャラクシア・メイデン

彼女も、こちらの存在に気づいたようだった。

ヴァイオレットは目を大きく見開き、驚愕している。

フランチェスカは、魔族である女帝にも、躊躇することなく歩み寄っていき、
自身より背の低いヴァイオレットを見下ろして言った。
「陛下。生きていたのですね」

「フランチェスカ研究長様こそ、、、。
私達、仲はそこまで良くないけれど、敵対してまではいません。
この先は、協力し合い行動を共にしませんか?」
ヴァイオレットが言うと、
フランチェスカが彼女らしいことを口にした。
「ならば、何か有益な情報をくださる?」

ヴァイオレットが考えるが、何も思い付かなかったのか、口を閉ざしてしまった。

その時であった!!

駅の奥から、複数の足音が近づいてきた。

みなの顔に戦慄が走る。

フランチェスカだけが悠長に言った。
「またもや、人間の登場ですね」

駆けてきたのはやはり人間、、、。
それは異国であり敵国の者達であった。

敵の襲撃である。

悪魔の地で、人間同士の戦いが始まってしまった。

みな、ヴァイオレットとフランチェスカには見向きもせずに、両者の家臣へと切りかかっていく。

それぞれの家臣は、互いに敵対し合いながらも、共に敵国と戦わねばならぬこととなった。

敵なのか味方なのか、そこは無法地帯と化した。

それを静観していたフランチェスカは、手でマリアに合図した。

その手の先は、フランキー少佐だった。

「マリア、少佐を狙いなさい!
躊躇はいりませんよ!」
フランチェスカは、そう叫ぶと、その場から離れて行った。

フランキー少佐に、マリアが切りかかる。

2人の戦いが始まった。

妖精達は、仲介するでも止めるでもなく、遠巻きに見つめていた。
悪の国へやって来た彼女達には、善の完全性が失われかけていたのかもしれない。

ヴァイオレットは、妖精達の元に行くと、懇願するように言った。
「お願いします。
争いを止めてください!!」

しかし、妖精の1人、天女が静かに言った。
「完全な善は、完全な悪しか討伐出来ません。
善悪混じった人間には、私たちはどうすることも出来ない。」

ヴァイオレットは首を大きく振って言った。
「討伐じゃなくても、争い事を止めることは出来ないのですか?」

「人間どうしの争い事に、妖精は介入出来ません。」
そう言った天女を見て、ヴァイオレットはハッとした。

彼女は、即位式の日に悪魔から守ってくれた天女と、同じ妖精であったのだ。

あまりにも皮肉な事実に、ヴァイオレットは震え上がり、その場から立ち去った。

そして、怒りの矛先を、敵国の主、エレンに向けると、険しい形相で、彼の元へ歩んでいく。

『争い!! ノセナイ!!』

運び屋の舌足らずな声が響き渡った。

側面の不気味な唇がぎゅっ閉められる。

それから、東へと誘うその生き物は、
螺旋の中を這って行ってしまった。

戦闘経験のないアリスは、戦わず逃げ惑っていた。
しかしもう弱腰になることはなかった。
自力で自分を守ろうとする彼女の首に、あのペンダントが光った。

エリカは、駅員に対し焦りを顕にしていた。
「駅での争いを止めてください!
お願いします!」

駅探は必死の形相で、笛を鳴らしていたが、苛立ったようにそれを止めてエリカを睨みつけた。

そして捲し立てる。
「やってる横からぎゃあぎゃあ煩いわ!
暫くやってみたが期待できん。
闘争心を沈める音があるんやけど、人間には効かん。」

エリカはハッとした。
今の音に1音足せば、聞き覚えのある曲になる。
それは、戦いを止める曲。

「貸してください!」
エリカは、駅員から笛を奪うと、服の裾で拭いた。

「何や勝手に奪た思たら、不潔扱いしおって。」
駅員は、快くなさそうに言った。

「すみません。
とにかく、貸していただけると、嬉しいです!」
エリカはそう言うと、笛を吹き始めた。

それは、副交換神経を刺激する音楽。
効力がありすぎるが故に、
音楽の範疇を越えた魔法のようである。

慣れない縦笛からは、ぎこちない旋律が流れ出した。

一方、
各国トップの3人は、戦場から少し離れた位置にて、乱闘の傍ら、敵対していた。
険悪な空気の中での対面!

「お兄様、どういうこと??!!」
ヴァイオレットは、兄の顔と、異国の紋章の入った軍服を見て、半ば悲鳴のような声をあげた。

フランチェスカは穏やかに笑って言った
「3か国が集結しましたね」

エレンは、焦ったように言った。
「ヴァイオレット、、、!

違うんだ!僕は、、、お前をひどい目に合わせるつもりはない。」

しかし、ヴァイオレットは不信感を露にした目で兄を見て言った。
「信じられない。
私の魔力が怖いから、そのようなことを、申しているだけでしょう?」

「違うよ。
お前だけは、皇族の中で唯一、心を許せる存在だった。」
2人の会話を見ていたフランチェスカは、そっと服の内ポケットにある銃を取り出した。

次の瞬間、、、!

彼女は銃口をエレンに向け、躊躇せず引き金を引いた。

しかし、弾丸は彼には当たらなかった。
狙いが定まらなかったからではない。
跳ね返ったのである。

悪魔の体によって……。

そう、突如悪魔が出現したのだ。

それは、体色以外はほぼ人間の姿に等しく、知性を感じさせる顔つきをしていた。

悪魔は、エレンを庇うように立ちはだかっている。

跳ね返った弾丸は、少し離れた戦場に向かい、別の人物に命中した。

血を流して倒れたのは、、、、。
軍人でも皇族でもない者だった。

それは、高飛車な女の子、、、アリス・アリア。
腹部から流血していた。

フランチェスカの目が大きく見開かれる。
彼女はアリスの元に駆け寄り、傷を見た。

「致命傷には至っていません。」
ほっとしたようにそう言うフランチェスカ。

そんな彼女から顔を背け、アリスは小さく呟いた。
「私が死んだら、利用出来ませんものね!」

「まぁ、心外です。私にも、罪悪感なるものはあるのですよ。」
フランチェスカはそう言いながら、
安全圏までアリスを引きずった。

エレンやヴァイオレットの元まで連れて行った時、
彼女の背後から声をかけた者がいた。

「人間の傷を治すことなら出来ます。」
美しい声である。

それは妖精であった。
即位式の時に現れた、あの妖精。

妖精は負傷者アリスに目を向けた。

その瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。

「アリス・アリア!」
そう声をあげてから、彼女は暗い顔になって言った。

「あなたは、、、救うことが、出来ません。」

「どういうこと?」
アリスが訝しげに尋ねた。

妖精は話し始めた。

「傷自体はそんなに深くありません。
あなたは、銃創で死ぬのではなく、直に消滅してしまうでしょう。

あなたには、未来を予想する特殊能力がある。
これまでに何度も、未来を予想し、死を避けてきた。。。
しかし、これは自然の摂理に反することなのです。
死の運命は、避ければ避けるほど、より高い確率を持って追いかけてくる。。。

その確率をも見事に外し続けてきたようですが、残念ながら、
あと数分もしない内に、タイムリミットが来ます。

私にも、こればかりは、どうしようも出来ません。」

妖精の話を聞き終えたアリスは、妙に落ち着いていた。

それどころか、どこか安心しているようにも見える。

彼女は、ふっと笑って言った。
「痛くない。
さっきから、撃たれたのに、痛くないのよ。
もう、逃げなくて、いいのね。
死ぬって、もしかしたら、穏やかなのかしら。」

「穏やかじゃない人もいますよ。残念ながら。」
妖精が悲しげに言った。

「なら、私はとても運が良いんだわ。

西の世界は見えなかったけど、何だかんだ、東の世界の冒険も、楽しかったわ。

皆が一緒だったから。」

それが、アリス・アリアの最期の言葉になった。

彼女の体は、突如、青い光りに包み込まれた。
そして、肉体が青色と同化して、完全に消え去った。

その光は、戦場にいたエリカ、マリア、フランキー少佐の目にも入っていた。

恐らく秘少石の光。
けれどもそれは、今まで見てきたどの光よりも、爽やかな青をしていた。

エリカの目に、一瞬だけ入ったその光景は、やけにゆっくりと感じた。

呆然とする彼女に、敵の刃が向かっていた。

エリカは事態に気づき、寸手の所でそれを交わして逃げるも、
狙いを定められてしまったのか、敵は執拗に追いかけてきた。


ヴァイオレットやエレンも、アリスの最期を見届けていた。

そんな2人の背後に、邪悪な声が響き渡る。

「感動的だなぁ!」

悪魔の言葉である。

彼は、微塵もそのようなことを思ってもいないような顔つきをしていた。

ヴァイオレットは、悪魔を睨み付けてから、エレンに視線を向けて叫んだ。
「やはり、憎き敵国は、悪魔と手を組んでいたのね!」

悪魔は、ヴァイオレットを無視して、
エレンに向かって邪悪な声で言った。
「お前、天国の場所を突き止めたようだな……!
で、こいつらを倒せばいいんか?」

悪魔が攻撃的な目線を送った先は、ヴァイオレットとフランチェスカだった。

「違う!」
エレンが叫んだが遅かった。

悪魔は、ヴァイオレットに向かって魔法を放っていた。

彼女は、胸を押さえ、悶え苦しみ出した。

エレンは、悪魔を恫喝した。
「違うと言っておろうが!!!
お前が捉える相手は、妖精達だ!」

「、、、妖精だと、、、?」
悪魔の目は大きく見開かれ、
魔法をかける手を下げた。

魔法から解放されたヴァイオレットは、激しく息を切らせながら、嘔吐する。

駅員がどこからともなくやって来て、吐瀉物を処理し出した。

その様子を見ながら、悪魔は訝しげに言った。
「妖精だと?
それはふ可能だ。
力が拮抗し相討ちになる。」

エレンは言った。
「それは、善悪の完全性を守るために天使が吹き込んだ偽りだ。
研究で分かったのだ!
悪の国では、悪魔が優勢に出ると!」

悪魔は、疑り深く尋ねた。
「どいつの研究だ?」

エレンは、一瞬ためらった後に一言言った。
「私だ。」

悪魔は鼻で笑うと言った。
「まぁ良かろう。」

「しかし、良いか?生け捕りにするのだぞ!」
エレンが付け足すと、
悪魔はにやりと笑って、妖精達の元へ走りだした。

襲いかかってくる悪魔。

それに気づくと、妖精達は我先にと散り散りに逃げ出した。

悪魔は彼女達を追って、駅の奥へと駆けていく。

一方、
エリカは戦場で苛立ちの声を漏らしていた。

「一体何なの!」

敵の猛追により、笛を吹く隙がないのである。

”もしやこの笛を狙っている、、、?”

そう悟った時、エリカは笛を投げ捨てた。

吹き抜けの階段の先に拡声器を見つけると、掛けあがっていく。

エリカは拡声器を前にすると、深呼吸した。
歌だ!歌おう!

声を発する前に一度、頭の中に、曲と歌詞を再生させる。

先ほど唐突に思い出した曲。
とても懐かしい。
柔らかく明るい旋律なのに、どこか物悲しい曲だった。
記憶がふと蘇る。
それは、母親がいつもエリカに歌ってくれた曲だった。
記憶の中には、何故か母親らしき女性が2人いる。
夢が見せる記憶の中の母親、呪いの記憶で見た母親。
両者は別人でたる。
どちらが肉親かは分からない。
しかし、エリカにとっては、前者の方が心に残っていた。
その曲を歌ってくれた方だから。

「よし!」
エリカは気合いを入れると、歌い始めた。

拡声器を通じて、、、。

メロディは、声の楽器から流れていく。

その曲には、いつしか歌詞が添えられていた。
唄は、柔らかい発音を持つ、見知らぬ言語。

誰も聞いたことがないその曲は、階下に響き渡る。

その優しい旋律は、エリカの黒々とした過去の記憶にすっと入り込むと、白く美しい物を微かに写し出し、
皆の闘争心を消し去っていく、、、、

はずだった。

しかし、思いの外、エリカの歌は音程を外しに外しまくった。

フランチェスカも、ヴァイオレットも、エレンも、、、
マリアも、フランキー少佐も、、、

他の者達も、皆、耳を押さえていた。
手にしていた武器が地面におちる。

エリカは、歌うのを止めた。
楽器なしで音楽を奏でることは初めての試みであったのだ。

ある意味で、戦闘を止めることには成功したのかもしれない。

階下のエレンはふと我に返ると、声の主を階上に見つけ恫喝した。
「ブラウニーだな!?
何なんだその曲は!!!」

エレンは、エリカに強い恐怖心を見せ、焦りを露にして叫んだ。
「我々は、悪魔と手を組んでいる!!
帝国・公国両軍は直ちに白旗をあげろ!
でなければ、容赦しない!」

フランチェスカは、歩いていき、堅い微妙を浮かべて言った。
「下がりなさい。
陛下の従軍もです!!」

みな、戦いは既にやめていたが、命に従いその場から離れた。

こうして、3か国の戦いに終止符が打たれた。

その時である。
悪魔が、魔法の泡に妖精を捉えてやって来た。

エリカは階下に降りると、おちた駅員の笛を拾い、駅員に渡して言った。
「悪魔を止めて!妖精を助けてください!」

駅員は笛を受けとったが、首を振った。
「無理や!」

「どうして?」
エリカが尋ねると、駅員は渋る顔で言った。

「悪魔どうしの戦いなら効くかもしれんが、悪魔と妖精の争いは、前代未聞や。」

「とにかく、試してみてください!!」
そう言い残し、
フランチェスカの元に走って行くエリカを見て、駅員は眉をひそめた。
「何や、上から目線に指示しおって。」

そう言ったものの、駅員は笛を吹き始めた。

が、、、音が出ない。

「あのヤロー!!壊しやがったな!!」
駅員がエリカの方を見て激昂した。

ところが、そんな駅員の様子など目に入らず
エリカは、一点を見つめて青ざめていた。

視線の先は、、、ヴァイオレット。

そして彼女の足元には、妹ジュリエッタの姿があった。
剣が貫通したミイラを見て苦しみ出している。

それと同時にエリカに、強い強い苦痛が襲ってきた。

ヴァイオレットが、魔術を無意識の内に施していたのだ。
思い起こされようとしていた記憶を抹消する為に、、、。

空気の泡に妖精達を閉じ込めていた悪魔は、ふとエリカの様子に気づいた。

そして、同じように苦しむヴァイオレットを見て、2人を交互に見つめた後、何かを悟ったかのように不適な笑みを浮かべた。

悪魔は、妖精達を一通り片付けると、エレンの元に来て言った。
「こいつらは、殺るか?」

”こいつ”とは、フランチェスカならびにその家臣であった。

エレンは、渋る様子を見せたが一言言った。
「・・・良いだろう。」

その言葉に被るようにして、ヴァイオレットの叫び声がした。
「止めて!!!」

彼女は、短剣を自身の首に向けていた。

「待て、、、」
エレンは驚いて悪魔を制止した。

悪魔はニヤニヤしたまま、制止に従った。

ヴァイオレットは、震えながら言った。
「誰にも手を出さないで。
もう、死を見せつけられるのは、懲り懲りよ。」

「、、、」
エレンは黙り込み、苦虫をかむような顔をしていた。
彼は、自身の従軍に、小さく手で示し、密やかに指示した。

次の瞬間!!!

ヴァイオレットの刃物は奪い取られた。
それと同時に発疱音が響き渡る!

弾丸は、フランチェスカの腹に命中していた。
血渋きが舞い上がる。
彼女は、自身と腹を手で抑え、身を屈めた。

「何てことをするの!!」
ヴァイオレットが、軍人に両腕を拘束されながら、叫ぶ。

エレンは、厳しい声を放った。

「お前は女帝だろう。強くあれ!!」

次の瞬間には、ヴァイオレットの拘束は解かれる。
魔法により、腕を抑えつこていた軍人を吹き飛ばしたのだ。

「それは、強さなんかじゃない!!」
と叫ぶヴァイオレット。

「そうだ!それでこそ、帝国の皇帝たる威厳だ。」
エレンのその言葉は、
今行使した、ヴァイオレットの魔法に対してのものであった。

「これまでも、我々の軍人を、沢山殺ってきたはずだ。
君の魔法によって。」
エレンは、低い声でそう言った。

その時、微かに笑い声がした。

それは、フランチェスカの声だった。
彼女は、しっかりと地に脚をつけて立っていた。

その様子を見た2人は、目を疑った。
フランチェスカの深い銃創からは、、、人工物が見えていたのだ。
表面だけが、人間の肉体に似せてある。

「私が、アンドロイドだということは、誤算にも成り得ないほどに、意識の外にあったでしょうね。」
フランチェスカはそう言って立ち上がると、

「ですので、私は暫しの間、地下で研究してきますね。
アンドロイドなので一生この姿です。」
と言って立ち去っていく。

3人の会話を聞き、悪魔は嘲笑いながら言った。
「アンドロイドとは、人間の作り出した、人間の小間使いだそうじゃないか!
しかし、その小間使いが、人間に指示するようになるとはな!」

エレンは、悪魔に向かって焦ったように言な。
「もう良いだろう!
妖精を引き連れて行くぞ!」

「くだらん人間同士の喧嘩に付き合わされたものだな!」
悪魔は、嘲笑して言うと魔法の手で示し、
妖精達を閉じ込めたゼリー状の透明な泡を統合し、一つの大きな泡にした。

「これで本当に、天国に行けるのだろうな」
悪魔が疑り深くエレンを見て言った。

「必ずや誘おう。」

そして、王エレンは家臣を撤退させると、悪魔と妖精の囚われた泡を引き連れて行ってしまった。

その様子を見届けたヴァイオレット。

彼女は、自身の妹を抱いて、それから、妖精に掲げた。

「この子を、私の呪縛から、解き放ってください。」
と言う言葉を添えて。

そして再び、爽やかな青色の光が放たれるのであった。

***

別れ

駅での騒動がおちついた時、フランチェスカとヴァイオレットは対面していた。

しかし、それは先ほどのような険悪な様子はなかった。

穏やかな雰囲気の中でフランチェスカは言った。
「わたくしは、東の果てに行きます。
そこに、天国ならびに、秘少石があるか、探ります。」

フランチェスカが言うと、ヴァイオレットは節目がちに言った。
「研究長の探究心には圧倒されるばかりです。」

ヴァイオレットも、
フランチェスカに続き、自身の今後の予定を伝えた。
「私は、空の果てに行きます。
そこに天国があるかもしれませんから。

ですので、空高く飛ぶことの出来るペガサスを探します。

重力に逆らう魔法がほとんど使用出来ないこの世界では、その方法しかありませんから。」

「健闘を祈ります。」
フランチェスカは微妙を浮かべて言った。

それから、
「では、私はお花を摘みに行って来ますわ。」
と言って、駅の奥へと消えた。

その時、地下から運び屋が登って来て、駅に止まった。

駅員の到着の掛け声が響き渡り、悪魔と共に、フランチェスカ側の人間たちも、入り口へと入ってく。

みな続々と入っていく中で、エリカはヴァイオレットを見ていた。

「陛下、、、ご無沙汰です」
エリカはズボン姿ながらも、カーテシーのお辞儀をして言った。

ヴァイオレットとは、即位式の時に知り合った。
それだけの関係だが、呪いで繋がっているからか、彼女を身近な存在に感じたのだ。

ヴァイオレットは、エリカを見てから思い出したように言った。
「あぁ、即位式の時の、、、!」

「エリカ・ブラウニーです。」
エリカはそう言って頭を下げる。

ヴァイオレットはふと首を傾げて言った。
「あら?何故か、あなたには何度も会ってる気がする、、、
即位式の時以来、一度も会ってないはずなのに。」

エリカはどきりとした。
呪いで繋がっていることは、エリカ以外に知られてはならないのだ。

どうか、陛下に勘づかれませんように、、、

そう祈っていると、ヴァイオレットが言った。
「でももう、二度と会えなくなるかもしれないわね。
あなたは、生きて帰ってね。向こうの世界へ。」

恐ろしい言葉である。
2人は、別れの言葉を交わしたのだった。

その頃、フランチェスカは駅長室にいた。

「何や?話って?」
怪訝そうな顔で駅長が問う。

フランチェスカは、窓から構内を眺めながら、話し始めた。

「駅員さん、あなたは魔物を操る音楽の才がありますね。
笛で、悪魔の闘争心を押さえつけるという話をしているのが、耳に入ってきました。

人間界には、魔物を召還するコードSSSという譜面があります。
人間とあなたがた、互いに、音楽により魔物を操る術を持っているというわけです。

ですから、共に音楽について、研究したいのですが、いかがですか?」

駅員は大きくため息をついた。

「あんたは、そのコードなんちゃらとかいう譜面を持ってるんか?」

「持っていませんよ。
私の国にはその譜面がないのです。」
フランチェスカはそう返しながら、窓から目を離し、駅員を見つめた。

「そいつが重要な研究資料やないかい!」
駅員は憤慨する。

「では逆にお尋ねします。
駅員さんのどのようにして、笛の音楽を手に入れたのです?」
フランチェスカが目を瞬かせた。

「そりゃ根気よく、メロディに聴こえる音の羅列を探していったからや!
奴ら魔物は、メロディを認識出来ないようだが、
研究していけば、奴らにもメロディに聞こえるような音楽が作れる。

メロディを届けられれば、奴らを調教出来るんや!

しかし、普通に探しおったら∞(無限)に等しい時間かかるがな!
特殊な機械使って探したんや!

自分は作業員と違って実用的でない研究なんぞいうものにゃ興味ない!
機械の使い方教えてやるから1人で頑張りぃ」

「薄情ですね。」
フランチェスカが大げさに眉をさげた。

「何とでも言い!自分の仕事は駅員や!」
駅員はそう言いながら部屋を出て行ってしまった。

それから数十分後、フランチェスカは運び屋に乗車した。

「お待たせしました。」
フランチェスカがそう言った時、折よく出発の合図が鳴った。

「お帰りなさいませ。研究長様。」
マリアが静かに言った。

「お帰りなさい。」
そう言ったエリカは、少し、動揺していた。

フランチェスカの顔つきがどことなく、いつもと違う気がしたのだ。
気のせいだろうか、、、。


善悪の統一

駅穴の周辺の、広大な敷地。

舗装された地面に、ナイト照明のようなものが点在し、
ガラス張りの渡り廊下と、奇抜な乗り物が数台あるだけの侘しい場所であった、、、。

しかし、今は違う。
ショーケースのようなものが、地面にびっしりと、並べられている。
そして、その中に入っているのは、、、人間。
おびただしいほどの数が、寝かされており、それらは全て、公国とその敵国の軍服を着せられている。

そんな奇妙な光景の中、2体の生き物が歩いていた。
灰色作業員と、その亜種の博士である。

灰色作業員が鼻で笑って言った。
「地下で培養した人間が、こんなにも繁殖出来るとは思わんかったなぁ。

培養元は、エレンの家臣。

ついでに、あの小娘達(エリカ、マリア)の仲間も培養してやったわい!」

それから、頭を指さして憤怒した。
「お前の所業は覚えているぞ!老いぼれエレンめ!

過去を書き換えたとしてもな!
記憶は、時に、世界線を移行しそびれるんや!」

そして豪快に笑って言った。
「やつらには、自分たちに似た格好の人間達が切られる様を、見せてやりたいわい」

「今更ながら聞いてええか?
こんな技術、どやって手に入れたん?」
灰色作業員が尋ねると、
博士は独り言のような口調で説明した。

「老いぼれエレンのおげや。
やつは逃げ出しおった。
本人は、わいらに協力しなかったと思っとるがな、それは記憶違いや!

共同開発したやないかない!
魔物を受肉に閉じ込める方法をな!

ヤツが青二才エレンを逃がした為に、実験資料は消えたがな、記憶だけはおぼろげながら残っていたんや。

完全に消え去る前に、行動にうつしたわけや。

時間の感じ方が異なる地下で作業させれば、あちらで何万年と時間をかけて培った技術が、一瞬で手に入るわけや」

灰色作業員は感心したように唸ると、更に問うた。
「んで、こいつら使ってどやって悪魔倒すん?」

博士は答えた。
「完全なる善と悪が、肉体として存在し得ないならば、、、
逆に両者を合わせば肉体としての存在が可能となる!!!

悪魔と妖精をこの受肉に閉じ込めたる。

肉体の魂のちぃっぽけな善が、悪に敵うはずがないんやからな、人間の悪人が誕生や。

そうなれば、悪魔から悪人へと変貌した奴等に物理行使をしてやれるんや!」

「妖精はどう調達するん?」

灰色作業員が更に尋ねると、博士は答えた。

「西の国の路線を、ちぃとばかし弄って地下道に繋げて妖精を誘ってやったんや。

この東の国へな!

妖精を使えば、天国に行けると悪魔に信じさせ、妖精達を捉えさせてるとこや。

にしても、幻の地下道がほんまにあったとはな、、、!!

これで念願の、悪魔妥当計画が軌道に乗るわい!」

灰色作業員はニヤニヤしながら言った。
「ならば、悪魔は全滅や」

博士は言った。
「そうもいかん。

知性のない悪魔は本能で動いてる。
本能で動く奴等と、知性のある妖精は統合出来ない。

妖精には何故か、知性のない奴はおらん。

しかし、1番質の悪いんは小賢しい悪魔や。
そいつらを受肉に閉じ込めれるのは大きい!」

それから、低い声で言った。
「問題は、善・悪を1つの肉体に閉じ込めたとして、善が優勢に出るかもしれんことや!

善人を殺るのは心が痛いわ!

しかし、怯んではならん!

妖精の損失は惜しいが、悪を打つためには必要な犠牲や。」

そう奮起している作業員を、
     ナイト照明は静かに照らしていた。

それら照明のケーブルは、地下を経由し、そして、この地にある渡り廊下の上部へ接続されていた。
上部は暗い通路になっており、等間隔にある穴から漏れる光が、唯一の光源である。

穴の横には、照明の操作パネルがあり、
その保護層が剥離され、内部配線が露出している。
それを端末機に結びつけ、照明から来る電気に音の周波数を繁栄させ、作業員と博士の会話を盗聴する者達がいた。

マルコ・リー大佐とその従軍、船長である。

船長は、小さな穴から望遠鏡を覗かせ、ショーケースの中の人間達を観察した。

「培養人間には、額に印がある。
念のため、奴等も、本物の人間と区別をつけたいんだろうな。」
船長がそう言うと、リー大佐は頷いて言った。
「万一にも彼らと戦わねばならなくなった時、船長様はあれを目印にしてください。」

それから大佐は、今の内容をフランチェスカに送信するよう、部下に指示した。

そして、電気信号は飛ばされる。
人間が操れる最も最速の電磁波である。

それを超越する運び屋が、加速度をつける前に、乗客の元へ届かねばならない。

***

一方、
エレンは、召集した複数の悪魔と、捉えた妖精を連れて、ショーケースで埋まる、この広大な地に赴いていた。

敷地に入ろうとしたエレンに、悪魔が言った。
「駅前ではないか!!
作業員がいる可能性がある。
奴等は私達を討伐しようと画策しといるのだぞ!」

エレンは言った。
「そうだ。
しかし、ここにしか、天国に行く技術を駆使出来ないのだ。

安心しろ。
奴等は、まだお前達を倒す技術を手にいれていない。

肉体を持つ奴等は、お前達を攻撃出来るはずもないんだ」

***

敷地奥地にいる灰色作業員は、エレンや悪魔が入ってこようとしていることに気づかず、狡猾な笑みを向けて話していた。

「老いぼれエレンは、長い酷使に疲弊し逃げ出したがな、こっちのエレンは元気にわいらの計画に賛同しとるわけや。

奴は、二枚舌で悪魔を誘き寄せて、ここに来る!」

それから右端のガラスケースへと歩いていき、憎みみのこもった声を響き渡たらせた。
「悪魔なんは、こうや!物理行使や!!」

声に合わせて、手に握られる鈍器が、ガラスを叩き割っていく。

すると、割れた箇所からヒビが奇妙なほどに長く伸びていき、遂にその列のガラスは粉砕した。

寝かされた”軍人”が、開封されたのだ。

作業員はニヤリと笑って言った。
「さぁ、いつでも来るがいい!」

***

超高速に入ろうとする運び屋の中で、フランチェスカは顔を輝かせていた。

「リー大佐!ご無沙汰ですこと」

そう言った彼女の手には、端末が握られていた。
加速する前に、無事、彼からの通信を受けとることが出来たのだ。

それから、一通り読んだ内容をエリカ達に伝えると、意味深な様子で言った。
「なるほど。
作業員はそのようなことを考えていたのですね。
私達には、直接関係の無いことのように思えますが、大きな災害が起こる予感がします。」

***

遂にエレンは、灰色作業員と博士の前に、姿を現した。
悪魔と、囚われた妖精は透明化し、隠れている。

エレンは、作業員を睨み付け、声を張り上げて言った。
「作業員めが!
北へ逃れる路線を管理してるお前らを、いつまでも看過するとでも思ったか、、、!
他にも路線は存在するんだ。
嘗めた態度でいると、痛い目見るということ、この駅で見せしめてやる!」

その剣幕に、作業員達は、悪魔でなく自分達が騙されたのではないかという一抹の不安がよぎり、硬直していた。

景色と同化していた悪魔が姿を現した。

「あの、、、二枚舌小僧めが!!」

灰色作業員は憎しみを込めてそう叫ぶと、
持っていた鈍器を勢いよく照明の棒にぶつけて音を鳴らした。

音はケーブルを伝って大佐の元へ響き渡り、地下にもその音響を行き渡らせる。

すると、地面の至るところに穴が空き、中からは大量の肌色作業員が現れた。

その間にも、エレンは、悪魔達に掛け声をあげていた。
「悪魔達!
好きなだけ打ちのめすがいい!
今こそ反乱のとき!!」

大量の悪魔が襲撃を始めた。

「肌色ども!殺るんやー!!」
灰色作業員が負けじと叫ぶ。

しかし、、、
散り散りに逃げ出す作業員がそこにはいた。

「何や!やれ!!下等種肌色どもがぁ!!」
灰色作業員が焦りと苛立ちを顕にして鈍器を振り回した。

「ムリや。奴等は本能に忠実や。悪魔とは戦わず、逃げる。」
博士が言った。

それを聞いた作業員は、顔をみるみる内に赤らめていく。
「悪魔の仲間に成り下がりおってー!!!」
激昂してそう叫ぶと、
鈍器を握りしめて、エレン目掛けて走っていく。

エレンはそれに気付き、青ざめ身を固めた。

その時、大きな破裂音が響き渡った。
それは、妖精達を捉える魔法の泡が割れた音。

同時に透明化が解かれていた。

数多の美しい生き物が姿を現し、次次と広間を浮遊していく。

血がのぼっていた作業員も、その様子に足を止めた。

そして、ニヤリと笑い、叫んだ。
「エレン、感謝するぞ。
やはりお前は、わいらの仲間や!!」

解放された妖精、襲撃していた悪魔、
両者は近くの個体同士で引き合い出した。

「来るな!!」
「近寄らないないで!!」

お互いがお互いを嫌悪し、抵抗した。

しかし、その足掻きも空しく、
妖精と悪魔は、統合しながら、肉体へと吸いとられていく。

そして、眠っていた”軍人”達が目覚める、、、。

彼らは、一斉に腰の剣を抜くと、隣のガラスケースに振りかざした。

ガラスは剣の背で叩かれ、ヒビを伸ばしていく。

「どういうことだ?」
辛うじて逃れていた1体の悪魔が、エレンを睨み付けて言った。

「目覚めた者達は、仲間を開封しようとしているんだよ。」

エレンが言い終えぬ内に罵声が飛んだ。

「誤魔化すな!
この惨状は何だと聞いているんだ!!」

震え上がりながらも、エレンは清々しい偽言を呈した。

「肉体に入らなければ、天国には行けないのだ。」

悪魔は、恫喝した。
「妖精と統合されるくらいならば、天国に行かなくていい。
我々は悪でいることに、存在意義を見いだしているのだ。
統合されれば、2度と切り離されることはないのだぞ!
お前はそれを狙っていたのか!!」

その時であった!
右端の床がスライドしていき、その下に溶鉱炉が露になった。

スライドは止まることなく進み、
目覚めたばかりの軍人達は、右端からそこへ投入されていく。

作業員は高らかに言った。
「悪魔が消えてくわい!!
悪の成敗や!!」

その光景に、悪魔は青筋を立てて卯なり声をあげた。
人間を遥かに凌ぐ腕力でエレンの首を掴み、手で縛りあげながら恫喝する。

「貴様!!
私達を滅ぼすつもりでいたのだな!?」

エレンは、首をかきむしり、苦しみながら言った。
「同盟………なんだ!
力差は………埋めなければ」

しかし突然、エレンを掴む悪魔の手が放れた。

首を解放されたエレンは、首を押さえ、ぜいぜいと息を乱しながら、見る。

悪魔は呻き声をあげ、のたうち回っていた。

目覚めた”軍人”に切りつけられている。
彼は、王国の軍服を身にまとっていた。

エレンは戸惑いながら呟いた。
「主を守っているのか、、、?」

作業員は、その様子を見ていた。
そして、何か悟ったようにニヤリと笑うと、他の個体に指示を出した。
「スライドやめい!」

すると、床は逆方向にスライドしていき、溶鉱炉は床下へと姿を消した。

それから灰色作業員は、
残った仲間を連れて、博士と共に、安全な渡り廊下へと避難する。

リー大佐の潜む暗い廊下の真下である。

灰色作業員は、尚も大佐の存在に気づいていない様子で、
感心したように言った。
「はっはぁーこりゃたまげた
奴等=悪魔から作った肉体は、奴等に物理行使が可能なんやな。」

それから、不適な笑みを浮かべて言った。
「なら話は早い。
こいつらを使えば全滅も夢やない!
肉体化出来ない、知性のない悪魔も成敗や!
丁度いい!軍人や!」

続けて、灰色作業員は考え込むように言った。
「問題は、こやつらをどう従えるかや
そうか、、
エレンや!
奴等は、エレンを守った。
無意識に軍人として主に従う忠誠心があるんかもしれんな。
問題は、小娘軍(公国軍)の方や!
奴等はわいらに協力しようとせん、、、」

博士が、言った。
「エレン、逃げおったで」

「はぁ!?」
灰色作業員は、憤怒した声をあげた。

その時である!!

エレンを襲った悪魔が、”軍人”に倒され、消滅した。

その影響で風圧が生じ、一体にあるガラス全てが一斉に粉砕した。

エネルギーを吸収するように設計されたガラスは、ものすごい威力の風圧から、建物と人間達を守ったのだ。

大佐は、全て、その内容を補佐に書き取らせていた。

その時、
仲間の兵がやって来て、彼に報告した。

「エレン様、、、いえ、エレンですが、隔たりの川と、地下道が交差する箇所へと向かうようです。
理由は不明です。」

「川は地上からは存在を認知出来ない。
いかにしてそれを行うのか?」

リー大佐が尋ねると、兵は言った。

「詳細は聞くことが出来ませんでした。
しかし、ドラゴンに頼らずとも、科学力でそれを可能にするとのこと。」

その内容も書き取らせてから、大佐は端末で送信した。

2通目の通知である。

超高速に入った運び屋に乗っていたら、届かないだろう。

大佐は、不安げに端末を見つめた。

目覚めたばかりの培養人間達は、”公国軍”と”異国軍”に別れ、互いの敵対心を無意識下に秘め、戦いを始めた。

灰色作業員は、その様子を目に、鼻で笑って言った。
「人間いうんは滑稽やな。
同じ種どうしで殺し合うんやからな。」

それから、作業服につけられたピンマイクに向けて声を張り上げ、偽りを吹き込んだ。

「エレン様が悪魔に連れ去られたぞー!!
お守りするんやー!!
奴等は森におる!!!」

マイクの音を拾ったナイト照明は振動し、作業員の声を辺り一面に拡張した。

"異国軍"は、それを聞き、敷地の外の森へと走っていく。

"公国軍"も、敵を追っていった。

あっさりと従う様子に、灰色作業員はニヤニヤしながら言った。
「生まれたての単純思考は操りやすいなぁ。」

そして、”軍人”達はみな出ていき、敷地内は閑散とした。
粉砕したショーケースの瓦礫だけが、静かに惨状を物語っていた。

作業員の鼻声が響き渡る。
「エレンも小娘もその仲間も探しだしぃ!
奴等は、悪魔に味方した悪人や!
皆殺しや!」

大佐は、静かに手をあげた。
従軍らは戦闘体制を整える。

次の瞬間!
点検口がけちやぶられた。

「なんやなんや?」
中にいる作業員は事態に気づき騒然とする。

そこへ、本物の公国軍が襲撃を始めた。

「そっちがその気なら、高く買っちゃるわい!」
1体の掛け声で、肌色作業員達が鈍器を手に迎撃を開始した。

悪魔の襲撃で逃げたとはいえ、まだかなりの個体数残っていた。

切りつけても切りつけても次から次へと押し寄せてくる。
訓練された軍人と言えども、少人数での戦いには苦慮せざるを得なかった。

その時である!
ハスキーな声が響き渡った。

「不毛な戦いは止めぃ!!」

駅員である。
彼は、渡り廊下の外から、拡張器を手に、中の者達を睨んでいた。

しかし駅員の言葉は、心に届かぬ様子で、作業員達は軍人を攻撃する手を止めなかった。

駅員は、尚も声を張り上げて言った。
「何してくれてるん?
お前達のおかげで、世は崩壊の道を歩み始めたぞ!!」

そこでようやく作業員達の耳に言葉が入ったようだ。

「一時休戦や!」

作業員が掛け声をあげると、
大佐の制止で、人間達も攻撃をやめた。

駅員は、ガラス扉から廊下内に入ると、肌色作業員の群れを掻き分けて、
灰色作業員の前に立った。
それから、言う。
「奴等(生まれたての”軍人”)を止めなければ、、、!!

悪魔は、人間の幻覚や。
しかしその幻覚は、単なる幻覚やない。
意識を持つ。
幻覚でしかない偶像に、意識を留まらせるには多大なエネルギーが必要なんや!
言い換えれば、奴等は莫大なエネルギーを凝縮した爆弾なんや!
つまり、それが肉体に閉じ込められるわけでもなく、虐殺され大量に崩壊されていけば、大地が崩壊する。」

灰色作業員は、言った。
「知性のない悪魔のエネルギーなんぞ、たかが知れてるわい!」

駅員は、緊迫した声で言った。
「分からんか?
塵も積もれば……や!
今ならまだ間に合う!
誕生したばかりの奴等が、知恵をつける前に手を打たねばならん!」

灰色作業員は、大佐を見て、彼もそれを見た。
「一時共闘するか?
その気がないなら、まずお前らを片付けるぞ!」

大佐は眉を潜めて言った。
「共闘しよう」




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