6章 魔法遺伝子


赤子とジュリエッタ


教会では、神父が赤子を抱いていた。
彼は、不憫な目をその子に向けた。

帝国軍に連行されてしまった修道女。
彼女が唯一の母親代わりであったのだというのに、、、。

その時であった。

再び、帝国軍がやって来た。

修道女の処遇が遂に知らされるのか、、、!

神父の顔は引き締まる。

しかし、どこにも彼女の姿は見当たらない。

募る不安を押し隠しながら、神父は頭を垂れた。

彼の元にやって来た軍人は、
こう言いつけた。
「お妃様がご公務の為にいらっしゃる。
その間、皇女ジュリエッタ様の世話役を命じる!
くれぐれも、丁重に扱うのだぞ!」

意外な命に顔をあげる。

そこには、護衛に抱かれた2歳くらいの女の子がいた。

「こ、この方、、、ですか?」
神父は、驚きを隠せない様子で、ジュリエッタを見つめた。

彼女も、この腕の中の赤子と同じ、
悪魔に襲われそうになる瞬間に、泣いて自己を守った幼子。

勿論、神父はそこに居合わせていなかったので、そんなことなど知らない。

彼が驚いたのは、ジュリエッタの見た目だった、、、。

ご公務

后は今、の最中にいた。

彼女は従軍を率いて、民家の戸を手当たり次第にけち破っていた。

「皇族以外に、魔法遺伝子を持つ輩がいるとのこと、、、
申し出なさい!!」
家主に恫喝する后。

「魔法遺伝子ですか、、、?
聞いたことがございません」

恐れおののきながら言う家主に、后は容赦なく捲し立てた。

「知らぬと!?
皇族の魔力を信じていないというのか?!」

「皇族の方が魔法を扱うことが出来ることは勿論、存じております!
しかし、魔法遺伝子の存在は初めて知りました!」
家主が弁明する。

「、、、隠し通しても無駄だ!
血液検査により、分かるのだぞ!!」
后は脅しにかかる。

「本当に本当に、知らないのです!!」
家主がすがり付くように言った。

しかし、血液検査は生きた人間でなくても出来る。
次の瞬間には、床が血に染まった。

検体(血液)が採取、調合される。

「魔法遺伝子と魔法遺伝子が混じり合えば、青色に染まる」
后は、そう言って結果を見守った。

しかし、いくら撹拌せど、色は変わらなかった。

后は焦りと苛立ちを露にして叫んだ。
「こいつでもない!
ギャラクシアからの光はこの島に確実に届いていたのよ!
ここに、魔法遺伝子をもつ不届き者がいるに違いないわ!
手当たり次第に探しなさい!」

双子の記憶 

教会のベビーベッドに眠るジュリエッタ。

その横には、神父が預かった赤子もいた。

神父は今、すやすやと眠る2人の幼子を前に、頭を抱えていた。
何やら不穏な影が忍び寄っていることは確かだ。
そう思った彼は、いっそのこと、赤子を逃がしてしまおうかとも考えたが、危険な賭けであると、すぐに思い直した。

もはや、彼は、運命を、帝国軍に委ねるしかない状況にあった。
振り子時計の音だけが響き渡る、、、。

どれほど経ったことだろうか。

この講堂に、振り子時計以外の音がやって来るときが来た。
複数の足音である。

神父はハッとして、体を緊張させた。
この足音は、帝国軍のものに違いない。

そんな彼の予想は的中した。

姿を現したのは帝国軍。
彼らを率いているのはフランチェスカである。
神父にとっては、修道女を連れ去った怪しい人物。

フランチェスカは、神父と対峙した。
その後ろには、彼女の従軍と、旅人3人(エリカ、マリア、船長)がいる。

そして、捕らわれた修道女も、、、

「修道女様は、大変な過ちを犯しました故。」
フランチェスカは、
神父と修道女を交互に見ながら言う。

それから、一息つくと顔つきを変えて言った。
「しかしその過ちについては後程ご説明します。
、、、
狂笑病のワクチンが手に入りました。
その増産に、この赤子の血が必要なのです。」

「その前に聞いておきたいのですが、公国側の人間がなぜ、帝国海軍を率いているのです?」
神父は、疑いの目でフランチェスカを見つめた。

「利害の一致です。
内陸の帝国で、海軍は軽視され、后様にヘイトが集まっていたのです。
そして、私は大海原に出向く為に海軍が必要。」

神父の硬い表情は、更に険しくなる。

彼は問い詰めた。
「つまり、、、謀反ですか!?」

それには答えず、フランチェスカは言った。
「、、、
后様の行いを見れば、あなたは私達に味方すると思います。」

神父は顔色を変えた。
后が暴徒を、この村で働いていることには薄々気づいていたのだ。

彼は、苦い顔で通す。
フランチェスカと助手2人は、ベビーベッドの前に立った。

「ジュ、ジュリエッタ様?!」
思わず、エリカは口にしていた。

赤子の隣には、皇女ジュリエッタがいた。

全員が、その異色のコラボに目を囚われた。

眠っていた2人は、いつの間にやら起きていた。

赤子は、座ったまま、ジュリエッタを興味深そうに見つめている。

そして、気を引こうとしているかのように、ニコニコと笑いかけた。

ジュリエッタも、笑っているように見える。

それから、ハイハイが出来るようになった赤子は、彼女の元に向かう。

赤子と2才の女の子の触れあい。
珍しくないはずだが、、、、
ジュリエッタの場合は、、、珍しい。

しかしなぜか、それを見ると、エリカは心が温かくなった。

「可愛い、、、」
心の声が漏れでていた。

幼い子どものあどけない笑顔は、本当に、可愛らしい。

ふと隣のマリアを見ると、心なしか、彼女の口許は緩くなっていた。

赤子は、ジュリエッタをぎゅっと抱き締める。

その時であった。

突如、煙が上がった。
どこから来た煙だろう。

その場を戦慄が走る。

その煙はどこか普通ではなかった。
目に染みたりせず、呼吸器を刺激しないのだ。

煙の中から、2人の人間の影が見えた。

何者だろうか、、、

得体の知れぬ者達の出現に、皆、顔を強ばらせる。

その謎の人影の部分だけ、煙が少しずつ晴れていた。
そして遂に、その影が正体を現した。

それは、2人の男の子だった。

エリカにとっては見たこともない子達であった。
他の者達も、恐らく知らないだろう。
皆、突然の現象に戸惑うばかりで、
2人の顔に驚く様子を見せる者はいなかった。

その男の子達は、普通の人間ではなかった。
体が半透明なのだ。

2人は、顔は違うが体型はそっくりで、どこかしら似ている雰囲気を持つ。
兄弟であるのだろうか。

二人は意気揚々と会話していた。
声が小さくて、内容が聞き取れない。

彼らは、エリカ達には目もくれず、自分たちの世界に入り込んでいる。
まるで、こちらが見えないかのように、、、

いや、実際、見えていないのだろう。

皆、悟った。
これは、この不思議な煙が作り出す立体映像なのだと。
恐らく、過去の記録、、、。

皆が、この現象を理解し始めた時、2人の声は次第に大きくなっていき、遂に会話がはっきりと聞き取れるほどになった。

「すごいや!
あそこは、きっと魔界だよ!行ってみようよ。」
2人の内、1人が意気揚々と話している。

「それは危険だからだめだ。
魔界は、1度入ると二度と出てこれないからな。
どこにあるかは、2人だけの秘密だぞ。」
もう1人が声を潜めて言った。

更に会話は続く。

「でも不思議だな。
普通では分からない、神秘的な場所を兄さんは見つけた。」

「それは、僕が魔法遺伝子を内に秘めているからだ。
魔界の扉が遺伝子レベルで刷り込まれているって”父さん”が言ってた。」

「僕にもその遺伝子が含まれていたらなぁ。
僕達双子とはいえ、二卵性だからな。」

「気にするな。
僕は魔法を君だけのために使うよ。」

エリカは会話を聞きながら、考えていた。

”  この双子の兄の方は、魔法遺伝子を持ち、弟は持たない。
つまり、兄は魔族の始まり?

でなければ、双子でありながら、片方だけが魔族の血を受け継ぐなどということは起こり得ない、、、。  ”

いつしか少年達の会話は終わり、彼らは煙に包まれて消えた。
それと同時に、2人の成人男性が現れる。
まるで、変身魔法かのようだ。

実際は、少年達は、成長により姿を変えていた。
つまり、その2人の男性は、双子達が大人になった姿であったのだ。

説明がないのに、誰もがそれを悟ることが出来た。
それはこの謎のモヤの成せる不思議な力なのだろうか、、、。

どこからともなく、美しい天使の声がする。

それは、2人の内、片方に語りかけていた。
「本当に、困っている人々を救いたいという願いなのならば、魔力を授けましょう。
そして、これは契約です。
代償を払わなければなりません。

私たち妖精は、人間の幸せをエネルギー源としています。

ですが、魔法に関することに関しては、エネルギー源が入れ替わってしまいます。

つまり、苦しみを代償にしてもらいます。

それでも構いませんか?」

この言葉は、魔法遺伝子を持つ、兄に対してのものだった。

兄が頷く。

しかし、弟の顔は、モヤに隠れて見えない。

天使の声は話し出した。
「代償として、二卵性双生児の弟と生き別れしてもらいます。

お互いの記憶や分かち合った秘密もなくなります。

その代わり、2人が、あるいはその子孫が肌を触れた時、兄弟であった記憶を取り戻すでしょう。」

それからモヤは晴れ、妖精も男性も消えた。
映像が終わったようだ。

魔族の元祖は、二卵性双生児の弟がいたのであった。

つまり、魔法遺伝子の注入された受精卵が、代理母の子宮に入れられた時、
既にもう1つの受精卵が存在していたということだ。

兄は、初代皇帝として魔力を授かった際に、
代償として、遺伝子レベルの記憶でさえも、弟と共有した秘密として、先祖代々消されてしまったのである。

子にとって誰よりも偉大な母からの子守唄は除いて、、、。

何百年ぶりに再会した、双子血族。

兄が、弟を裏切ったのか、本当に人々の為の魔法だったのか、この記憶の断片からは誰も何も知る由もなかった。

しかし、ジュリエッタの心にはツインの兄が、赤子には弟が、一瞬だけ宿り、抱擁しあったように見えた。

そして、永遠に消え去った。

エリカが、静かに言った。
「この赤子が悪魔をはねのけた理由は多分、、、
双子の弟の子孫だからなのかもしれません。
魔法遺伝子を持つ双子の兄の魔力から、自身を守り続けた生命力が、受けつがれていたのですね。」


皇族の正体


皆が双子の記憶を理解し、余韻に浸っていたその時であった!!!

大勢の人間が迫ってくる気配と共に、狂喜に満ちた声が響き渡った。

「今の映像を見たわよ!!」

狂喜はフランチェスカの代名詞だが、今のは彼女の声ではない。

それは、配下を従えた后であった。

彼女の登場は、そこまで驚くことではなかった。
ジュリエッタがいるということは、皇族の誰かが来ているということだ。

しかし、エリカは驚いていた。
いや、驚いたというより、瞬時に危惧した。
赤子の身に迫る恐怖を、、、

后は、魔法遺伝子を持つ人間=赤子を遂に探し当てたと思っているのだろう。

エリカは、后のこれまでの行動を振り返り、彼女がしようとしていることを悟った。
皇族の他に、魔法遺伝子を持つ人間がいることを知っていて、
それを排除しようとしているのだ。

エリカは訴えかけるように言った。
「今の映像を見ていましたか?
この子は、魔法遺伝子を持っていない!!
双子は双子でも、二卵性だったのですよ?」

しかし無慈悲な后は、話をするつもりはないようだ。
彼女が攻撃の合図を出そうとしたその時!!

「待て!!!」
鋭い恫喝がとんだ。

それは、何と后側の人間の声であった。
聞き覚えのある声だ。

その者は、配下の中から顔を出した。

「やはり、署長ですね。」
フランチェスカはにやりと笑って言った。

そう彼は、研究長フランチェスカの上司、公国の人間だ。

同盟(混み入った事情で※1話参照)を組んでいるものの、友好関係にはない帝国側にいるのはおかしな話だ。

「分かるだろう?
この赤子の力を!!
悪魔さえもはね除けたんだ!」
署長はそう言うと、
信じられない、衝撃的な事実を話した。

「魔法遺伝子を、その赤子は持っている
持っていないのは、皇族の方だ!
皇族は、魔力に耐えうる遺伝子を受け継いだだけだ。
だから悪魔との契約で、魔法の力を手に入れることが出来る。
普通の人間ならば、魔力に体を蝕まれてしまうからな。

勿論、魔物はそんなことは知る必要もなく、魔法を扱う。
奴等は、魔法遺伝子の存在は知っているが、只知っているだけだ。
誰が持とうが、そんなことはどうでも良い。
奴等は、魔法物理学とやらを利用しない、本物の魔法を扱うのだからな。」

一瞬、場に沈黙が訪れた。

つまり、
双子の弟の子孫が皇族であり、
兄の魔力に耐え抜いた特別な遺伝子を引き継いだだけで、魔族ではないというのだ。
彼らが使う魔法は、魔物から授かったものだったのだ。

そこまで理解して、エリカはふと、疑問がわいた。
それを言葉にする。
「しかし、魔力が与えられたとしても、それを思い通りに扱うには、
魔法物理学を理解しなけれなりません。
魔法遺伝子を持つ者だけが、その学問を理解出来るのではないですか?」

署長は、もどかしげに言った。
「皇族が与えられたのは、魔力でなく、魔法だ。
魔法物理学により扱う魔法は、科学の延長線上でしかない、疑似魔法だ。
一方、、、魔法を与えられた人間は、魔物と同じように、、、難しい計算をすることなくそれを自在に扱うことが出来る。
本物の魔法なのだ!」

そして、、、
その後の言葉は、恐ろしいものだった。

「しかし、生身の体で手に入れられる魔法には限りがある。
そこで、魔法遺伝子を持ち、更には魔物と契約して魔力を授かれば、、、とんでもなく精巧な技術が手に入るかもしれない、、、。」

上品な笑い声が響き渡った。
フランチェスカである。

彼女は一頻り笑い終えると、言った。
「なぜ、敵の私達にベラベラと話してくれるのです?」

「勿論、君を仲間に迎え入れたいからだ。
君は、探求の為ならば、無慈悲になれるだろう?」

フランチェスカは単刀直入に言った。
「無理です!
私は、あなたを信用しません。」

唖然とする署長、、、

フランチェスカは、妙に優しげな口調で語りかけた。
「しかし、私もお返しに話してあげます。
たった今、この魔法遺伝子を有する赤子は、遺伝子レベルで魔界の入口を思い出しました、、、
しかし、小さな赤子ですよ。
それをどう私達に伝えるのです?
方法は1つ。
単細胞生物に、その遺伝子を注入すればいいのですよ。
しかし、只の単細胞生物ではだめです。
強い魔力に耐えうるものでなくてはなりません。
狂笑病の菌です、、、
しかも、無毒化したものでなければ、扱うのは非常に危険。」

「ど、どこにそれはある!?
狂笑病とは一体何なんだ?」
署長は興奮気味に問う。

フランチェスカはくすりと笑って言った。
「あなた達も、早くワクチンを接種しないと、危ないですよ。」

フランチェスカの悠長な様子を見て、署長は暫く葛藤しる様子を見せるも、見切りをつけたようだ。

「ならば、、、
強行手段に出るしかあるまい。」
そう呟くと、后に合図する署長。
もはや、后より上の立場にいるようだ。

「生け捕りにしなさい!」
后は配下に命じた。

「銃撃だけはするなよ!」
署長が彼女に続いて叫んだ。

それを皮切りに、容赦ない剣の束が迫ってくる。

戦闘は激しい火花と共に開始を告げた。

フランチェスカ率いる海軍、后率いる陸軍。
帝国の者同士だとはいえ、味方と敵の区別はついていた。

海軍側は人数的に劣り、陸軍側は生け捕りにする為に急所を付けない。

両者とも互いに弱点があり、拮抗し合う。

フランチェスカ側では、
マリアは指揮官に回り、残された者達は、ピアノ周辺を取り囲み、護身と護衛に徹することとなった。

ピアノ周辺の全員に銃が配られる。
勿論、修道女にも、神父にも、、、

フランチェスカは剣でかかってきた者を容赦なく撃ち抜いていき、船長は血気盛んに闘い、護身の範囲を越えていた。

しかし、敵は急所は外すも、四肢などは玄人の技術で、問答無用で狙うので、余裕がない。

エリカはその中で、、、そこそこやり合っていた。

ふと、横笛の存在を思い出す。
隙を見て取り出す。
、、、が直ぐに無理だと気がつく。
この人数と感じる強い私利私欲。
そんなに、調教は単純ではない。

その時、振りかかってきた剣、、、
気づいて避けるも、、横笛がおちて転がってしまった。

辛うじて護身するも、危うい状況。

その時、迫る危険が目に入る、、、!

窮地に立たされたのはエリカではなかった。
マリアである。

剣が彼女の死角から迫っていたのだ。
人間は、局面に立たされた時、意識だけが時間からつま弾きにされてしまう生き物なのだろう。
それはやけに、スローモーションに見えた。
マリアが明らかに避けられる角度にないことは素人でもわかる。

その剣が吹き飛ばされた時、時間が意識を取り戻す。
マリアの窮地を救ったのは、何とエリカだった、、、

エリカの手から剣が投げられていたのだ
奇跡的に敵の剣に命中、、、。

「え!!」
自分で自分の行いに感嘆していると、
「ありがとうございます」
と言ったマリア。

続いて、彼女が何かを押し付けるように手渡した。
それは、おちてしまったはずの横笛。
マリアが拾ってくれたのだ。
笛が、優秀な彼女を窮地に立たせてしまったのかもしれない。

申し訳なく思いながら受けとると、「調教を!」とマリアが叫ぶ。

「と思ったんですが、
この人数だと、逆に事態が悪化してしまうこともあります!」
エリカが、正面に発砲しながら叫んだ。

その時、隣で修道女が声を荒げた。
「女神!、、、祈ること!、、、!楽曲です!」

何が言いたいのか良く分からない。
素人が軍人と戦っているのだ。
まともな会話が交わせるはずもない。

「女神に祈りを捧げる楽曲?」
エリカはそう呟いた。

楽曲。
ここは教会。。。

その2つを結びつけるものは、、、ピアノだ!
教会にある楽器は、ピアノしかない!

エリカはピアノを見た。
譜面台には楽曲が開かれている。

視線を戻すと修道女と目が合った。

考えは通じ合ったようだ。

神が存在するのか、存在したとして、祈りは聞き入れてもらえるのか、それは分からない。

しかし、魔法や魔物だって実在したのだ。

ここは1つ、信じてみよう!

エリカはそう思い、ピアノへ向かうと、その椅子に座った。

譜面を見る。

この程度ならば、初見でも、いける!

鍵盤に指を乗せる。

匆匆たる惨劇を背景に、ピアノの演奏が始まった。

唐突に響き渡るピアノの音、、、

敵も味方も注意を向ける様子を見せるも、互いに隙を見せない。

護身に余念が無かった修道女。

彼女は戦いを放棄すると両手を合わせて祈る。
「女神様。
どうか、我らをお救いください。」

本来の修道女の仕事である。

その時であった。
轟音と共に、バラ窓が砕け散った。

それは一瞬のことであり、事態を把握する前に、鋭い破片が飛び散った。

一歩遅れて、頭を覆う人間達、、、

一際大きく鋭い3枚の破片が、不自然に飛んでいき刺さった。
刺さったのは、3人の人間の心臓。

后と署長、、、そして修道女。

苦悶の顔で倒れる。

皆がそれに気づいた時、戦場は冷戦状態に変わる。

エリカは、側で倒れる修道女を見て震え上がった。
肉体的苦痛に歪む、その表情が恐ろしかったのだ。

肉体的苦痛だけは、避けたい。
心など、激痛の前には何の効果も示さないのだ。

気づくとエリカは、修道女の頭を撃ち抜いていた。

その場に銃声が響き渡る。

皆がエリカに注目する中、恐怖を断ち切るように、后と署長の元に駆け寄り、彼らも撃った。

そして遂に、3人は絶命した。

彼らは、苦悶の表情を残したまま、動かなくなっていた。
エリカは、その顔が恐ろしくて、
署長、后、修道女と、順々に、
手で瞼を下ろし、口を閉じていく。

いつもどんな時でも、肉体的苦痛に対し、エリカは誰よりも恐怖を示していた。
そして今もまさに、、、

しかし、穏やかな表情になる死に顔を見て、
エリカの恐怖は薄れ、落ち着きを取り戻していた。

それから、ピアノの元に戻ると、エリカは力なく笑った。
「遂に、手を汚してしまいました。
この旅で、自分だけ潔白でいようなんて、出来るはずもありませんよね。」

「受け入れてくださり、ありがとうございます。」
そう言ったのはマリアだった。
見ると彼女は敬礼していた。

エリカも思わず敬礼で返した。
たった短い一言だが、洗練された身のこなしには、言葉以上の何かを感じたのだ。

~~~

その後、事態は速やかに終息していく。
「帝国陸軍!
ここで身を引かないならば、容赦しませんよ。」
フランチェスカの言葉で、
先導者を失った軍は、間もなく確保された。

一方で、マリアとエリカは、修道女の研究結果を元に、抗体の増幅を試みていた。
エリカは、長時間煮沸の間の待機時間にぽつりと呟いた。
「先ほどの窓の破片は、
悪人の3人、、、と言う言葉が適切かは分かりませんが、不穏な考えを持つ、もしくは持っていた者を意図的に狙ったように思えます。
女神、、、?が救ったのでしょうか。
、、、もしくは、制裁を加えたのでしょうか。」

「女神とは?魔物の一種ですか?」
更に疑問を投げかけ、徐に、魔物と魔法の大百科を懐から取り出し調べだす。

そんなエリカを遮るかのように、マリアが言った。
「魔物は人間同士の争いに介入出来ないのです。」

「では女神とは?」
エリカがそう問うた時、マリアは初めて自分の考えを口にした。

「存在が不透明なもの。
それを信じて、民の為に祈る。
誰でも祈りを届けることが出来るわけではない。
だから修道女様がいるのではないですか?」

その言葉は、エリカの胸にずしりと突き刺さった。
エリカは、マリアを見つめるだけで、何も言えずにいた。



目次(プロローグ)にとぶ⬇️


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?