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オーバードライブ! 第1話:創作大賞2023

あらすじ

自らの性衝動を抑えるのが苦手な小学4年生のジュン。帰宅すると自室ですぐに、ひたすら自慰行為にふける。
ある日、ジュンはティッシュを切らす。我慢できず、鉛筆で円を何度も画用紙に描きつけた。するとその塊が飛び出て部屋の天井を丸々破壊してしまう。
その夜、夢にロバ顔の中年、ロバートが現れ、ジュンの能力に強い興味を示す。
ロバートはジュンを連れ、共に天界に向かう。
到着後、ロバートは個室でジュンを待たせるが、ジュンは忠告を破りドアを開けてしまう。
その後、「訓練」をするためにホールへ。合格条件はただ一つ。「大巨漢の女教官、ジュンマの背中をすぐそばの壁につけること」。苦悩と屈辱の中、ジュンはあるヒントを掴む。(298文字)

補足

構造としては、天界VS魔界。どちらも「回収人」と呼ばれる使者が人間界に降り5人ずつ選出し、回収人と人間を1ペアとした5対5の生き残り戦が始まる。行動の発端は人間界での醜い争いが未だに続いていること。それを天界は良しとせず、魔界はそうであって然るべきとする。絶対神は、この際、人間を巻き込んで決着をつけさせ、争い自体が善であるか悪であるかを身をもって人間に証明させることとしたのであった。天界サイドはリビドー(性衝動)の強い者を、魔界サイドはデストルドー(希死念慮)の強い者を選出した。魔界サイドは皆死ぬ寸前をスカウトされた者たち。

天界サイド:
①🟧高木純:小4。感覚が暴走すると手がつけられない。一方で傷つきやすく繊細な面もある。
能力は、「ドライブ(衝動)」。紙面、地面や空調に描いたものを「カタチ」として具現化する能力。
最初は衝動のみで突き進もうとするが訓練の結果、「カタチ」を妖精型にし対話をすることで高いコントロール能力を手にした。
🟧ロバート:純の回収人。陽気で楽天的な性格だが、天上人としての能力は非常に高い。
専門は危険予知。自分の近くにいるものの波力を探知し、純の半径10キロ以内に近づく者の大まかな情報を読み取れる。

②🟩村田四郎:小柄で太い黒縁眼鏡をかけた玉ねぎ頭の男性。多くは語らないが、本体の中には激しい欲望が複雑に絡み合っている。直接的な関わりを嫌い遠方からの観察を望む。陰気で無愛想。
能力は「ロンリー・ノット(執着)」。輪ゴムを凧糸のような物で結んだ精神エネルギーの塊を出すことができ、輪ゴムで巻き付かれた人の考えていることや発言、位置情報などが全て糸越しに伝わってくる。
執着の強さがエネルギー。逆に対象に興味がなくなると糸はすぐに切れてしまう。
近距離なら対象を巻き付けたり締め付けることが可能。時間があればネット状に組んで壁のようにすることもできる。
🟩ボンド:村田の回収人。肌が常に青白く、対照的に服装は全身真っ黒。長い黒髪をワックスで上げている。礼儀を重んじ、その場にあった適切な振る舞いができる。
専門は調合術。毒薬、回復薬、爆薬などを大きなコートの内ポケットから素早く取り出し、調合する。混合物はロンリー・ノット経由で村田へと手渡す。機動性の高い村田の能力と非常に相性がいい。

③🟪菊田佳乃:年齢不詳。大学のミスコンで受賞後、「面倒である」という理由でモデルの道を断ち、化粧品メーカーのOLとして働く。
自らの思いや思考を読み取られたり干渉されるのを嫌い、毎日違う香水をつけている。人を振り回すのが好きで、自らの色で対象を自分色に染めた後、急に姿を消す。
能力は「エルメス(魅了)」。自分の飲んだ液体を自在に体から気体として放出することができる。媚薬や麻酔薬、液化石油ガスなど、直接手を下すことなく手中に誘導する手法が得意。
🟪シュガー:菊田の回収人。姿は可愛らしい幼女だが、年齢は人間でいう500歳。そのため老化現象が起きており、舌ったらずな部分やのんびりとした様子が見られるが、見た目により幼稚さによるものとして捉えられることが多い。
そんな鈍臭さを菊田は馬鹿にしているが、シュガーは拗ねる一方で菊田のことを慕っており、どうにか役に立とうとする。
専門は空間包囲。一度陣形を作りあげれば立体的な包囲空間を作ることができる。空間は1cm四方から数メートル四方までさまざまである。一度完成すれば一方的に菊田に有利にことが進むが、シュガーのペースでは敵に即座に阻害され、中々完成にまで漕ぎ着けられない。髪は紫のパステルカラーでふわふわしている。毛量がすごくかたつむりのようになっている。
④⑤非公開

魔界サイド:非公開

「何があっても死の衝動に飲み込まれてはいけない」「争いは憎しみを生むだけ」「どんな馬鹿なことでもいいからエネルギーを捧げられるものを持とう」というのがこの物語のメッセージ。


第1話

「純ちゃん、また女の子のトイレ入ろうとしたでしょ!」
「はい、すみません…」
「全く何度言ったら分かるの!」

 中村先生は、俺が行ってる小学四年の担任の先生だ。とてもかわいい。でも追い回しちゃいけないって言われた。この教室に入って一番最初に叱られたことだ。
 俺、かわいい子見ると頭ん中がその子でいっぱいになるんだ。最初は小さい点から始まって、それが丸になって、あっという間に膨れ上がって頭が爆発するんだ。
「純ちゃんがそういうことして、リカちゃんが学校来れなくなっちゃったらどうするの?」
 俺は、悪くない。さっきはリカちゃんが悲鳴あげてたから、声のする女子トイレに登って助けようとしただけなんだ。リカちゃんは、怪我してたんだ。血のついたハンカチ握りしめて、泣いてたもん。

「ねえ由紀ちゃん。あの子、本当に大丈夫なんだろうね。背が中々伸びないのも、そのせいなんじゃないかい。」
「私も心配で。でも、お医者さんは、無理にやめさせない方がいいって…」
 俺の部屋だけが、俺の居場所だ。これも、気持ちいいからやってるだけなんだ。夢中になってやってることがたまたまこれってだけなんだ。リカちゃんの写真見ながら触るだけで頭がぼわっとする気持ちよさになるんだ。
 前に教室でいじってたら、周りの女の子にキラわれた。中村先生にも怒られた。部屋でならいいってお母さんが言うから、ずっとしてる。
「ん…紙がない」
 家中を探したけど、いつもの黄色のがない。あのティッシュがないとできない。黄色の箱のじゃないとダメなんだ。
 お母さんは買い物に行っているし、お父さんは仕事。おばあちゃんは寝てる。
 イライラしてたまらなくなってきて、鉛筆で教科書にぐるぐる書きつけた。黒い重たいカタマリ。気付いたら紙をはみ出し、机いっぱいに広がる。かき回すスピードがどんどん早くなっていく。あ、なんかこれすごく気持ちいい。
「う、うおー!」
「なに? どした!」
 おばあちゃんが湯たんぽを抱えて、寝ぼけ眼で入ってきた。気付いたらぐるぐるは紙から飛び出てなくなっていた。
そして、部屋の天井もすっかり吹き飛ばされてなくなっていた。

「インセキが、飛んできた…」

 お母さんが帰ってきた後、初めて頬を叩かれた。お父さんは家から出て行った。おばあちゃんは放心状態だった。
クリスマスには新しいプラモ欲しかったけど、無理かもなあ。母さんは「そこから出てこないで!」と言った。押入れの中の物を全部上にかけたら寒さが少し和らいだ。寒いのに、悲しいのに、なぜか疲れの方が勝って眠りについた。 

「ボクチャン、昼間はすごかったねー」
気づいたら電気がついていて、俺の部屋の中に、知らない背の高い男の人がいた。部屋も元通りだ
「だ…誰…?」
「おじちゃんはねー」
「お、俺、知らない人と話しちゃいけないって言われてるから…」
 逃げようとしたけど、ドアがない。
「むりだよ。だってこれ、夢の中だもん。そんなことよりあの穴、ボクチャンが開けたんだろ?」
「俺、何にもしてない!したくなって、ティッシュがなくて、ぐるぐるを描いてたら、それが飛んでっただけ!」
「『ぐるぐる』ね…」
 その人は、おちゃらけた顔をしていたけど、少し真面目な顔になった。
「ボクチャン、今ここでもう一度『ぐるぐる』を描いてみてよ」
「いいけど…」
 もう一回紙にぐるぐるを描いてみたけれど、さっきみたいに力が入らない。線でできたうすーい円がふわふわっとゆっくり、ゆっくり回っている。

「ふーむ…」
 その人はじっと考えていた。ロバみたいな顔でミケンにしわを寄せて真剣に考えてるのがおかしくて、俺は腹を抱えてゲラゲラ笑った。すると、さっき描いたふわふわも、ゲラゲラ笑い出して大きく揺れた。俺が笑えば笑うほどふわふわの振動は大きくなった。
「がシャン!」
 机の上のライトスタンドが倒れて、その人に当たってしまった。

「ご、ごめん!俺、最近なんかおかしくて、ごめんなさい…」
 その人は黙ったままで、冷たい空気が流れた。叩かれるんじゃないかと思った。
 するとやっぱりその人は手をゆっくり俺の方に伸ばしてきた。
「やめて!」
 俺は腕をばってんに出して顔を守った。腕の隙間からちらっと覗いたら、その人は親指をぐっと突き出していた。
「ボクチャン、サイコーだよ!」
大きな前歯を見きだしてげらげら笑った後、いきなり俺の手を掴んできて
「ボクチャン、名前はなんてーの?」
 と言った。
「じゅん…たかぎじゅんです…」
 知らない人に名前を教えちゃいけないとお母さんにあれほど言われたのに、つい口に出してしまった。
「ジュンちゃーん!!おじさんね、ロバート!」
「ロバ…」
 ロバみたいな顔で生まれたからロバートって名前なのかなと思ったけど、生まれた時からこんな顔だったのかな。
「ロバみたいな顔してるから、ロバのおじちゃんって呼んでもいい?」
「そりゃもう、大歓迎よー!ロバでもウマシカでもナウシカでも勝手に呼んで〜ん」
「わかった!」
ロバのおじちゃんは、優しかった。俺が何言っても怒らないし、何言ってもずーっと笑っていた。ジェスチャーが激しくて、お笑いの人みたいで面白いと思った。

「ジュンちゃん、お絵描きの練習、もう一度やってみない?」 
「俺、絵上手くないけど、おじちゃんとだったらいいよ」
 俺がそう言ったら、ロバのおじちゃんはにんまりして目を見開いて顔を近づけてきた
「じゃあ、決まりだ」
おじちゃんは、右目をバチバチと何度もウインクした。僕の目もなぜかそれに操られ、両目が何度も瞬きする。
ん…?なんかくらくらする…
「うーん」
 バタッ
倒れ込んでしまった。
「…ゥンちゃん、…ュンちゃん、…ウュンちゃん…」
 目を覚ますと、そこは一面真っ白な広い部屋だった。
 「起きたかい。いい?ジュンちゃん。一回しか言わないからよく聞いて。これはすごく大事なこと。」
 俺が小さいころ、お母さんの大事な口紅で窓を真っ赤にした時に言われたのと同じセリフだった。
「今から大事なもの渡すから、ゼッタイに無くさないように」
 おじちゃんは、ポケットから何か取り出した。
 それは、大きめのクレヨンだった。
「ゼッタイに、誰かにあげたり、どこかに置いてきたりしないように。どうしてもどこにあるか分からなくなったときは、必ずおじちゃんに教えて、いいね?」
 俺は、ゆっくりうなずいた。
「じゃあこれは、今日からジュンちゃんのものだ」
 そう言って、おじちゃんはクレヨンを僕にくれた。

「じゃあ、なんでもいいから今描きたいものを描いてごらん」
「どこに?」
 「壁でも、窓でも、床でも、おじちゃんにでもいい。好きなところに描いてみてよ」
「そんなことしたら…」
「お母さんは今はいないから安心してよん。さ、ほら、はやくはやく」
 手を招くようにして僕をせかす。
「うーん」
 何を描こう。別に俺は絵が描きたいわけじゃなくて、手を動かすのが好きなだけで… まあ、丸でいいや。
 俺は、適当に丸を一周だけ描いた。クレヨンの芯は黒だった。
「うーん、ジュンちゃん。さっきみたいに気持ち込めて描いてみて」
「キモチったって…」
 さっき書いた丸の上に重ねて、ゆっくり丁寧に4周ぐらい描いた。またふわふわと浮いているだけ。
「うーん…」
 おじちゃんは、難しい顔をしていた。何がいけなかったんだろう。
「そうね…」
 早く、元に戻りたかった。なんかもう戻れないような気がして、怖かった。
「ねえ、もういいでしょ。俺、もう帰りたい」
「ジュンちゃん、ロバおじちゃんの目をよく見て」
「嫌だ。また変なことになるもん…」
「いいから、よく見て。ね?」
 俺の両手を握って、おじちゃんはすくんで優しく笑ったから、俺は、ついおじちゃんの方を見てしまった。

「いい子だ」

 おじちゃんの目の中に何かが見えて、ぐーっとその映像が俺の頭の中に入ってきた。
 リカちゃんだ。
 誰かと話してる。隣のクラスのツバサくんだ。 話しかけてみよ。
「リカちゃー…」
「…ね、リカね、怖くて… また、ジュンくんが後ろついてくるの…」
「だからあいつキモチワルイから見るなって言ってんじゃん 話しかけられても反応しちゃダメだって」
「やっぱりそうかな…」
 なんでこんなに遠いのに、話してる声だけこんなにはっきり聞こえるんだろう。
「リカちゃーん!!!!」
 大声でリカちゃんを呼んだ。でも聞こえている様子はない。
 「リカ…リーカーちゃーん!!!!」
 手のひらを握りしめて大声で呼んだ。
 細長い手がリカちゃんを優しく包み込んだ。 ツバサくん…ツバサくんだ…
「リカちゃーーーあああーん!!!!!!」
 走っていこうとしたけど、どれだけ走っても、前に進めなかった。
 それどころか、どんどん、リカちゃんが遠くなっていく。
 最後に二人の口がニヤリと上がったのを、俺は見逃さなかった。
バサッ
 俺は、弾き出された。今見た世界から弾き出された。リカちゃんとツバサくんがいた、あの世界から。

「だいじょぶ…?」
 おじちゃんが近づいてくる。
「くるなっ!」
 涙が溢れて止まらなかった。なんで… どうして…
 俺が、俺が、リカちゃんのこと、イチバン好きだったのに…
 どうして…
 どうして…
 どう……して……
 ぼろぼろぼろぼろ、なみだがとまらなかった
「どうしていつも俺だけが…」
 手に持ったクレヨンで、床を。がんがん叩きつけた
「どゔして…どうして!どうしてどうしてどうしてどうして!!」
 がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん
「どうして!どうして!どうしてだよ!」
がんがんがんがんがん
「どして…」
 がん
 急に力が抜けて、座り込んでしまった。
 もう、嫌だ。もう、何もかも嫌だ。
「ジュンちゃん…」
 おじちゃんが近づいてくる。
「こないで…」
 おじちゃんとなんて、もう二度と話したくない。全部、おじちゃんのせいだ。おじちゃんが来たからこんなことになったんだ。出会わなければよかった。ダマされてたんだ。全部、全部、嘘だったんだ。
「ゥンちゃん… ュンちゃん…」
まだ声が聞こえる。まだいたのかよ。
「見てよ… ジュンちゃん…」
おじちゃんが指差したのは、目の前にある、クレヨンの打ちつけた跡だった。クレヨンの跡の色が黒から変わり光を放って、その光が変形して、はっきりとした形になっていく。
赤い小さな塊と、緑の柔らかいぶよぶよと、白いパネル。
 よく見ると、打ちつけた時の強さによって分かれているようだった。
「これだよ、ジュンちゃん… ジュンちゃん!だからできると思ったんだよ!」
 おじちゃんは、「カタチ」から目を離さなかった。

「これ、何なの…?」
 カタチの中には光が動いていて、生きているようだ。
「ジュンちゃん、赤いのに手をかざして」
「だから、何なの…?」
「いいから」
 しぶしぶ手を赤いのに近づけると、手にぐっと重力がかかった。掴んではいないけど、掴んでいるような感覚。手を少し傾けると、カタチも少し傾く。
「よし 次は、それをこっちに投げてみて」
「これ、何なの?」
「いいから、早く!」
おじちゃんは、目をキラキラさせてそう言った。
 キャッチボールみたいに、カタチを投げようとしたけど、空回りするだけだった。
「違う、そうじゃない。あ、手から、手から突き飛ばすイメージで。集中、集中して、目をつぶって…」
 よく分からなかったけど、おじちゃんの言うとおりに目をつぶった。すると、さっきのイヤな映像が鮮明に目の裏に映された。
「いやだ!」
 その記憶を拒絶したくてたまらなくなって、俺は手をばっと押し出した。
 すると、手の力は抜けたけど、ものすごい音がして、目を開けた。
 すると、おじちゃんが壁に突き飛ばされていた。こんなに、こんなに、距離があるのに、おじちゃんが…
「おじちゃん!」
「大丈夫、大丈夫だから…」
 突き飛ばされたのに、ちょっと嬉しそうだった。息切れもしているし、右腕も押さえている。どういうことか、よく分からなかった。
「次は…、緑のにかざして…こっちに転がすようにして手を伸ばして…」
「それじゃあわかんないよ!」
 おじちゃんには、何かが見えてるみたいだった。でも、俺は今何が起きてるのか全く分からない。
「ヨーヨー… ヨーヨーみたいにさ、ヨーヨーをまっすぐゆっくり伸ばすみたいに。手の甲は、こっち向けて…」
 すごく、難しいチュウモンだった。
 「俺、できないよ!」
「いや、できる…!」
「いや、できないよ…」
「やってもいないのに…、やってもいないのに、そんなことを言うんじゃない。ほら…、まずはやってみなさい…」
俺は、手の甲をおじちゃんにを向けて、前にふわっと開いた。ゆっくり。ゆっくり。ゆっくり。
「そう…、そうだ…」
 緑のキラキラしたスライム状のカタチがゆっくりと細く伸びて、おじちゃんの方へ進んでいく。
 カタチは、おじちゃんに優しく巻きつき、魚を釣り上げた時みたいに、宙に浮かせてこっちへ引き寄せた。
 おじちゃんは、しばらく座り込んだまま、うつむいていた。
「う…」
「大丈夫…?」
 駆け寄ろうとしたら、急におじちゃんは立ち上がった。
「うーん、素晴らしーい!!!」
 おじちゃんは息切れもなくなり、抑えていた腕も大きく振り上げていた。いつもの声も戻ってきた。
「いやー、このエネルギー!これは『ホンモノ』だね。ここまで来れば、後はカンタン!その白いのを、手をグーにしたまま、おじちゃんとの間に置いてごらん」
 カタチを掴むのにはだいぶ慣れた。まず手を握って、新聞紙くらいの大きさの、白いパネル状のカタチに近づける。ゆっくり、おじちゃんとの間まで動かす。
「そう。そうすると、こうなる」
 おじちゃんは、ドアをノックするみたいにパネルのカタチを叩くと、もはや一枚の厚い壁のように硬くなっていた。 
「今度は、手を開いてごらん。パーだ、パー」
握っていた手をパッと離すと、新聞紙サイズが完全に一枚の仕切りにまで大きくなった 向こう側は完全に見えない。
「おー、そうそう 」
 何となくカタチの種類は分かったけど、これらは一体なんなんだろう。何のために?夢?現実?
 また不思議な気持ちが戻ってきた。
「あ、寂しいからそろそろ解除してね」
 またグーにしようと思ったけれど、本当にこのままおじちゃんとまた話していいのだろうか。まだ何も説明を受けていないじゃないか。
「おじちゃん…戻せないよ」
「ん? グーにした?」
「ちゃんと、説明してよ。何が起きてるのか分かってないのは、僕だけじゃないか」

ほんの少しだけの沈黙の後、おじちゃんは話し出した。
「リビドーって知ってるか?」
「りびどぅ…」
「ジュンちゃんはさ、大事なところ触るの好きだろ」
「見てたの…?」
 怖くなって、手のひらをピンと張った。
「あ、いや違う。そういうのじゃなくて、ああいうエッチな気持ちを『リビドー』って言うんだ。リカちゃんに対しても持ってただろ?ん?」
 リカちゃんの名前を出されて、僕はまたあの時のイヤな気持ちを思い出した。イライラするような、シクシクするような、何とも言えない、よくない気持ち。
「なんで…、あんなの見せたの?」
「ん?」
「さっきのリカちゃんのやつは、本当のことなの?なんであんな酷いもの見せたの!」
 おじちゃんの、何も悪いと思っていない、とぼけた態度がイヤだった。
「あー、あれは、本当のやつ」
「じゃあどうして!」
 全く理解できなかった。わざわざ傷つけようとして?カタチを出させたかったから?だとしたら何のために?
「ジュンちゃんは遅かれ早かれあのシーンに出くわすことになってたんだよ。それをボクが早めただけ」
「どうしてそんなこと…?」
「実は、『お仕事』を頼みたい。あ、現実世界の時間は止まってる… 戻りたくなったらいつでも元に戻れる…」
「でも俺、もう帰りたいよ… 早くお母さんやリカちゃんに会いたいよ…」
 「さっきのを見ても?」
 おじちゃんは、急に怖い顔になった
「でも…」
 怖い。でも、元の世界に戻るのも同じくらい怖い。あれを見てしまった後で、リカちゃんにどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。いや、もうリカちゃんの近くにいちゃいけないんだ。僕なんかがリカちゃんのこと考えたら、また怖がらせちゃうんだ。
「いいこと教えてあげよっか」
「え?」
 いいこと…?
「さっきのクレヨンをジュンちゃんの手で折れば、元に戻れる。ただ、ボクはジュンちゃんとは二度と会えなくなる」
「そんな…」
「いや、いいんだよ。やっぱり、子供は子供らしく生きるのが一番だ。むしろ、今折っておかないと、簡単には帰れない。そんなすぐ終わる仕事じゃないからね」
 帰りたいけど、帰ったらもうおじちゃんには会えなくなる。この力も使えなくなる。 そうなったら、俺には何が残る?また女の子から嫌われて、先生からも親からも怒られて、何が残る?
 おじちゃんは、俺のことをずっと褒めてくれた。優しくしてくれた。よくしてくれた。
 それに、戻ろうと思えばいつでも戻れるって、さっきおじちゃん言ってたじゃないか。嫌になったら、こっそり一人で折って、またみんなとやり直せばいいんだ。
「ジュンちゃん、どう? 決まった?」
「俺、行く。おじちゃんと、行く」
俺は手をパーにして、壁を解除した。
「よし、それでこそジュンちゃんだ!そうと決まったら…」
 おじちゃんは、俺の手を引っ張って、連れて行こうとした。

「でも」
「ん?」
「でも、今から少しだけ、時間がほしい。 最後に家に帰って、リカちゃんに謝りに行きたい…」
「あー…そうね…」
「……」
「ねえ、ジュンちゃん」
 張った壁のすぐ近くから、声が聞こえる。
「あの映像を見せたのは、確かにボクが悪かった ごめんよ 見せてなければこんなことにはならなかった」
「……」
「…でもね、ボクには、ジュンちゃんの力が今すぐに必要なんだよ。もうあまり時間がないんだ。ボクと一緒に、『白の世界』へ来てほしい」
「シロの世界…?」
「必要だ」と言われて、つい話を続けてしまった。
「ジュンちゃん達で言う『天国』。それが『白の世界』。そこに今、ジュンちゃん達で言う『魔界』、「黒の世界」から、ジュンちゃんたちみたいに人間界から連れてこられた五人の使い魔が来てる。白の世界に何かあったら、今度は人間界が危ない」
「ちょっと待ってよ。何の話?」
「その五人を追い返すために、ボクら『回収人』に、同じく人間界から五人を連れてくるように命令があった。そのデータリストにここのアドレスがあったから、会いに来たんだよ」
「じゃあ、俺の名前も知らずに来たってこと?」
「そう。一人目だったけど、会って確信した。ボクは、ジュンちゃんを連れていく」

 もう、戻れない。それに、おじちゃんだけは、僕を本当に必要としてくれている。 ずっとバカにされてきた俺が、必要とされている。それに、もし敵を倒すことが出来たら、リカちゃんは俺を見直してスキになってくれるかもしれない。そうだ。それだ。
 「俺、おじちゃんについていく。それで、人間界を、リカちゃんを、守る」
「絶対に、危険な目には遭わせない。任務とはいえ、ジュンちゃんが幸せになれるように、ボクは全力を尽くすよ。約束する」
 おじちゃんは、すっと手を差し出した。
その手を俺は手に取り、強く握ったクレヨンで、手のひらにニコちゃんマークを書いた。
 俺の手のひらにもマークを書いて、おじちゃんに見せた。
マークは白く強く眩しい輝きを放って、静かに肌の奥に染み込んでいった
「おじちゃんを、信じてる」
「ありがとう」
 そう言うと、おじちゃんは指で壁に丸い小さな縁を描いて、そこに手を入れた。
「ジュンちゃんのタイミングで、ボクの手の上にジュンちゃんの手を置いて。そしたら出発する」
 僕は迷わず手を置いた。
「本当に、ジュンちゃんはいい子だ」

 激しい光が、強く僕らを照らした。
 目を開けたら、そこは大きな扉の前だった。
「ジュンちゃん、おじちゃんちょっとお話ししてくるから、そこの部屋のソファで待ってて」
「分かった」
「おじちゃんが帰ってくるまで絶対にその部屋から出ないこと。それだけは守ってほしい」
「うん、俺、出ないよ」
「いい子だ。まあ、くつろいでよ。でも、絶対に外に出ないように」
「分かったようるさいな」
「まあそう言わないで。1時間もかからないから、安心してね」
 ロバのおじちゃんはそう言って、部屋から出ていった。特にやることがなかったので、テレビを付けた

「大変よ!ニンジャマン、秘伝の書が誰かに燃やされてるわ!」
「だけどここには、消化器も水もない! 一体どうしろというんだ!」
「ニサンカマンガン! ニサンカマンガン! ミンナヲマモル ニサンカマンガン! タイヨウカガクデス!」
「もう、ピーちゃんうるさい! あんたがずーっとテレビばっか見せてるからそうなるのよ!」
「いや待て、ニサンカ… そうだ! 二酸化炭素だ!」
「何するのニンジャマン! それ、師匠が大事にしてた壺じゃない! 怒られるわよ!」
「今はもうこれしか、手がないんだ!」
「ねえ、壺なんか被せてどうするのよ。火は燃えたままじゃない!」
「果たしてそうかな…」
「えっ…?」
「ほら、出てる煙がだんだん小さくなってきた」
「ホントだ!」
「物は、酸素があるから燃えるんだ 燃える時に出る二酸化炭素で空間がいっぱいになれば、自然に火は消える」
「もう、煙も出なくなってきたわよ!」
「開けてみよう… よかった ちょっと燃えてはしまったが、大事な部分はまだ頑張れば読める!」
「今日のポイントは、『二酸化炭素』! 今からみんなで勉強していきましょうね!」


 プチッ
「つまんないの」
 つまんないのは分かってるのに、ついお母さんの顔が浮かんで、ニンジャマンをつけてしまった。お母さんは、俺にニンジャマンしかヒーローものを見せてくれない。「コーキョーホーソー」がいいんだってさ。「勉強するのは大事なのよ」っていつも言うけど、俺は勉強が苦手だ。俺は今から、本当のヒーローになるんだから、勉強なんていらない。
「アニメとか映画とかも見れるのかな」
 チャンネルを変えようとすると、外から何か聞こえる。


「ジュンチャン、タスケテ… ジュンチャン…タスケテ…」
 電子音だ。でも、どうして俺の名前が?
「アタシ、リカヨ… ジュンチャンタスケテ…」
 リカちゃん? いや、でもこれは電子音だし、リカちゃんの声はもっと優しい。それに、リカちゃんなんてもう知るもんか。あんなひどいことを僕にしておいて、今更なんだってんだ。
「ジュンチャン、アタシ、マチガッテタワ。ツバサクンニアノアト、ナグラレタノ…」
「何?!」
「ダカラジュンチャン、オネガイ、コノトビラヲアケテ、アタシ、アヤマリタイノ」
「何をいまさら! ふざけるな!」
「オネガイ、ジュンチャン… ゴメンナサイ。アナタノスキナコトナラナンデモシテアゲルワ」
「?」
「ジツハイマリカ、ミズギナノ」
「はあ? なんで!」
 意味が分からなかった。なんでリカちゃんがこんなところで水着に?
「コワカッタラ、ノゾクダケデモイイワ。ジュン、ガンバッタノヨ…」
 何を頑張ったんだ! 何を…何を頑張ったんだ!
 僕は、どうしても我慢できなくなって、扉をガンと開けた。でもそこには誰もいなかった。
「なーんだ、いたずらかあ」
 扉を閉めて、氷をコップに足しに冷蔵庫へ向かった。
 すると、足を何かに引っ張られて、思い切り床に倒れてしまった。(9435文字)

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