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サラリーマンでも行ける‼3泊5日でヨーロッパ ロシアの旅①

「やはりだめですね。どこも飛行機とれませんよ」
 電話の先の旅行代理店の担当者が申し訳なさそうにいう。まあ期待はしていなかったが、仕方がない。予定通りロシアに行くことにしよう。
 ロシアという国はいろいろと面倒臭い。ビザが必要なのはもちろん、そのビザも全行程のホテルが確定しないと発行されない、滞在できる日数もロシアを発つ日までで1日の余裕もない。つまり一度ビザが発行されたらスケジュールの変更などは不可能だし、万一旅先でトラブルが発生するなどして出国日が変更になる場合には、ビザの延長などで非常に面倒な手間がかかる。その点を考えると、トラブルとなりそうな要素は事前に排除しておきたい。「トラベルの語源はトラブル。旅にトラブルはつきもの」など悟ったようなことは言っていられないのだ。

 にもかかわらず、出発直前になって厄介な事態が発生した。滞在する予定のモスクワはこの夏、史上稀に見る熱波に見舞われていた。そして、その暑さでモスクワの南にある炭田が自然発火し、煙が街に押し寄せていた。ネット上にはガスマスクをして赤の広場を歩く市民の写真がアップされている。 
 観光ができないならだけならまだいいが、煙で帰国のフライトに影響がでるのは絶対に避けたい。他の国ならばともかく、ロシアに関しては旅行を再考する条件が整ってしまった。
 そこで、今回ばかりは可能であれば行先を変更しようと、いくつかの国をあげて旅行代理店にチケットの確保を依頼していた。しかし、返ってきたのは冒頭のセリフだった。夏のハイシーズンとあっては仕方ない。

 何回目かのアエロフロートに乗り、何回目かのシェレメチェボ空港に降り立つ。いつもと違うのは、乗り継ぎではなく入国の案内に従って進むことだ。ロシアの入国には入国カードの記載が必要だ。カードは機内で配布されるのだが、受け取り損ねたり、書き損じたりした人のために、入国審査の手前にカードと記入台が置いてある。私たちは機内で記入を済ませていたので、そのまま入国審査の列に並ぼうとすると、記入台のところに立っていた中年女性が何やら私に話しかけてくる。言葉は全くわからないが、どうも「カードを代わりに書いて欲しい」と言っているようだ。
 「カードにはまず名前を書く」ということは彼女も認識しているようで、自分の名前らしきものをしきりに連呼する。しかし、外国人の名前を聞いてそれを正確に文字にするなど無理な話だ。そのうち相手もそれに気づいたようで、自分の名前のスペルを口にし始めた。しかし、エー・ビー・シーと英語で言ってくれればまだしも、そうではないので全く埒が明かない。どうやらこの人、一言も英語が話せないようだ。
 私は自分のパスポートの顔写真のページを開き、身振り手振りで「あなたのパスポートを私に見せてくれ」と伝える。これは通じたようで、相手はパスポートを渡してくる。彼女はドイツ人だった。
 名前、生年月日、パスポート発行日はこれでわかるし、パスポートにはロシアのビザが貼ってあるのでビザ有効期間などもわかる。しかし「職業」と「滞在目的」は困った。「バケーション?」「ホリデイ?」などと聞いてみるが、全く通じない。まあ「会社員」「観光」でいいだろう。
 しかし、この人は英語もロシア語も全くできない状況で、どうやってここまで来たのだろうか、そしてロシアに何をしにきたのだろうか?全くの謎だ。到着ロビーに迎えでも来ていればいいが、そうでなかったら空港から外に出ることもままならないだろう。私も、ろくに英語もできないのに、よくあちこち行くものだ、と感心(呆れ)されるが、さすがに彼女並の語学力しかなかったら、1人で外国に行こうとは思わないだろう。
 謎のドイツ人女性と別れ入国の列へ。そんなことがあって入国までに思いのほか時間がかかってしまった。


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