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ショートショート『花火大会』〜あばれる君初作品〜

締め切った窓。薄い汗で頬に張り付いた髪の毛先が口元をくすぐる。

今日は熱帯夜だとネットニュースが騒ぐ。

関東を代表する大きな川沿いに古いながらも堂々と佇むアパートの7階。

ベランダに出て外を見回しても視界を邪魔するものはない人気物件。

そのヴィンテージマンションのフローリングの木目の数を望杞は無気力に数えていた。どれ位の時間かは分からない。

元々は『花火大会最高の眺望!!』という謳い文句に、彼氏と即決した賃貸物件。
同棲して間もなく別れることになった。

このアパートを決めるときみたいに即決だった。

彼が出ていくことになった。どうやら他にあてがあるらしい。

「君とはやはり合わない。」
 
これが最後のセリフだった。こっちだっていろいろ我慢してたんだぞ。クソが。

とにかく、何はともあれ一人になった寂しさのピークはこれからやってくると望杞は覚悟した。


最高の眺望の花火大会が今夜、もう間もなく始まる。

 
望杞は、真新しい遮光カーテンを力なく閉めた。
 
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肺が破裂しそうだった。

よりによってこのバカ古いアパートにはエレベーターがない。

どおりで運動できそうな男ばっかりなわけか。

サメ軟骨をどれだけ飲んでもお年寄りにこの上り下りは困難だ。。

自分も何度も諦めようかと思った。

しかし、こちらには目的がある。

額から噴き出る汗をねじり鉢巻が堰き止めている。

地下足袋は金具が外れているがお構いなしに階段を実輝は駆け上がる。

周りから言わせればいかにも花火師といった風貌である。

実輝は考えた。説得は成功するだろうか。
 
7階についた。息を整えるよりも先にインターフォンを押した。

中で洗い物を止める音が外にも聞こえてくる。

なんとも口の軽い薄情なドアだ。

住人がレンズ越しにこちらをのぞいているのがわかる。胸を張って身分を明かす。
 
「いきなり。すいません。自己紹介します。」

 実輝は汗でインクが滲んだ安っぽいチラシを取り出す。学校のプリントっぽいピンクのやつだ。
 
「僕、花火師やってる実輝って言うものなんですけど、あの.......。見なくて....良いんですか?」
 

戸惑っているような雰囲気を感じる。実輝は続けた。 
 

「師匠と話してたんです。今年もあの最高の立地のアパートたちに良い花火見せるぞって。そうしたら驚きました。このアパートのこの部屋カーテンが閉まってたんですから。もったいない。うちの師匠の花火最高ですよ?」
 

 静寂のあとまたあの音がした。実輝は続ける。
 

「待って。洗い物に戻らないで!!.......。大体、最高の場所なのに楽しんでもらえないなんてこっちの士気にも関わるんですよ!!」
 

 もう少しだ。実輝は手応えを感じた。
 

「最高の環境なのに花火大会を楽しめないなんて、何かあったんですか?」
 

 小さく何か弱音が聞こえた。彼女はきっと弱っている。寄り添う言葉をかけてあげよう。
 

「とにかくあなたのために大きい花火ぶち上げますから。カーテン開けるだけでも良いですから!!信じてますから。」
 
 実輝は、まもなく始まる花火大会に向かった。そして、相手が花火大会を見てくれることを祈った。
 

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 ウザい。キモい。熱苦しい。

いきなり、汗だくの花火職人が、必死の形相で花火を観ろと訪ねて来た。

カーテンを閉めるも開けるも住人の勝手だと思う。

理不尽な要求に憤りを感じつつも望杞は、少しほっとしていた。

人混みのイオンで迷子になっていた時のお店の人に話しかけてもらったあの子供の頃の安堵感を思い出す。

夏祭りの独特の雰囲気に胸を締め付けられていた。少し助かった。
 
 「本当にいいやつってああ言う奴のこと?」
 
 吹っ切りたかった。

今にも過去を忘れて未来の自分に期待をしたかった。

そうだ。悲しい思い出は花火みたいに打ち上げて消しちゃおう。
あたしもう塞ぎ込まない。思いきり心から自由になる。

きっとあの花火が私を照らしてくれる。

このアパートからの景色をクソ元彼の分まで楽しんでやる。

望杞は、カーテンをありったけの力で引きちぎった。

カーテンレールは緩やかに曲がり誰かさんの苦笑いの口元のようだ。

花火は、何度も何度も音を立てて湿った黒い空に消えていった。

ありがとね。あのウザい花火師。
 






あとがき
 
 
 
 
 
 
 
 
 TV「ニュースです。女性宅を双眼鏡でのぞき続けていた男が逮捕されました。無職・長久実輝(ながくみてる)容疑者のカバンからは、去年に、盗難したと見られる地元の花火師の衣装が見つかっており・・・・・。」 

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