『アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風』読了

 謎のインベーダー・ジャムと人間およびコンピュータたちの戦いを描いてきた雪風シリーズもとうとう第四部まで到達しました。
 フェアリイ星という地球とは異なる惑星につながる通路が南極に撃ちこまれ、その通路から現れたジャムと戦うために人類はフェアリイ星にフェアリイ空軍(FAF)を組織し、主人公たちは戦闘機に乗ってジャムと戦う、というのが大まかなストーリーです。人間だけが戦うのではなく、人間が開発した戦闘機や戦略を分析するコンピュータたちも戦いに参加します。そしてジャムはどうやらコンピュータや機械たちとのほうに親和性があり、人間をあまり理解していないという設定になっています。そのためジャムとの戦いではジャムVSコンピュータという構図になってしまい、では人間はどうやってジャムと戦っていくのか、というテーマが繰り返し描かれます。タイトルにある雪風は高度な知能を持つコンピュータを搭載した戦闘機であり、主人公であるパイロット深井零(人間)が雪風(コンピュータ)と意志のやりとりを続けつつ戦っていきます。
 第三部『アンブロークン アロー』では不可思議な世界を舞台に登場人物の奮闘が語られましたが、第四部に入ると第一部、第二部と同じくFAF特殊戦という組織の中でキャラクターたちがジャムにどうやって勝つかを思考または会話し、物語が進んでいきます。
 第四部序盤で、対ジャム戦は勝利したとFAFのコンピュータたちが宣言しますが、それはフェアリイ星からジャムが去った故にこれ以上ジャムと戦う必要がなくなったという意味の勝利宣言でした。実際にフェアリイ星でジャムの戦闘機とFAFの戦いは一見、生じなくなったのですが、特殊戦の面々は未だジャムとの戦闘は続いており、人間たちはジャムに勝利していないと考えて、次の一手を打っていきます。第三部でも語られましたが第四部で重要な要素となってくるのは地球という存在です。ジャムはすでにフェアリイ星から地球に進出しているという解釈がなされ、そのジャムをいかに叩き潰すかが特殊戦の目標になります。
 そこで特殊戦のボス、リディア・クーリィ准将は特殊戦をジャム化させるというアイデアを出します。ジャムになりきって空を飛び戦うことでジャムへの理解を深め、撃退のヒントを得ようと考えるのです。そして地球側の航空部隊とジャム化した特殊戦を模擬戦という形で戦わせることで、地球に侵入したジャムをやっつけるスキルを地球側に伝授する計画も立てていきます。FAFとして地球側に有益な働きかけをすることでFAFの存在意義をアピールするという側面もあるのですが、准将はあくまで自分がジャムに勝ちたいのだという態度を貫いており、地球を防衛し地球人の平和を守りたいと願うのではなく、ジャムという敵に打ち克つことを最優先し、ジャムとして振る舞う新たな飛行部隊、アグレッサー部隊を創設します。
 加えて地球側からフェアリイ星を訪問したジャーナリスト、リン・ジャクスンとクーリィ准将との会話シーンも挟まれます。リンは第一部のころからストーリー上のキーパーソンでしたが今回初めてフェアリイ星に来て、ジャムと雪風についての取材を敢行します。その際、「言葉は、実弾になる」というセリフが出てきます。未知の存在であるジャムとの戦いでは言葉を武器として使うことができて、言葉を駆使してジャムの本体に迫るというアプローチも対ジャム戦で有効な戦術であるとするセリフです。言葉によって人間は他者や世界を認識・理解していきますから相手を理解していなければそれに対する対抗策を編み出せないわけで、そのためにジャムにまつわる言葉や情報が大切になってくるのは雪風シリーズ全体を通して伝わってくるテーマです。逆に言えば実弾も言葉になる、ということでジャム機と空中戦をして敵機にミサイルを放つこともある意味では言葉による干渉だとも言えます。そうした人間と人間以外の間にある不思議なコミュニケーションを深めていくのも雪風シリーズの魅力です。
 新キャラクターである日本の軍人、田村伊歩大尉も本作で重要な役割を担います。アグレッサー部隊と模擬戦を行うためにフェアリイ星に送り込まれた田村大尉ですが、彼女は自身を暴力の化身と認識している強力なパイロットです。フェアリイ星に到着し、ジャムとは何者かについて考え始めた田村大尉は自分の暴力を惜しみなく発揮できる相手はジャムだと認識します。彼女もまた母国や地球を守るのではなくジャムそのものを叩こうと決意するのです。この辺りはクーリィ准将の考えと似ています。人類共通の敵であるジャムを倒すにあたって、自分がどこの誰であることは関係ないのかもしれません。言い換えれば、ジャムに興味を持つ人間はどこにでもいるとも言えます。リン・ジャクスンにしても田村大尉やクーリィ准将にしても、ジャムに強い興味を持っています。戦う相手として、また、考える対象としてジャムは特別に恐ろしいのでしょう。肌の色は違っていても同じ人間というレベルではない敵対者であり、それでいてジャムの最終的な目標は明らかになっていません。ジャムとの戦いがどう着地するかは謎です。だからこそ本作の登場人物たちはいろいろな意味でジャムに勝つことを追求します。どうやってジャムに勝つか? と考え続ける人間がこの戦争では強者なのです。
 また、物語後半のアグレッサー部隊対地球側の航空部隊の模擬戦のさなか、田村大尉はジャムを感知できる能力を持っていることが明らかになります。雪風シリーズの最序盤に書かれた「妖精の目」とも言うべき特技を田村大尉は秘めていました。模擬戦に侵入してきたジャムの存在を見切り、田村大尉はジャムを撃退します。
 地球側のパイロットが地球で作られた戦闘機によってジャムを破壊するこのシーンは、地球で生活している人間でもジャムに対抗できるまたは対抗しなければならないことを示しています。リンのフェアリイ星訪問もそうですが地球人がいかにして未知の敵であるジャムと戦っていくのか、という問いかけが第四部のメインテーマなのだと思われます。これまでの雪風シリーズでは地球の描写というとジャム戦なんてそっちのけで国家同士が戦争を繰り返している馬鹿げた人々の星、といったものでしたが第四部では地球の人間がFAFに送り込まれ、それをフェアリイ星の住人たちがどう受け止めるか、という描写が多く見られます。
 最終章ではいきなり休暇を与えられてだらだら過ごすキャラクターたちの掛け合いが描写され、ボケとツッコミやユーモラスな会話が続きます。著者が持つユーモアのセンスが存分に発揮されるのですが、こんなにギャグが飛び出してくるとは雪風シリーズも変わっていくのねえ~とも思いました。しかしここでも言葉によるやりとりとはなにか、という考察も含まれているのでしょう。ラストシーンでは事態が急変し、休暇は突然打ち切られ新たな戦いが始まることを示唆して本書は幕を閉じます。
 個人的には雪風シリーズは人間賛歌を描いた物語だと解釈しています。対ジャム戦に人間は不要である、高性能なコンピュータさえあればいいと述べられるシーンは初期のころからあります。しかしそれでも人間たちが戦闘機に乗り込んで戦うことで、人間は力のある生き物であり、その力を使いこなすことで人間の持つポジティブな精神や周囲との結束を提示していける、そうした人間の賛歌が雪風の物語だと思っています。
 ……しかしそろそろ完結してもいいのでは、とも思います。第一部からジャムと雪風の戦いやジャムについてキャラクターが考察したりするシーンが描かれまくり、それはそれで非常に興味深いのですがジャムの正体を明かしてください! という欲求もどんどん増えていきます。数多の考察を重ねなければジャム像を掴めないということでもあるのでしょうが、この物語の終着点をなるべく早く見られることを切に願っております。

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