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財前時子様に悩みを相談しよう

「昼下がりの貴方に寄り添う『高森藍子のラジオアラモード』、続いては、時子さんの悩み相談コーナーです」
 ラジオ番組のパーソナリティを務める藍子が言った。
 すると一昔前に流行ったヘヴィメタルバンドの曲が流れ出し、悩み相談コーナーが始まる。時子の出番だ。
「みなさんこんにちは。財前時子です」
 時子が話し出す。
「このコーナーでは私がリスナーの悩みを聞いて解決策を出してあげるわ。貴方の悩みは確実に解決するでしょうから、ありがたく聞きなさい。それでは最初の悩みは――」
 時子は手元にある書類を読み上げた。コーナーに寄せられたメールをプリントアウトしたものだ。

【時子様、僕の悩みを聞いてください。僕はいま、大学に入って三ヶ月になるんですけど、友達がひとりもできないんです! 周りの連中は学食で男も女も談笑しながらメシを食い、講義の最中にお喋りを繰り広げ、週末は飲み会ばかりしています! バカ騒ぎしているマザコン野郎、唾棄すべきひょっとこ女子大生の群れが大学に溢れていて、学生ライフを満喫しているのです! 僕だけが周りに溶け込めずそして輪に入れず孤独にキャンパスを漂流しています……僕だってバカ騒ぎしたいし、友達と一緒にいる時間を作って充実した生活を送りたいんです! でも具体的にどうやったら友達ができるかがまるでわからないのだ! 時子様、僕に友達の作り方を教えてください!】

 読み終えると、時子はデカいため息をついてから言った。
「貴方もなんとなく『この人と友達になりたい』と思う人が周りにいるはずよね。いなかったら友達作りは諦めなさい。いたら、まずその人の話していることをよく聴きなさい。そこからその人が好きなものや興味を持っていることが少しずつわかってくるはずだわ。スポーツなりアニメなりプラモデルなり、話に登場する物事を聴いて確認することね。そして貴方もそれらの物事について知る。それができなかったら諦めなさい。で、もし物事を把握できれば、それが共通の話題となるでしょう。あとは、名前を呼んで話しかけて、共通の話題についてお喋りすれば会話が成り立つわ。会話をしていれば、とりあえず話し相手くらいにはなれるでしょう。はい、これで友達ができたわね。おしまい。具体的に教えてあげたから問題はないはずだわ」
 時子はいったん言葉を切って、書類を眺めた。
「ただし、どんなときでも信頼できる相棒とか、阿吽の呼吸で動ける親友がほしいというのなら、難しい問題になってくるわね。深い友情で結ばれた親友になるには、貴方自身が誠実であるとか勤勉であるとかプラス思考を貫けるとか、そういう徳のある人間でなければならないわ。そうした人間は好かれるし、頼られる。完全な友情はそうした美しい徳が発生源となって生まれるものだわ。親友がほしいなら徳を磨く努力をすることね。がんばりなさい。以上」
 時子は書類をもう一枚手にとった。
「次の悩みにいきましょう。今度は――」

【時子様、僕は安い給料で必死に働いているサラリーマンです。先日、ひょんなことからとある女性と知り合い、デートをしました……映画を見て、それなりに上等なレストランで夕食を一緒に食べたのです……そこまでは非常にいい雰囲気でした……食事しながら彼女と映画の感想をしこたま喋りました……笑顔あふれるディナーでした……うまいワインも飲みました……しかしですね、食事を終えて会計、となったときにですね……彼女が夕食代を奢れと言ったのです! 冒頭にも書いた通り、僕の収入はメチャクチャ少ないのですよッッ。奢ることができるほどの余裕はほとんどないんです! だから割り勘にしようと、そう彼女に言うと、それまで笑っていた彼女の表情が冷たく変形し、デートで食事を奢れない男なんて最低〜とか言い出したんです……結果として僕は無理して奢りました……財布の中身がかなり寂しくなりました……レストランを出たあと、彼女に話しかけてもほとんどリアクションしてくれなくなりました……食事代を割り勘にしようと言った僕が気に入らないというオーラがひしひしと感じられました……その日はそのまま別れました……ただ、僕は彼女が嫌いなわけではないんです。彼女は可愛くておっぱいが大きくて熱い斗魂とゲリラ戦術の素質を先天的に合わせ持つ最強の闘士なんデース! だから僕は彼女が好きですし、付き合いたいんですの! でもデートをしてみて、食事を奢らなければ彼女は不機嫌になってしまうことがわかりました……かといって僕は金銭的余裕が全然ない……それでは彼女の恋人にはなれそうもないんですよねこれが……だけどやっぱり彼女が好きなんだぜ。時子様、僕は恋と金の間でぐるぐる回っています。どうしたらいいですか?】

 時子は感情を込めず話し始めた。
「貴方が真に魅力的な男性なら、相手の女性は食事代を割り勘にしてでもこの人と長い間一緒にいたい、と思うはずよ――というのはロマンチックすぎるわね。しかし男性と女性がデートして、その際に食事代を男性側だけが負担すべきと決めた法律はどこにもないわ。ならば貴方のデートの相手のその女が、これまでの他者との関わりやメディアからの情報、ようするに周囲の社会から受けた影響で食事は男が奢るものというルールを自分の中に取り入れたのよ。ルールという言葉を少し難しく言うと規範ね。現代日本にはそうした規範があり、それがメジャーである、という雰囲気は私も感じるわ。貴方がこれからもその女と付き合いたいなら、女の規範に従って食事代を出すことを受け入れなければならないでしょう。そうなると貴方は主体性を失い、他人の規範のもとで動く人間になるわね。ほかにお金を使いたいことがあっても、それを諦めていかにして女の食事代を確保するか、という束縛に支配されるのよ。貴方が規範に縛られるかは貴方自身が決めることだけれど、私だったらいくらメジャーなものでもそんな規範はぶっ飛ばしたくなるわね。貴方にも貴方なりの考え、物の見方があるはずだわ。女に流されるのではなく自分が従うべき規範を見つけなさい。その結果、別なアイデアが湧くかもしれないわ。がんばりなさい。以上」
 時子は三枚目の書類を手にした。
「この悩みについて答えたら、今日は終わりにしましょう」

【時子様、僕は高校二年生で、学校でいじめられています。主に僕をいじめてくるやつは三人いるのですが、なんとかしてその三人から解放されたいのです。でも僕は知性も体力もありません。すべてにおいて低能なのです。つまり三人に勝つ手段がないのです。時子様だったらどうやっていじめっ子を撃滅しますか? 僕はそれを知りたくてメールを送りました。どうかいいアドバイスをお願いします】

 時子はほんの少し沈黙したあと語り出した。
「一番わかりやすい対処法としては、その三人を物理的に攻撃することね。死ぬ覚悟で殴りかかったり、どれだけダメージを負ってもいい、と思って立ち向かって関節技を決めたり、息の根を止めてやると凶器を買ってぶちかませばいじめっ子は黙るでしょう。だけど貴方にその勇気がないのなら、難しい対処法かもしれないわね。もうひとつ策があるとしたら、いじめをなかったことにすることかしら。貴方がその三人にどつかれたりズボンを下ろされたりしても『明日の最低気温は何度かな?』という程度の態度を取り続け、いじめが起きている、と思わないことよ。貴方自身が『自分はいじめられていない、天気予報が気になっているだけ』と思っていれば、貴方はもういじめられてはいない」
 時子はそこで一呼吸おいて、続けた。
「いじめという行為は学校だけではなく、大人の世界にもあるわ。企業にも、アイドルがうじゃうじゃいる芸能界にも。大リーグで活躍した日本人選手も、チームに入りたての頃はいじめられたと聞いたことがあるわね。子供にとっても大人にとってもいじめを根絶するためにはいじめという状況・概念・定義を内側から破壊すべきなのかも知れないわね」
 それを聞いていた藍子は時子も過去にいじめに似たことを体験したのかもしれないと思った。そして悩み相談のコーナーが終わることを告げる音楽が流れ出した。
「今日はここまでね」と時子が言った。「このコーナーではみなさんの抱えている悩みを募集しているわ。宛先は……言うのが面倒だから自分で調べなさい。どんどん送ってくるがいいわ。それじゃ、藍子、ユー・ハヴ・コントール」
「アイ・ハヴ・コントロール。時子さんの悩み相談コーナーでした」
 藍子は元気な声で言った。
「このコーナーは大人気で毎回たくさんのメールやお手紙が届くんですよ。次回もお楽しみに。それではここで一曲、新田美波さんで『ヴィーナスシンドローム』」
 昼下がりのラジオはまだもう少し続く。

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