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池袋晶葉ちゃんの試行

 レッスンスタジオの中に高さ八〇センチほどのロボットが三体並んで立っている。晶葉はそれを指さして言った。
「左からギターロボ、ベースロボ、ドラムロボだ。こいつらはボディに組み込まれたスピーカーから音楽を出力しつつ手足を動かしてステージの上でダンスできるんだ。そんなことは人間では不可能だろう。ギターを弾きながら踊り狂うことなんて」
 それを聞いたプロデューサーはロボットたちに歩み寄り、触ってみた。冷たい。
「楽器は持っていないが、こいつらのスピーカーからは立派なギターなりベースなりドラムなりの音楽が聞こえてくるわけか。機械化されたバンドなんだな」
 すると晶葉は悔しそうな表情になった。
「とはいえいまのところは美しい演奏データを出力できて踊るロボに過ぎない。本当は自らの判断で自由自在に音楽を奏でるようなロボを作りたいよ」
「晶葉さんならいつか作れると思う。が、いまはライブを成功させることを目指そう」
 もうすぐ晶葉のライブが開催される、ということで晶葉は自身と一緒にステージに立つ三体のロボを作成したのだった。ギターロボ、ベースロボ、ドラムロボがメロディを奏でつつ晶葉が歌うことになっている。
「そうだな。天才たる者、行く手にある課題はすべてクリアしていかねばならん!」

 その数日後、晶葉はプロデューサーと一緒に企画書を読んでいた。晶葉が歌ってきた曲の中から今度のライブに用いられるものをAIが選択し、その選択されたリストどおりに晶葉が歌っていくという企画が新たに盛り込まれたのだった。
「世の中はなんでもデジタル化していこうと騒がしくなっているだろ。我がプロダクションもそういう流行を受けてAIを導入する。人工知能が晶葉さんが歌う曲の順番を決めるんだ。晶葉さんの歌のデータと、これまでの曲の商業的な成績その他諸々のデータをAIに学習させて、そこからAIが弾き出した順番によって曲を歌っていけばお客さんの気持ちを最適な形で高揚させられるという予測が立てられた」
「ふむふむ」
 と晶葉は企画書を目でなぞりつつ頷いた。プロデューサーが続けて言う。
「んで、晶葉さん本人に対しても曲のリストは本番まで知らされない。ライブで歌う曲は八曲あって、晶葉さんはその八曲を練習して覚えておけばいい。当日にその八曲の中からAIが選んだとおりに歌うことになる」
 それを聞いて晶葉は不機嫌そうな表情になった。
「ううむ。なんで私本人にすら歌う順番が伏せられているんだ?」
 プロデューサーは淡々としていた。
「今回はあくまで試みだ。だから晶葉さんにはなるべくフラットな状態で臨んでほしい、とプロダクションは考えたんだよ。AIを導入するが、晶葉さんにはいつものライブと同じ感覚でステージに立ってもらいたい。それを受けて我々は企画の方向性を調整する」
 晶葉は硬い表情のまま言った。
「まるでテストパイロットだな。機体は与える、操縦感覚は乗ってみて確かめろってことだろ」
「そう考えてもいい。ま、なかなかのコストをかけてAIを利用することになったから、晶葉さんにはがんばってほしいというのが俺の気持ちだ」
 組織がコストを支払ってくれるなら、晶葉も応えなければならないだろう。アイドルだって労働者だ。
「なるほどな。私の曲をどう扱うのか楽しみにしておこう」

 そしてライブ当日。ステージ上で三体のロボを従えた晶葉がライブ開演を告げる。
「ファンの諸君! 歌の前にちょっとした話がある。今日、私が歌う曲の順番を、私は知らない。AIが選んだんだそうだ。そのセレクトに従えば、諸君の精神は高揚し、熱くなり、鳥肌が立ち、ワンダフルな境地へぶっ飛ばされるというのだ! 歌う私のほうもこの仕掛けがどうなるかけっこう楽しみにしている! それでは一曲目だ、来いッ!」
 最初の曲をギターロボ、ベースロボ、ドラムロボが奏で始めた。晶葉がこれが最初に来るんじゃないかなと予想していたのとは違う曲だった。
「おお! これが最初か! なら歌おうじゃないか!」
 少し焦った感じもしたが、晶葉はすぐに歌声を響かせた。初っぱなからお客さんの受けがいい感じがする。二曲目、三曲目も晶葉が考えていた順番ではなかった。そのたびに晶葉は「そう来たか!」「次はこれか!?」とリアクションを挟んだ。それはそれでお客さんも楽しそうだった。
 ライブが進行する中、三体のロボットたちは完璧なメロディを再生していくが、晶葉は歌っているうちに戸惑いを感じ始めた。客席のテンションは上昇し続けている。AIの予測は見事に的中しているようだ。ではこの盛り上がりはAIによって仕組まれたものなのか。ロボたちの緻密な演奏と観客の熱気に包まれて、晶葉はなぜか孤独な気分を味わった。
 最後の曲が終わり、ライブは大盛況で幕を閉じた。AIの選択は間違っていなかった。一方、楽屋に帰還した晶葉は複雑な気分でいた。ファンを喜ばせたのは、つまりライブで一番活躍したのはAIではないか、自分ではなく。
 プロデューサーがそばに来て言った。
「お疲れ様でした。いいライブだった」
「そうか、それはいいことだな」
 晶葉の元気が欠けた返事を聞いてもプロデューサーは特に気にする様子はなさそうだった。ライブが成功したことは晶葉本人にも分かっている。その成功はAIが呼び寄せたものなのかどうかが気がかりなところだった。プロデューサーはもう一言つぶやいた。
「疲れているだろうが、晶葉さんの新曲を作ろうってプロジェクトが動き出している」
 晶葉は目を見開いた。
「それは本当か? 私に新しい歌をくれるのか、プロデューサー?」
「ああ。晶葉さんってかなり売れているアイドルなんだぞ。予算も結構もらっている。いい曲にしような」
「そうか……よし、やってやろうじゃないか」

 十日ほど経ってから晶葉の新曲を制作するプロジェクトが進み始めた。孤独な女の子が友達から勇気をもらう歌で、メロディはせつなくも力強く、歌詞の内容も晶葉好みだった。練習のため何度も歌ったが、晶葉のお気に入りの歌だったのでリテイクの指示を出されても楽しく積極的に取り組めた。
 この新曲を次のライブで披露しようという話が持ち上がるまでそう長くはかからなかった。プロデューサーと晶葉は再び打ち合わせをした。
「今回もAIが曲のリストを作成するのか?」晶葉が言った。
「する」
 プロデューサーはタブレット端末を見せて答えた。
「ライブで歌うのはここに映っている七曲。新曲もこのうちに入っているな。七曲の順番はAIが決め、晶葉さんが本番で歌う、というところは前回と変わらない――ん、なにか言いたそうだな」
 晶葉の表情を覗きこんでプロデューサーが言った。晶葉はごまかそうかなとも思ったが、正直に言ってみた。
「プロデューサーよ。AIが決めた順番で歌えば、ファンのみんなは楽しんでくれた。それって、私の実力でライブを構成したのではなく、AIに助けてもらって得た成功じゃないか? だとしたら、この先、私の人気がAIの人気になっていくような気がしてきて……」
「でも、ステージの上でAIが歌っているわけじゃあない。歌っているのは晶葉さんだ。AIはあくまで手伝いをしているだけだよ。いくらAIが完璧な構成を作り出しても、晶葉さんが歌わなきゃお客さんは喜ばない。根っこにあるのは池袋晶葉っていう人間だ。晶葉さんがそこにいるから、ライブは楽しいものになるんだ」
「発生源には私がいるのか……」
 AIの判断も正しいのだろうし、晶葉が歌ってお客さんを盛り上げるということもリアルのもので、確かなものだ。そして晶葉が歌わなければライブは成立しない。ライブが生み出す熱気の根源にはアイドルの晶葉がちゃんといる。それだけの話だった。晶葉が歌うことで、すべてが動き出すのだ。
 ならば晶葉とAIが手を組めば? 協力して立ち向かえば、より強力なパワーを引き出せるのでは?
 晶葉の鼓動が高まってきた。こりゃあ、早くライブの日が訪れてほしい。

 そして七つの曲を歌うライブが開演のときを迎えた。晶葉は今回もまず最初に曲をAIが並べたことを話した。曲の順番をAIが選ぶという仕掛けは好評だったようで、お客さんもうれしそうだった。
「諸君! 今夜の曲の中には新しいものもあるぞ! すべて聴ききって帰ってくれ! では行こうじゃないか! 一曲目だ!」
 晶葉が予想していたのとは違う曲が始まった。これでいい、と晶葉は思って歌いだす。曲に具体的なメッセージとエネルギーを与えるのはこのステージ上にひとりしかいない人間の晶葉なのだ。
「声援、感謝する! では二曲目だ!」
 二曲目も晶葉が考えていたものとは違う曲が現れた。歌いながら、晶葉は思考する。新曲はいつ流れるか。印象に残るよう、ラストまでとっておく可能性も高いだろう。しかし、何度も新曲を歌った晶葉としては最も新曲が栄える瞬間がイメージできていた。
 四曲目が終わり、五曲目。ここだ、と晶葉の勘が告げた。
「そろそろみんなに新曲を披露したいところだな。さて……」
 そのとき、ステージの中央で腕を組んでいた晶葉を賛美するように新曲のイントロが流れ出す。晶葉の予想とAIの見込みが合致した瞬間だった。晶葉は心の底からうれしい気分になって笑顔になった。大勢のファンの前で大好きな曲を完璧なタイミングで歌える。それは幸福な一瞬だった。晶葉は息を吸い込み、大きな声で告げた。
「これが私の新曲だ! 諸君、全身で聴きとるように! 私も全力で歌うぞ!」
 晶葉は歌いだした。

 AIが曲の選択をするという手法は今後すべてのアイドルのライブで適用されるわけではない、とプロデューサーは晶葉に言った。新曲を披露したライブから二週間ほどあとだった。晶葉は尋ねた。
「どうしてだ? ファンは喜んだし、私も楽しかったぞ」
「いつもAIの予測がベストである保証がないからってことらしい。AIの精度もまだ完全ではないんだとさ。様子を見つつ試していって上手くいったらそれでよしというレベルになった。晶葉さんは成功したが、ほかのアイドルでも成功するとは言い切れないんだ」
「そうかな。私が運良く成功しただけ、という感触はないんだが……」
「AIを味方に付ける才能があるのかもしれんな、晶葉さんには」
「私は天才だからその手の才能があってもおかしくないな。プロデューサー、次のライブはいつだ? 早く歌いたいぞ」
 目指すところへはまだ距離がある。その距離を縮められるよう、たくさんの手段を試行しよう、晶葉はそう思った。

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