短編:カメラ越しの私
「表情が硬いね。もっと笑顔に」
写真屋のおじさんにそう言われたので、仮初の笑顔をつくる。
私は今年、卒業する。女子高生というブランドを手放すのだ。この肩書きで得したことはない。ただ、社会に出て働く、という行為はおそらく嫌いだと思うので、簡単に手放すのは惜しい。
「うーん。まだ硬いね。みんなが見るんだから、もっと元気に」
今は卒業アルバムに載せる個人の写真撮影をしている。今日の授業が終わるまで、あと10分程度といった頃合い。
絶妙に生暖かい椅子が気持ち悪い。早く終わらせたい。
パシャパシャ、とシャッター音が鳴る。ほぼ同時に、おじさんも唸る。
「まだですか」
「いや、君がいいならコレで終わろうと思うんだけど。時間もないし」
そう言っておじさんは、さっき撮った写真を私に見せにきた。相変わらず、つまらない顔をしている。クラスメイトが「メイクしたらいいのに」と言ってきたことを思い出す。
「大丈夫です」
「でも、おじさん的にはもう少し笑顔を撮りたいんだよね。ほら、アルバムってみんなが見るでしょ。だから、いい顔を残したいなって」
私が学年最後の生徒だからか、おじさんは食い下がってくる。
「笑顔は苦手かい?」
「そうですね。昔から顔が冷たいんですよ。だから、表情筋が上手く動かなくて」
言い訳が下手だなと、我ながら思う。でも顔が冷たいのは本当だ。「体温だけじゃなく、心も冷たいんだね」生意気な弟の言葉が頭をよぎる。
「たしかに、今日は冷えるよね」
「はい」
「暖かい日に写真撮ったら、違ったかい」
「いいえ」
「参ったね。みんな笑顔なのに、君だけ真面目な顔だと目立っちゃうよ?」
「大丈夫です」
「同窓会とかで、話題になっちゃうかも」
「私は出ないのでいいです」
「そこまで言うなら……わかった。これで終わりね」
「ありがとうございました」
すっと立ち上がって、椅子から離れる。撮影会場になっていた生徒会室の出口へと向かう。
「ああ、ちょっと待って」
呼び止められたので、足を止めて振り返る。おじさんはガサゴソと鞄の中から、一枚の紙切れを取りだし、こちらへ歩いてきた。
「これ、僕の名刺ね。写真撮りたくなったら、ここに電話して」
「全員に渡してるんですか?」
「いや、君にだけだね」
「……は?」
予想に反する返答に、思わず素の言葉が出てしまった。
「いりません」
「そう言わずに」
「ほんと、結構なので」
「君、写真を取られること自体は嫌いじゃないでしょ」
「そんなこと……」
「おじさんね、カメラ越しに人を見たらその人のこと、なんとなく分かるんだ。今の君は無愛想だけど、それは楽しいことがないから。楽しいことを見つけたら、きっといい笑顔が出来る」
「……」
「何より自分を大事にしている人だ。そういう人はね、自分の写真を撮ってもらいたがるんだよ」
ほら、とおじさんは私の手の内に名刺を置く。なんの変哲もない、白い紙。印刷したての用紙のような、心地いい温かさ。
「もらうだけ、もらっときます」
「お!嬉しいねぇ。おじさん、定年すぎても写真撮ってるから。いつでも連絡してね」
「考えときます」
失礼します、とようやく生徒会室を後にする。
久々にたくさん喋った気がする。でも不思議と疲れていない。足がいつもより軽い気さえする。
廊下はまだ冷たい。私の手の中にある名刺だけが、温かさを保っている。
終わりのチャイムが鳴り響く。
そうだ。寄り道して帰ろう。
そう思えたのは、今日が初めてだった。
あとがき
久々に小説もどきを書きたいなー、と思ったので書いてみました。これからもちょくちょく、ネタが思い浮かんだら形にしようと思ってます。
こういうドライな女の子って可愛いよね。を元に、あれこれ考えて出来上がりました。
「私」と「写真屋のおじさん」の掛け合いが書いてて楽しかったですね。なんとなく、この子ならこう返してーとか。セリフを考えている時が小説を書いてて1番好きです。
何かしら感じるものがあれば嬉しいです。
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