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023【年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学】を読んで


書籍情報

書籍名:年収は「住むところ」で決まる
著:エンリコ・モレッティ
訳:池村千秋
解説:安田洋祐
発行日:2014年4月


内容判定

●読みにくさレベル……【3】簡単とは言わないが説明は丁寧
●参考文献……注付き、巻末に参考文献一覧有り
●内容の偏り……特になし
●内容ページ数……約330P


概要

 第1章では製造業と都市の凋落を説明し、第2章でイノベーション産業がどのような影響をその地域に与えるかを事例とともに紹介している。第3章ではアメリカにおける格差の問題に触れつつも格差が社会的な階層よりも地理的な要因によって生じていることを解説し、第4章ではなぜ都市に集中していく方が利点が多いのかを改めて最近の事例と研究から示している。続く第5章では移住に関してのデータをまとめ、第6章ではアメリカで上手くいっている地域の実例から地域再生の条件をまとめている。最終章である第7章では今後より重要性が高まるであろう人的資本という観点から問題提起と解決への道筋を提示している。


どういう人が読むべきか

 タイトルはキャッチーではあるが書いていることは現代でもそのまま通用するような格差やイノベーション、都市化、教育という大きなテーマを扱っている。2014年に発行された本だが、地理的な側面から書かれているおかげで格差というテーマを1つとっても主流の内容とは異なる視点であることは面白い。ただ基本的にはアメリカを中心とした内容となっていて、日本や中国への言及は少ない。
 きっちりとした経済学の本であり、データや分析といった内容が多いが専門的な用語や難しい数式というのは使われておらず比較的読みやすい。


キーワード

・格差
・多重平衡
・マイクロソフト
・アマゾン
・人的資本の外部性
・集積効果
・同類婚
・パワーカップル
・コワーキング
・インフィル開発
・バイオテクノロジー産業


以下、感想

 まず、この日本語訳された本著が発行されたのは2014年であり、厳密に言えば2014年以前(原書は2012年発行)に書かれたものである…ということは前提として理解しておきたい。つまりは10年前に書かれた本であり、10年前がどのような世界だったのかを頭に入れておく必要がある。2010年前後の大きな出来事は、2000年代後半に起きた世界金融危機が一番に思い出される。日本の経済は落ち込み、中国が日本に変わりGDPで2位になる。多くの新興国がグローバル化とともに台頭してきた。今では当たり前になったスマホが普及し始めた時期でもある。
 2014年に発行されたこの本を2024年にどう受け取るかは皆さん次第と言わざるを得ないが、多くの本を読んできた私からいくつかの補助線を引いておきたい。まず第一に「都市化」というのはかなり重要で幅広く、奥深いテーマであるということ。つまりは仮に田舎に暮らしている人であっても無関係とは言えない。第二に日本においては東京や大阪のような大都市を思い浮かべるかもしれないが、これらの話はいくらでも応用が効く可能性があるということだ。例えば、熊本や仙台に大規模な半導体の工場ができるという話は、この本の内容と密接に関わっている。もちろん工場ができれば雇用が生まれて、その町が賑わうんでしょ、といった単純な話ではない。
 本のタイトルが日本的な啓発本っぽいうえに内容も読みやすいので勘違いしそうになるが、書いていることはどうすれば地域の経済が上手くいくのか、どうすれば年収が上がるのか、という比較的真面目な内容である。
 発行から10年でよりインターネットは普及し、スマホやPCが身の回りに溢れている現代においてはますますハイテク産業やイノベーションという分野が重要視され、それこそシリコンバレーや深圳、台湾といった集積地が注目されている中で、日本にそのような地域を思い浮かべることは難しい。たしかにアメリカではイノベーションが起こりやすい環境が整っている。有名な企業が多くあり、技術の集積地があり、資金が流れ込む仕組みがある。そして言語という分野においても英語というアドバンテージがある。多くの国で英語教育は存在していて、何かを研究していて金も稼ごうとなればアメリカに行くというのは難しいことではない。こういったアメリカのアドバンテージを考えると仮に日本にシリコンバレーのような地域があったとして、イノベーションが起こり続けるかというとやはり難しいと感じてしまった。もちろんバブル前後の日本の勢いというのが1つの時代として存在していたことは間違いないが、それが現代に続かなかったことをよく考える必要がある。特に人材という面で少子化を解決できなかった日本には大きな不利がある。東京や大阪といった大都市は地方からの優秀な人材が集まる余地が残されているが、地方をどう活性化するのかという課題は残る。この本から地方が生き残るためのいくつかの方法を書き出すと、①高い専門性を持った高度人材を海外から呼び込む、②地方でイノベーションを起こせる人材を育成する、③国内の高度人材を移住させるような魅力的な街を作る、であるのだが……地方においてこれらの試みは成功する可能性があるのだろうか?さすがにあまりにも小さい町や村では難しいだろうが、国立大学が存在している大きい市や町ならば可能性がある。しかし大きな変化と痛みを受け入れたうえで県と市、大学、企業が密に連携できるか、という大きなストーリーが必要になるだろう。ただでさえ若い人が減少している地方においてイノベーションを志向し、若い人や外人を呼び込むというのは大きな改革だろう。それを政治側から主導していくのを受け入れることができるのか、考えるだけでも頭が痛い。
 イノベーションに関する章では、やがてデジタルアーティストの仕事も奪われるという話が出てくる。おそらくは多くの人が簡単に考えすぎている側面として……

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