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彼女は美しい物語を静かに語る

あのね
美しいものの物語をしましょうか

美しいものの美しさに
気づかずにいることがあるの

柔らかに
彼女は語り始めた

美しいと呼ぶだけで
それが
美しいものに変わる
心の小箱に
美しいものがたまっていく

その一瞬一瞬は喜び

美しさは
時々
取り出して
うっとり見つめることができる

美しいものは潜んでいる
息をころしてじっとしている

誰かが
それに気づいた瞬間
そこに
光が照らされる

美しいものは
溶け込んでいる
それを掬い取る瞬間は
緊張で息が詰まる

美しいものを
言葉にしようとすると
壊れてしまうことがある

言葉は美しくて
頼りなくて儚い

美しさを表現するのに
完璧な言葉などない

ごらん

庭が明るく見えるのは
ナンテンの実が赤く色づいたから
熟れて木から離れて
庭の苔と調和する
すると
庭の美しさに初めて気づく

まるで
物語のように語りかけてくる


時に
美しいものは見えない
気づくことが大切なの
目を閉じて
感じてごらん

美しいものが
この世の中に溢れているから

あなたを思いやって
発せられる声の美しさ
温かい一粒の涙の煌めき
柔らかな日差しの中で
囀ずる小鳥の歌

形はなくても
美しく縁取られたものが
この世には転がっているから

目を閉じてごらん
ほら
美しい物語で
この世は満たされてくる

少し掠れた声で
彼女が紡ぐ物語を聴きながら

私は
彼女の唇と
その横の深い皺を
美しいと心から思った




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