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通信 R030227 「うつくしい」

 今日のことがうつくしすぎて全部忘れたくないどうしよう。

 あなたとわたしは、ご飯にいった。急に誘ったのに快く受け入れてくれたあなた。帰宅していたあなたは仕事を終えてすぐに着替えてしまっていたみたいで、外に出るために急いで着替えてきたのだろうね、きっと。普段見ないような灰色のチェックの可愛いワンピースを着ていて、少し良い匂いがした。

 あなたは意地悪だから、教えてくれない。わたしが創作、というものに、どうして悩んでいて、どうして書けないかのヒントを。

 強いて言うならわたしの創作は、美味しい美味しいってご飯を食べてるだけだって。だから何もない。からっぽ。ぜいたくものなんだって。人に答えを求めるのは安直だって。物が書けないなんてそんなのみんなとうの昔に経験してるんだって。周りも、ちゃんとわたしにヒントをくれているんだって。でもそれをわたしは取りこぼしているんだって。結果わかることなんだって。自分のものだけの悩みだと思っちゃだめなんだって。

 少し遠い駐車場に車を止めて、寒い寒いと言いながら居酒屋まで歩いたこと。うにのクリームパスタを食べたら、なぜかあなたに取り分けたパスタにだけ、うにのからやえびのひげがたくさん入っていたこと。居酒屋で詩を見せて、あなたがそれを添削したこと。そしてまた、ぼろくそ言ったこと。わたしはお酒を一滴も飲んでないのに萩原朔太郎を読んだこと。居酒屋でこんなことしてるのわたしたちだけだね、と目だけで頷き合ったこと。あなたはお腹がいっぱいで大好きなフライドポテトが食べられなかったこと。わたしは見せびらかしてわざとらしく大きく口を開けて食べたこと。あなたはこれでエッセイ書いてやるって言って、冒頭部分「ーーは、口をあんぐり開けてポテトを食べる」ってラインのキープメモに残したこと。帰ろうとしたら外の吹雪がひどくて、これ、あなたが前読ませてくれたエッセイの雪女シリーズじゃんと笑ったこと。

 なんだろう、えいえんにつづけばいいとおもったくらい素敵な時間だった。

 幼少期、病院の外を眺めながら、名前も知らない友達がしんでいくのを眺めていたあなたの、そして、いろんなことを考えて今の自分の生き方を選択したあなたの、顔が見えない、後ろ姿を、念った。ちいさなあなたは、泣いていたかもしれないと思った。色んな選択肢を選べたはずのわたしの人生は、たしかにすごくぜいたくで、あなたの世界の悪者のように思えてきた。だけど、わたしはわたしで、あなたの経験たちに対して、すごくずるいなと思った。ひとりでいられる経験ができるならば、世界を狭めることで深くできるのならば、わたしは、あなたの方の世界で善人として生きたかった。

 あなたを家まで送り届けた後、わたしは自分の家を通り越して、車を少しだけ、走らせた。そして、中途半端になってしまったわたしの、おおきくなった身体と、ちいさくなったこころのことを、念った。


 毛玉だらけのセーターを着ていたわたしから、うつくしいあなたへ。

 水漏綾

 

 

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