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現実も治療もお金がかかる

夫はその後3週間休み、何とか職場復帰をした。
私もずっとは休んでいられなかったが、有給消化をさせてくれる会社だったので、有給が続く限り休みをもらった。

3週間休んだ夫の給料は、5万いかなかった。

「……ごめんね……」
「ん?生きていればそれでいいよ!」
「でも…生活できる…?」
「なんとかなるさ!!」

本当はなんともならない事ばかりだった。

私の給料は8万
夫の給料は12万
幼稚園費、食費、生活雑貨、スマホ代、光熱費、車代、家賃。全ての金額を合わせて、18万で抑えていた。

食費を15,000円。生活雑貨を10,000円、電気、ガス、水道30,000円で抑えてると言ったらママ友はびっくりしてたな。

そんな中での夫の給料3万のときはよく合って、
8万と3万の11万で家族4人過ごすことは当たり前に出来なかった。

今月も、震える手で、電話をかけた。

『はい』
「……ごめん、今月も、お金を貸してほしい…」
『いいよ。いつ取りに来る?』
「明日、行くよ。……本当にごめんね」

いつも、父は2つ返事で生活費を出してくれた。

私は4人兄妹の末っ子で生まれた。
「末っ子は随分甘やかされたでしょ〜!」と言われるけど、子どもが4人もいればそんな生易しい生活ではない。
生存本能は人間でもあり、おやつの取り合い、兄妹喧嘩、姉妹の確執、両親の取り合い、
そして「末っ子は小さいから後で」
と末っ子あるある後回しに、
「チビだから一緒に遊ばない」などなど、子どもの頃は喧嘩ばかりの兄妹だった。
そんな中、家族から一番言われたセリフは「甘えるな!」だった。

ひねくれて育った子どもな心の私は、
父親に生活費をもらうことが苦痛で仕方なかった。

『30歳間近になって親にお金を貰って』

父はそんなこと言わない

『夫が駄目なら自分が正社員で働けばいいのに、楽をして』

誰もそんなことは言わない

『子ども2人もいるのに。甘えるなよ恥ずかしい』

誰もそんなこと言ってないのに、
私の中の誰かが、ずっと私を責めてきていた。

働きに出ても、子どもの病気で仕事を休み。
シフトを増やして貰っても、夫の見守りで仕事を休み。

「休んで当たり前だと思わないでよ?」
「病気の予防してる?改善しなきゃ意味ないんだよ?」

私だって働きたい。
私だってお金を借りずに生活したい。
親の迷惑なんてかけたくない。
働きたい。稼ぎたい。
それでも、家族を見放して仕事に行ったらどうなるの?
子どもの看病で怒鳴る夫に、子どもを任せて仕事に行ったら、帰ってきた時、子どもは死んでるかもしれない。
そんなこと耐えられるの?

八方塞がりだった。
進みたいのに進めない。
誰かの解決策は、1つを解決しても、残りはなにも解決しない。

そして、また声がする
『ほら、何もできやしない』
『なんて役に立たない人間なんだ』
『無意味』

それでも、それでも、それでも、それでも!!

両親に生活費を支えられながら、なんとか生活を続けていた。

そんな日々の中。夫の誕生日を迎えた。
夫のメンタルが一番落ちるときだった。
夫は家族に愛されてないと思って育った幼少期だった。そのために、誕生日は嫌いでメンタルが下がり、罵声も暴力も増える。
だから、少しでも家族が笑顔で過ごせるために、夫に我慢させてることは出来なかった。

誕生日プレゼントは高かった。
5万もする腕時計だった。
でもその月は、夫の調子が良くて仕事も行けていたし、また父にお金を出してもらえれば大丈夫だと思った。

その月の明細書が届いたときは、どうすればいいかわからなかった。

請求額30万円。
生活費込の金額だったけど、どうしたって足りなかった。

今になって気がついたけれど、購入商品、ブランドによって支払いの請求時期が違うものがあったようだ。
先月買い替えたスマホの代金が、先月〆後に購入したものだったようで、その金額が重なってしまった。

毎月、両親にお金を出してもらうとしても、5万〜10万だった。
この金額では20万借りなきゃいけない。

そんなこと、そんなこと…

それでも支払いの期間は迫ってくる。
父に電話をした。

「お金を、貸してほしい…」
『いいよ。いつ取りにくる?』
「でも…いつもより、高くて……」
『いくら?』
「……20万」
『2…!??…分かった』
「ごめんなさい……明日、取りに行きます」

2歳の娘を連れて、実家に戻った。
父が玄関を開けてくれたけど、父の顔は見れなかった。

いつもなら、直ぐに渡してくれる封筒も、今日は準備されていなかった。

いたたまれなくて、居間に正座して、下を向いていた。

父の顔が見れない……

父も私の前に正座した。

「生活費の計算はしているのか?」
「ごめんさない…毎月はクレジットで…今回は、締め日を理解してなくて…、重なって、…それで……」
「……一緒に暮らしたほうが良いと思うんだが」
「でも……気を使って、病気が悪化してしまって……向こうの実家には、病気を伝えてなくて……」

顔があげられない。
2歳の娘は、いつも明るい父の姿に違和感を感じているのか、騒ぐことなく、私の側にずっとくっついていた。

「20万はある。払うこともできる。
でも、なんでお前だけ苦しい思いをしなくちゃいけない?」

私の目線に封筒を出してくれて、
怒るでもない。責めるでもない。
父の言葉に、顔をあげた。
父の顔は、いつもどおりの父だった。

「家族で過ごしているんだ。家族とはお前が一人で苦しんでなりたっていいものじゃない。夫も子どもも皆で作り上げていくものなんだよ。」

涙が止まらなかった。
こんな、駄目な娘で。
お金も稼げれない。
クレジットカードの締め日も知らない。
毎月お金を借りて。
まったく改善もされない娘に。

父の目には怒りも、軽蔑もなく、
ただ、憤りと悲しみだけがあった。

『私は、こんなにも愛されていたんだ。』

溢れ出た涙は、嗚咽と鼻水と一緒になって、もっと出てきた。

子どものように、父にすがりついて泣いた。

ごめんなさい。ごめんなさい。お父さん。

何度も何度も伝えたけど、嗚咽でうまく話せなかった。
父は「何を言ってるんだ」と笑いながら抱きしめてくれた。
私が落ち着くまでずっと抱きしめてくれた。

もう一度、正座し直しながら、父が目を拭っていた。
父を泣かしてしまった。
そう思いながらも、父は笑いながら話してくれた。

「お父さんが辛くて、苦しくて仕方がなかった時に、助けてくれた言葉をあげよう」

「今の苦しみも、悲しみも、必ず意味がある。あの時があったから今がある。と思えるときが必ずくる。」

「だから、また一緒に頑張ろう」

父の言葉に、また泣いた。
それから、直ぐに私は帰らなければいけなかった。
夫が家で一人で待っているから

「いつもありがとう父さん」
「向こうの実家にも今の現状を伝えることを推奨する」
「……善処します」
「絶対その方がいい。だって自分の息子だよ?親は助けたいよ。そりゃ。」
「…そうだね……ちょっと、相談してみるよ」


『愛されてない』なんて甘えた考えで生きてきて、私は父にこんなにも愛情を貰っていた事に気がついた。

なら、夫も本当は愛されていたのかな

そう思った。


それから、私は必死になってお金の勉強をした。

『クレジットカードの締め日すら知らないなんて、それこそ甘えだ!』

自分の心に響く言葉に「ごもっとも!!」と返しながら、副業について、お金についての勉強を始めた。



あとがきーーーーーー

思い出して書きながらボタボタ泣きそうになって危なかった…
鼻水すすってるのは、花粉症のせいにしておこう(笑)

現実、パートナーが病気で働けずお金の問題で困っている人は多く居ると思います。

精神病だけでなく、3大疾病と言われる病気でも、治療費医療費はただじゃない。
「最善の治療をさせたいのに、お金がない。」
「治るまで休ませてあげたいのに、お金がない」
家族の思いはいつだってパートナーを思っているのに、現実はそう簡単にはいかない。

保険って大事だなって思いました!🤤

子どもが成人することには、精神病にかかったら、毎月支払いがもらえる保険に入れようと思っています。
高そうだな…😂

父の言葉は今でも私の支えとなっています。

『家族で過ごしているんだ。家族皆で苦労していくんだ』

この言葉のおかげで、良い意味で、子どもにも苦労かけています。良い意味でね?本当だよ?(笑)

何より『こんな親の元に生んでごめんね』という罪悪感がなくなりました。

今、また夫の病気が悪化し、働けていませんが、ひとり親申請や、障害年金など申請して、親に頼らず生活できる基盤を作っています。

今後、ブログでためになることが書けていけれたらなと思っています。

需要あるかな?😂

いろんな事に手を出して見たいと思います!
目指せ!月給40万!!

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