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言われてみれば(ショートショート)

「店長、同じのをもう一杯頼む」
「かしこまりました」
 ここの店長は仕事が速い。流れるように働き、客に時間の経過を感じさせない。

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「さすが店長。店が混んでいるのに全然気にならない。一流の接客術だね」
「いえいえ、私なんてまだまだ未熟者で……」
「店長以外の凄腕は見たことがないよ」
 店長は顔を赤くしながら頭を下げ、俺の前から姿を消した。ほかの客のオーダーを取りに行ったようだ。
 
 すばらしい。
 効率の良い立ち回り、流動的に動く手足……どれも時間を全く無駄にしていない。

 はぁ~、とため息をつきながら俺は思う。店長のような部下が欲しかった、と。
 今日、部下が犯したミスは最悪だった。電車に乗り遅れて、得意先の会社を回る時間が少なくなってしまったのだ。
 結果、契約は一つしか取れなかった。

 時間を大切に考えないから、不測の事態に対処できないのだ。俺に同じ時間があったら、三倍の売上を稼ぎ出すことができるのに。
 世の中、時間がどれだけ大切か分からないヤツが多過ぎる。時間は止まらない。だったら、効率的に動き続けるのが一番時間を有効に活用していると、俺は常にそう思っている。

「どうしたんですか? さっきから時計ばかり見て。お連れさんでも待っているのですか?」
 店長が俺の顔を心配そうに見ていた。
「いや、違うよ。店長は時間を使うのがうまいなぁ、って感心していたんですよ」

 ありがとうございます、と言って店長はまた顔を赤くしながら微笑んだ。
 周りを見ると、客が少なくなってきたので俺は店長に続けて話しかけた。

「店長、この世で一番大切な物は時間だと思いませんか? どんな建物でも時間が経てば崩れやすくなり、どんな美少女でも時が経てば萎びたばあさんになる。時は確実に進むのだから。時間から逃げることはできないのなら、時を浪費せずに完璧に使わなければならないと思わないかい?」
「確かに、私もそう思います」

「そうだろう。だから俺も、常日頃から時間を完璧に使うように努力しているのさ」
「努力すると完璧に使えるようになるんでしょうか?」
「使えるようになるさ。俺のようにね」
「そうですか……でも、失礼ですが……お客様は時間をあまり大切に使っていないように見えるのですが……」

「えっ?」
時間を無駄にした? この俺が!?
店長は俺の目の前にあるテーブルに視線を落とした。


「お客様が注文したラーメン。時間が経って伸びてしまいましたよ」


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