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恋愛のことと心のこと 8

 雑談しながら約束していたテレビゲームをしながら時間を過ごした。話はほとんどゲームの内容に関するものになるので、会話は盛り上がりかなりほっとしていた。しかし、私がふと「そういえば彼さんって付き合った人はいないの、前話してくれるって言ってたじゃん」と言ったら空気が変わった。
 これは度々振っていた話題だった。私は彼と知り合った頃「付き合ったことがある人がいないけど、あなたは」と言っていたのだが、彼はそれに対して毎回「いつか話すよ」と言っていたのだった。私は「話すのがすごく嫌だったら聞かないけど」と言うと彼は「嫌なわけじゃないよ」と答えていたので私は彼の付き合っていた時に際しての「普通」が知りたくて度々聞くようにしていたのだった。
 その時はいつものようにごまかず、唐突に彼はリモコンを置き、テレビのボリュームを下げて私の方に向き直った。なんとなく不安になった。
「付き合ったことある人はいないんだ、俺容姿が悪いから」
 私は驚いた。まさか私だけでなく彼も誰とも付き合ったことがなかったとは、と思ったのだった。
「いや見た目悪いと思ったこと無いよ、私の基準だけど。そんな卑下しなくても」
「そんなことないよ」
 自分の感覚を否定されてしまったら何も言えない。
「でもだからよければ趣味も合うし、今まで会ってきた中で一番お綺麗だし、このへんではっきりさせなきゃいけないと思うんだけど」
「えっ、それはお付き合いのこと?」 
「うん」
 予想はついていたが、どぎまぎした。ここは私の部屋で二人きりなのである。
 そして私は彼に特別な「好き」的な感情を持っていない気がする。しかも私は彼が家にくるというその一日だけでこんなごちゃごちゃ考えてしまっている。恋人が家に来る、のドキドキのニュアンスとは違う気がする。なんだかあまりにもマイナスだ。私の性格のせいだろうか。でもこうして今まで頑張って一緒にいるようにして、話して、恋人になろうとしていることは確かだ。でも彼は「はやくお付き合いしたい」と考えているのだ。これまで随分待っただろう。また待たせてというのも失礼かもしれない。
 これをどう言えば伝わるだろうと、私は考えながらできる限りの言葉を選んだ。
「私は今も誰かを特別に考えるという特別な感情を持ったことはないし、今も申し訳ないけどあなたのことも今もそうは思えていない。でも付き合う対象と考えてくれるのはありがたいなと思う。結婚はしたいと思うからそういう私でもよければ少しずつ慣らしていきたいと思うからお願いしたいと思うが・・・・」
 自分の意見ははっきり言ったつもりだ。だが「付き合う」のをはねのけることも受け入れきることもできなかったので相手の判断に委ねる形にしてしまった。卑怯だな、それを今度こそ怒るかもしれない。そう思ったのもつかの間で彼はすぐに
「うん、じゃあ正式にということで決まりってことで」
と言った。
 私は、拍子抜けをしてしまった。それでいいのか。そして、気持ちがついていかなくてもこんなに簡単に「彼氏」という名目ができるものなのか。と唖然としてしまった。
 驚きの後すぐに今度はこの彼氏をちゃんと好きな人になれるといいんだが、と不安がよぎり、その場に流れる沈黙もなんとなく気まずい。変に意識してしまうのが嫌で音量を上げ、また変にはしゃいで相手に話しかけながらゲームを続けていた。


 しかし、ゲームに集中する余裕はあまり続かなかった。しばらくすると、突然この人は「ねえ、手、熱い?」と言って私のコントローラーを握る手に手を伸ばしてきた。
 その瞬間つい、彼のいる側とは反対に避けてしまった。
 彼は更に手を伸ばしていたけど、さらに遠くに避けた。
 彼は
「どうして逃げるの」
と不満そうに言った。
 私はぞっとしていた。予想はしていたものの、「もしも突然キスやそれ以上を〜」という可能性を強く意識した。でも彼にとってはきっと恋人にとってはそれだけのことなのだろう。でも私は言ったのに?このくらいのことだったらと思ったから?だが私にはただ反射的に「無理」だった。彼の気持ちを尊重しなければいけない、待ってもらっている彼を尊重しなければいけない。でも恋人として一緒にいるのにそれを求めているのは「無理」だ。私の体が「無理」だと全身で言っていた。例え結婚適齢期が過ぎていると世間で評されていようが、頭をはたかれたら痛いと思うようにすごく自然な「嫌だ」だった。そこに好奇心は少しも残らっていなかった。
「もともと人に触られるのが苦手だし、付き合ったこともないから免疫ないから正直怖い。もしいちゃいちゃとかしたいんだったら付き合うのやめてほしい、申し訳ないけど」
 残っていたのは彼を傷つけてしまっただろうかという罪悪感、それから折角できた「彼氏」がもうなくなるんだろうという漠然とした虚脱感だけだった。
そしてその彼の反応はいつもの
「え〜〜〜〜〜〜」
 だった。拍子抜けした私に彼は続けた。
「そういうのになったらいちゃいちゃするものじゃん、手を握ったりとか」
「いや、私が今の状態のままではそれは無理です」
「人前じゃなくても?」
「うん」
 論理とか、そういうものではなくこれが所謂「生理的なもの」だと思った。別に彼の容姿に何の不満もないのに私はそうだった。だから言葉は選びようがなく、明快だった。彼は
「うーん、じゃあ、まあ、しばらくしたらね。いいよ」
と言われた。
譲歩「してもらった」そう感じた。まだ「彼氏」は継続している。ほっとすると同時に「これが変わるのだろうか」と不安がよぎった。
 その出来事の後部屋にいても
「付き合ってよかったのだろうか」
「私の行動言動は正直に話したつもりだったけど相手を傷つけてしまっているだろうな」
「これから気持ちが変わるのだろうか」
「私の考え方っておかしいのだろうか」
  と、ずっと悶々とした気持ちを抱えたまま時間を過ごし、「別にいつまでも家にいられるよ、明日仕事遅いから」と言うその人を「私は仕事だからそろそろごめんね」と言った。時間を決めないと彼がいることを意識してしまい落ち着かなかったのだった。

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