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忽湧 7/11 「甘香」

Sさんより

Sさんは大学生のころ、オンボロで部屋の狭い、
最近では見かけないようなトイレが共有のアパートに住んでいた。
こう言ってはなんだが、Sさんの実家も貧乏だった
ので結構慣れっこだったらしい。
だが、一つだけ。隣に住んでいる男。
50代くらいの男性で、仏頂面。
この男だけがどうにもダメだったという。
別に騒音とか、態度が悪いとかではなく、
今では香害、というのだろうか。
部屋から香るやけに甘く、
頭痛のするような匂いがSさんにはどうしてもダメだった。

大家さんにもかけあったが、
「あの人はねぇ、特別だから。」
と、取り合ってもらえず。

しかも甘い匂いかするのは部屋からだけ。
こうなってしまっては直談判しかない。

Sさんが男の部屋のドアを叩こうとした時、呻き声が聞こえた。
それも非常に大きな。

前述した通り、Sさんは男の部屋からの匂いに辟易していたが、騒音などは今まで一度もなかった。

これは非常事態じゃないか?
Sさんはそう思い、すぐに階下の大家さんを呼びに行こうとした。

「ああ、大丈夫。虫虫!」

男だった。
どうやら虫が部屋に出て大慌てだったらしい。

そう、言っているのだが。

後ろから

「助けて」

と誰かが言っている。明らかに。

怖くなったSさんはそれ以上男に関わるのをやめた。

結局Sさんがアパートを出るまで、男の甘い匂いはアパートに漂っていた。

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