[恋愛小説] 1974年の早春ノート...9/八王子って、何処?
泉に生理が無く、妊娠を疑った二人は、近くの産婦人科医院へ行った。
電話帳で、女医の医院を探した。
幸い歩いて行ける所にあった。
緊張しながら産婦人科の玄関ドアを開け優樹が泉と中に入ると、待合室にいた妊婦達が皆優樹を見た。
ここは男の来る所じゃ無いのよ。
如何して来たのとその視線は語っていた。
とても居心地の悪い思いをしたが、しょうがない。
泉の大事なので、そんなことで怯んではいられないと思った。
受付を済ませ、待合室の隅でふたり黙って待っている。40分くらい待った。
看護婦「坂井泉さん」と呼ぶ。ふたり立ち上がり、診察室へ入る。
女医は中年の方でした。優樹は直ぐに外へだされたので、詳しいことは後で泉から聞いた。
診察台に上り、医師による検査だった。
結果は、陰性だった。
当時は現在のような、検査キットも無く、患者の様々な状況や症状で予測していた。
それを聞いて二人ホッとした。
それが正直な気持ちだった。
診察台に上るということが、とても耐えられなかったと語る泉に申し訳ない気持ちで一杯だった。
まだ自分たちに子供は早いと思う。今回の件で、余計に慎重な行動が大切だと痛感した。
数日後、遅れていた生理が来たと泉から電話で聞いた。
流石に、翌週末は一人でアパートで過ごした。
泉が来たのは、それから3週後だった。
前と同じような明るい表情に戻った泉を見て、ホッとした。
それにしても、受験までそんなに時間も無く、焦ってきたので、泉と相談して、暫く会うのを我慢しようと話し合った。
最後の入試は3月初旬なので、それまではふたりは我慢した。
時々電話で話すくらいだった。ここはふたりの試練だと思った。泉も分かってくれた。
1月末から、私大の入試が始まった。
最後の結果が出るのが3月中旬だった。
結果、滑り止めの工科大学の建築学科に引っかかるという、結果になった。自分の不甲斐なさに嫌気が差したが、そこへ行くことになった。
4ヶ月ぶりに、泉に逢いに水戸へ行った。電話で話してあったので、状況は泉も理解していた。
ふたりの問題は、その大学の場所だった。
新宿だと思っていた、それは1,2年は八王子市だと知った。思わず地図帳で探して、唖然とした。
勝田から水戸で特急に乗り換えても、片道3時間以上掛かる。今までの南柏のような訳にはいかない。
思わず、2浪しようかと思ったが、親はそれは出来ないと言う。
そこへ行くしか無かった。
銀杏坂の喫茶店へ行くと、泉が待っていた。
優樹「1,2年は八王子なんだよ。」
泉「八王子って何処なの?」
優樹「東京の西の外れ。」
泉「ここからどの位かかるの?」
優樹「特急で行っても3時間以上。」
泉「….。」
その日、水戸駅で別れは、今までと違い。重たい空気がふたりの上から、のしかかっていた。
それが、1976年3月の出来事だった。
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