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富山の年越しそば

私は富山在住ですが京都出身です。例年年末年始には実家の京都で過ごしているのですが、今回年末には帰らないことになりました(年始には帰る)。そこで思いました。
(せっかく富山で年末を過ごすのだから、年越しそばでも食べようかな。でもどうせどこの蕎麦屋も混むんだろうし家族連ればっかだろうし独り身で行くのも場にそぐわない気がするし、食べるとすれば自宅だろうな。そうだ、実家とは違う富山のそばを食べることにしよう。あれ?そういえば富山の年越しそばってどんなのだっけ?)
実家では、年越しそばといえば「にしん(鰊)そば」でした。逆に言うとにしんそばといえば年越しに食べるものであり、年末以外ににしんをそばに入れて食べるというのは聞いたことがありません。ですが実家の常識は他の家の非常識、ましてや京都ですから(実家は京都市ではないのですが)富山と違っていて当然のように思いました。

そこで富山のAさんに訊きました。Aさん曰く、「にしんそば?そばににしん入れるの?変わってるねえ、聞いたことない。富山の年越しそばは天ぷらそばだね。そばに天ぷらを乗っけて食べるの。」へえ、そうなのか。
続いてBさんにも訊きました。「富山の年越しそば?年越しそばっちゃあ、ただのそばかうどんでしょ。蒲鉾と葱くらいしか入れん、暖かいそば。ざるそばは暑い時期のもんでしょうし。どこの家でもそうだよ。」いや、Aさんと言っていることが違うんですけど。
そこでGoogleで「年越しそば 富山」と検索してみると、去年(2022年)NHK富山で放送された「大みそか 年越しそば 富山市の老舗のそば店にぎわう」という動画が引っかかる。そこには「天ぷらそばやにしんそばなどを手際よく提供」と言っていました・・・
って、富山でもにしんそばあるんじゃん!すそば(素蕎麦、ただのそば)が当たり前でもないんじゃん!

やっぱり、実家の常識は他の家の非常識、自分では当たり前と思っていたものがすぐ隣の人でも違うという証左ですね。「年越しそば」と聞いて浮かぶイメージが人によって異なるという。
なおWebでは、富山の蕎麦屋の広告で、ざるそばを表示しているところもありました。暖かいそばが常識、とも限らないようですね。
「そばかうどんかを選べる」というのも考えてみればよくわかりません。どうしてそばとうどんは同列なのでしょうか、しかも「当たり前」なものとして。そういえば、香川県では年越しそばと言いつつ出てくるのはうどん、という話も聞いたことがあります。

年越しそばの全国の傾向とか全然知りませんが、今の私の知識上では、富山の年越しそばといえば天ぷらそば/にしんそば/すそばの三つしかないようです。具材は天ぷらや蒲鉾などの単品で比較的シンプル、ラーメンに比べても具材は少なく(ラーメンを頼んで麺だけ出てきたらふつう驚くと思います)、糖尿病の私にとっては野菜が全然ないためちょっとためらうメニューです。
これが富山の食文化なのか、調べれば実はもっと種類があるのか、それとも全国にはやたら豪勢な年越しそばを食べる地域もあるのに富山はシンプルなのか、富山県でも呉東と呉西で違うのだろうか、など、いろいろ疑問が湧いてきます。

一方で、お雑煮は全国で違いがある、という研究はけっこうされているようです。最近受講した資料から引用します。

富山県東部のお雑煮は、すまし仕立てで、角餅、そして魚の入っている雑煮が多い。(中略)富山県西部のお雑煮は、鶏肉などの入った雑煮もあるが、シンプルで、、、餅とネギしかない。(中略)富山県や石川県の雑煮は、すまし仕立てという点では非関西的であり、特に富山県東部の雑煮は、魚が入るという点では、新潟県と類似している。(中略)
食材に注目すると、富山県西部から福井県にかけて、具材のほとんど入らない雑煮が続き、そのスタイルは滋賀県湖北地方や京都市の一部にも見て取れる。(中略)北陸の雑煮は、まさに真宗の信仰の影響を受けた精進雑煮であろうと言えるのではないだろうか。

日本海学講座「方言から見えてくる富山県の特徴」講師:中井精一の配布資料より

その話に沿うと、シンプルな年越しそばももしかすると精進仕立てなのかもしれません(でも天ぷらやにしんは精進仕立てとは違うか)。

いま隣にいる人も、雑煮や年越しそばの違う「当たり前」を持っているかもしれません。でも、違うからといって「ええ!? XXのXXなんて信じられない!XXはXXが当たり前だ!」と相手の文化を否定してはいけないと思います。それはどこか、「XXはもう古い、今はXXだ」というのと似ているのではないでしょうか。
大げさにいえば、他地域の文化、セクシャリティの差異、世代間の相違などを否定せず、そうなのかと受け入れ、あるいはお互い面白がっていくべきかと思います。

食文化や方言など、人の移動に伴い混濁し薄れていきます。それを憂(うれ)いで「新しく来た人はもとからある地元の習慣に倣うべきだ(郷に入らば郷に従え)」と主張するのも少し違うように思います。
もちろん食文化や方言などを残すべきと活動する人も応援したいのです、が、希薄化も逃れられぬと受け入れ、その上で、今できる範囲で調べて残していかなくてはいけないのでは、と思います。

とりあえず、年末には天ぷらそばにチャレンジしようかな、と思っています。

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