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2022/12/09 するとし過ぎる

 5時半起床。すでにエアコンがタイマーで入っているのに室温まぁまぁ寒い。弁当作る。

ポジション取りに失敗、隙間が。

 筑前煮、切り干し大根とキャベツのサラダ、だし巻き卵、冷食2つ。朝食はちくわともやしの炒めたもの、おにぎり(塩昆布)、りんご(早生ふじ)。
 昨日から急にハッとして、書いている。歌と句。エンジン自体かかっているようで、片づけものなどもはかどる。ごちゃごちゃのデスク周りすっきり。米の量が怪しいので買物か? と見ると今日の分ぐらいはある。ラッキー、と昼まで色々やる。
 午後も延々と同じことをしていた…はず。というのも集中するとし過ぎる体質で、気がついたら4時。その間もちゃんと昼も食べている。記憶はあるけれどどこか他人事のよう。ということでしっかり休憩。アップルデニッシュをじゅうじゅう音がするところまで温めてコーヒーとブレイク(見出し画像)。次は予定していた毛染めと爪の手入れ。

 面倒くさいけれどやれば目に見えてきれいになって、気分が良くなるのだからやらない手はない。私のこうした行動を人は女子力とか表現してくるけれど、不快そのもの。こういうことに男も女もない。自分が気分よく過ごすための行動をメタ方向や性差に持っていかないで欲しい。自分以外への見てくれの繕いやアピールとして見えるのは結果であって、そんなのどうでもいい。女子力という言葉は全て人間力という言葉で置き換えられる気がしてならないのだけどどうだろう。

 とか思いつつ、最速でやる。現代人というのは面倒くさいもの。中身は老成していないのにどんどん白髪は出てくる。しかも今はまだまばらだから、なにもしないでおくと鬼婆じみていけない。3ヶ月ほど染めずに放置したらあまりに汚くて断念した。結局今流行のグレージュヘアなるものも、選ばれし民のものなのだ。私のものではないことは確か。なので、私は毛染めをする。

 毛染めは今回リタッチのみなのですぐ終了。乾かしてからネイル。まずカットしたり土台を整えてから、手はいつものとおりで足は見えないのではっちゃける。星を飛ばして良い気分。今は道具がたくさん売られているからすごく便利になった。私がやり始めた頃はろくに道具がなくて試行錯誤の連続だった。

 その後楽器の練習。新しく行くようになった楽器屋さんで勧められたオイルは素晴らしく良い。なぜ早くこうしなかったのか、と思う。演奏にまつわるストレスが減って、早いパッセージがやりやすくなった。やりにくいことに慣れていたから、出来ることに慣れない。悲鳴(うれしいやつ)を上げたい心地。
 練習していて思うのは、楽譜が読めるということはどういうことか、ということ。私はもちろん楽譜は読めるんだけど、楽器を演奏する時の「読む」はちょっと脳みその使う部分が違うんじゃ? と思っている。普通に読むのと読みつつ音にして実現させるのは違う能力のような気がする。オットと息子1はそこの能力に長けていて見るなり出来る。私はそこが若干弱いような気がするのだ。でも楽譜は書けるし、人には教えられるのだから読めてないわけはない。まあわかったからと言って何の足しにもならないのだけれど、新しい真理を見つけたような気がしている。
 練習の方は、やればやるほど不足が目につく。自分が楽しくやれるレベルに達していない。精進あるのみ。

 その後部屋を掃除。フル稼働になってしまったけれど、出来た。出来たということはこの時間配分もアリということ。こんな配分は出来ないと思っていたけれど、ここしばらくの間に蓄積した事実誤認だったということだろう。少しずつ是正して社会復帰していきたいところ。しかしこんなにやったのに、やりたい分量に届かなかった。なぜ、と思うも慌てずに行かねば、とも思う。

 毛染めのついでにシャワーを浴びたのでお風呂は省略。夜、少しぞくぞくする。疲れすぎかまた先日来の症状がぶり返したのか。三十六計逃げるに如かず、寝るに如かずだ、と寝る。11時半。

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