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ビデオ試写室を享受せよ

近所にビデオ試写室があった。
国道沿いのいわゆる個室ビデオ、なんだけど今日は敢えてビデオ試写室と言いたい。決して今風ではない昔ながらの個人経営店的な構えで、ブルーレイ・ディスクは何者だと言った風格。俺のいつもの散歩ルートからは外れるが、遠くまで足を延ばす大散歩のときにはちょっとの休憩がてら冷やかしに覗いてみたこともあった。店内にはVHSもそれなりに置いてあって、DVDは初代恵比寿マスカッツのメンバーの作品が主力、新作は長らく入荷してないような印象だった。

そもそも個室ビデオとはなんたるか。それはネットカフェとレンタルビデオ店の複合施設であります。アダルト寄りの。入店するとDVDを数本選んで個室を案内される。シコリのホスピタリティが極限まで高められた個室であとは勝手にどうぞ、といった感じなのであります。ハライチ澤部がよく個室ビデオの話をしているので行ったことがなくても知ってる人は多いと思います。

ビデオ試写室は性欲渦巻く空間だった。歓楽街のようなアッパー系の欲ではなく、幽霊船のように行き場をなくした欲が放出、廃棄されるために漂っている。その雰囲気は店外にも漏れ出ている。賑わっていないが強いパワーたちがボソボソ暴れている。そこではこれまで数え切れないほどの射精が行われてきて、その数億倍の精子が死んだだろう。迷い精子たちよ。

『ドラゴンボール』の「気」や『HUNTER × HUNTER』の「オーラ」といったような概念がある。ジャンプ漫画で度々用いられるこのような生命エネルギーはキャラクターの強さのリソースの尺度として発明された。これらのほとんどは生きようとする力で未来に向けたパワーだ。現実にもこれはあると思っていて、風俗街やラブホテルにあるいかがわしい雰囲気の中にいるとき「気(ジャンプのエネルギー概念の総称として)が濃いな…」とひっそり思っている。性欲に限らず、スポーツ観戦をする人たちの熱狂とかバラエティ番組のギラギラした空気にもその“気”を感じることがある。スピっちゃってるかもしれないけど、気はありまぁす。気功とかとは別の話で。

呪術廻戦 第1話「両面宿儺」

『呪術廻戦』の「呪い」は、そんな気と同じ役割を持って作中に登場するが、由来は真逆に近い。「呪い」は負の感情で、過去に向いたエネルギーだ。あのビデオ試写室には、この「呪い」が確かにあったと思う。空気が澱んでいて、静かなのに五月蝿い、腐敗したムード。マイナスの気が溜まっていた。断っておきたいのは、ここで言う「呪い」は負のものであっても、悪ではないということです。

ビデオ試写室はフィットネスジムになっていた。

いつ閉店したのか、改装が行われていたことも知らなかった。そこはかつての寂れた雰囲気とは一転して新しいフィットネスジムだった。ボロボロで雑草の生えきった駐車場は綺麗に整美されて、そこにはもう見る影は無い。試写室はなくなってしまった。それが怖かった。あんなに呪いを発していた空間がまっさらに塗り替えられることが怖かった。あの過去を知る人たち以外にはあの呪いが知らされないことが怖かった。俺が「気が濃いな…」と思ったのは先入観ありきで、個人的な世界の範疇を出ない概念であることに気づいて、それを孤独に思った。でもまだ俺の世界ではこの場所にはかつての呪いは残っていて変わってない。その呪いを祓うとするなら、試写室のことを忘れないことだ。そもそも呪いなんてないのに、それを祓うために忘れないなんて自分でも変だと思うけど、忘れたくない。周囲の人間の記憶からは消えてしまったけど主人公だけは覚えてるアイツのこと、みたいだね。俺にとってはそれがビデオ試写室なんだね。

ファミレスを享受せよ

『ファミレスを享受せよ』をプレイした。
夜にファミレスへ出かけたところ、永遠のファミレス「ムーンパレス」に迷い込んでしまう。テキストADV。夜中のファミレスの永遠に間延びしたような雰囲気が、文字通り永遠に続く。そもそものファミレスにあるSF的な永遠の空気感をそのままパッケージングしたようだった。ムーンパレスには同じように迷い込んだ先客たちがいて、そいつらと永遠の時間を溶かすように雑談したり、どうにか脱出できないか試行錯誤したり半ば諦めてたりする。中でも好きだったのがガラスパンさんでした。

ガラスパンさん

ムーンパレスの中でも古株でダウナーなお姉さん。台詞回しがいちいちイカす。タイトル回収もする。元の世界では家電のデザイナーをしていたようで、彼女が語る作り手の哲学がとても印象的だった。理解なんていらない、個人の世界を共有してくれたみたいでうれしかった。これこそファミレス。

前も言ったかもだけど、掃除機とかのデザインをしていてさ…
きっと君も使っている掃除機のデザイナーが誰かとか気にしたことないよね?
それが逆に好きだったんだよ 意識されないところが…
特に意識もされずに世界に馴染んでいる…
そういうものを作っているのがなんだか誇らしかったんだ…
いま、わたしの頭の中には厳選された14の掃除機のアイデアがある

ガラスパンさん

2時間程でプレイできると思うので、是非プレイしてみてね。
あと一緒にファミレスに行こう。何時間でも話そう。ドリンクバーだってあるし

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