家主の亡霊【旅先ショート④】
今回の舞台は、静岡県掛川市加茂荘花鳥園
咲夜はこの道10年のオカルトライターだ。今日は静岡県掛川市で有名な心霊スポット「高天神城」についての記事を書くために、名古屋の実家から、掛川市にやってきた。
咲夜は誰も知らない心霊スポットを見つけ出し、自分が第一人者になることが仕事のやりがいを感じている。これまでに無数の心霊スポットを開拓した。その中には、最近ホラー映画化された場所だってあるから、オカルトライターという仕事に誇りを持って取り組んでいる。実績があるから、どこか自信過剰でプライドが高いくなってしまうのは、仕方がないのだと割り切っている。
今日は、夜の高天神城の散策の前に、加茂荘花鳥園という場所を訪れた。時刻はまもなく17時。少し到着がギリギリになってしまった。
「すいません、大人一人でお願いします」
「はい、550円です」
咲夜は事前準備していた1000円札を渡した。たまたま取り出したお札が新札だったので、少し勿体無く思ったが、ここがアタリならいくらでもお金は手に入る。新札を取り戻そうとして伸ばしていた手を、少し遅れて引っ込めた。
「お釣りと入場券です。見学可能時間は残り1時間しかありませんが、大丈夫でしょうか? 特にお屋敷の方は……」
「いえ、全然構いません。ありがとうございます」
咲夜は受付のおばさんの話を最後まで聞かないまま、一目散にお屋敷を目指した。
閉園間際の園内は、咲夜以外の客がいなかった。周りは里山に囲まれ、中心にある大きな池は夕日を反射して不気味な雰囲気を漂わせている。夕方になり再び始まった蝉時雨も良いエッセンスとなっていた。
「ここが庄屋屋敷......」
事前情報だと、花鳥園の中にある庄屋屋敷は、江戸時代中期に建てられたお屋敷で、金貸しを営んでいた江戸時代末期に計り知れない借金を背負っていた家主の家なのだと言う。今は一般に開放されていて中を散策できるらしい。
咲夜はここに霊がいると確信していた。
薄暗いお屋敷や庭園の全部が輝いて見える。 映画化までの道のりが完全に見えた。
「待ってろ……」
咲夜は、慎重に屋敷の中へ足を踏み入れた。
お屋敷の中は、全くと言っていいほど人気がない。真っ暗な心霊スポットよりもこんな雰囲気が良いんだと、咲夜は期待を寄せた。
入口の横には、A4の地図が置いてあるのだが、暗くて地図は当てにならない。咲夜が手探りでお屋敷を散策しようと靴を脱いだ瞬間、どこかたるんでいた空気が一気に張りつめる。咲夜がその変化を逃すわけもない。少しの恐怖と大きなワクワクを胸に押し込んで辺りを見回した。
(こい!)
長年の感ですぐに震源地を突き止めた。奥の通路に何かの気配を感じてすぐに臨戦態勢を取る。少し遅れて体が震え始めた。この震えがビビりを原因としているのか、武者震いなのかは未だに分からない。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
咲夜は思い切って声を掛けた。
「まだお客さんがいらしたのですね……驚かせてしまって申し訳ない」
こんなにも思い通りに進んでいいものかと、流石の咲夜も困惑した。奥の通路から、鼠色の和服を着た男性が目の前に現れる。身長は小さめで小太り。顔に何重もの皺が敷かれていて、明らかに時代感が違う。
咲夜は「アタリ」だと確信した。
「……あなたはここの屋敷の家主ですか?」
「そうですが……もうお帰りになられますか?」
「いえ、中を散策するつもりですが、ダメでしょうか……」
「今から散策ですか……では、私が案内しますので、できれば早く帰っていただきたい」
「それで構いません。では、お願いします」
流石の咲夜もここまで霊と話したことはない。もちろん霊的な何かに出会うなんて日常茶飯事ではあるものの、こんなチャンスはめったにない。命に代えても従うしかないと思った。咲夜は、命の危機をまるで感じ取れていなかった。きっと職業病だ。
「では手短に、こちらへどうぞ」
家主は、履いていた下駄を脱いで畳へ上がる。特に何も言われてなかったが、咲夜もそれに倣うようにサンダルを脱いで畳に上がった。
咲夜は、家主の霊に好感を抱いていた。意外と丁寧に説明してくれて、この屋敷の歴史や外観をよく知ることが出来た。中は迷路のように通路が通っていて、一人じゃ迷っていたかもしれない。咲夜はこのままあの世に連れていかれないように願った。
屋敷の最奥だろう中庭にたどり着き、潮時だと思った咲夜は、好奇心のままに疑問をぶつけた。
「夜この屋敷に入ったらどうなりますか?」
「そうですね……私の逆鱗に触れるかもしれませんよ。ここは私のような老いぼれが暮らす場所ですから……」
家主は含みのある笑みを浮かべて咲夜を見た。異界へ招かれつつあると悟った咲夜は、この辺で切り上げることにした。
「もう大丈夫です。私はここで失礼します。案内してくれてありがとうございました」
「そうですか……私はもう少し池を見ていくことにします。ここには時々カワセミが来るんです。昔から変わりません」
「そ、そうなんですね。では失礼します」
(昔っていつだ……早く逃げよう)
咲夜は足早に家主から遠ざかった。慌てて首から下げていた携帯を開き、家主の霊を写真に収める。影の少しでも映ってくれればいいと一枚だけ撮って屋敷を出た。家主は最後に少しだけこっちを振り返る。少しだけ着物がはだけていて、白いTシャツが見え隠れしていた。
「はぁ……はぁ……」
咲夜は十分な収穫を手に入れた。より深まったヒグラシの鳴き声に、背中をくすぐられたので、早くこの場を離れようと入口へ戻った。
入口には、変わらず受付のおばちゃん座っている。咲夜は今起きた出来事を話そうと近づいた。
「あの……ここって心霊スポットとかで有名だったりしますか?」
「そうですね……そんな話は無いと思いますが……」
「俺、見ちゃったんです。あの屋敷の主だろう霊を」
受付のおばちゃんはなんだか難しそうな顔をして黙ってしまった。この名家の闇に触れてしまったのか。このまま地下牢に連れていかれるかもしれないと咲夜は思った。
「そうですか、それは鼠色の和服を着た身長小さめの……」
「それです。それを見たんです。しかも話もしたんです!」
咲夜は、あそこまで踏み込んだ自分を褒めて欲しいと思った。オカルトライターの人間にしかできない勇気ある行動に誇らしくなった。
「それは確かに屋敷の家主だと思います」
受付のおばちゃんもそれに賛同した。
「そ、そうですよね。俺オカルトライターやってるんですけど、もう少し話を聞けませんか?」
「お、オカルトですか?」
「はい、幽霊とか、霊とかそういう奴を追ってるんです」
「あの、だからそういう話は無いって……」
「え? でも家主の霊がいるんですよね?」
受付のおばちゃんは大きなため息を一息ついて、顔を上げた。
「だから、あの人は幽霊じゃありませんよ」
咲夜は今の状況を飲み込めなかった。だって、あの霊は……
「そんなわけないじゃないですか。だって、あのおじいさん、俺のこと脅したんですよ。夜までいたら逆鱗に触れるとか、早く帰ってくれとか……」
受付のおばちゃんは急に笑い出して、身に着けていた腕時計を指さした。
「それはそうです。当主は今でもあそこのお屋敷で暮らしているのですから。それに、脅されたっていうのも、見学時間を過ぎていたんじゃないでしょうか?」
咲夜は理解が追い付かなかった。見学できるように解放されているのに住んでいる? それにここの営業時間は18時まで、何も罪なんて犯していない。
「す、住んでいるんですか?」
「ええそうです」
「で、でも俺は見学時間を守っています。脅される何って事は無いと思いますが……」
「お客さん……私の話も聞かずに行ってしまいましたから。あそこの庄屋屋敷は園内よりも早く営業時間を終えるんですよ」
「そ、そんなぁ――」
咲夜は恥ずかしくてその場から駆け足で去った。
車に戻って写真を見てみると、家主の霊はこっちを見てピースをしていた。そんなの霊であるはずがなかった。
凄腕オカルトライター咲夜の負けである。
「というか普通にTシャツ来てたじゃん……なんで着物なんて羽織ってるんだ、紛らわしい」
恥ずかしい思いをしてしまった咲夜だったが、この失敗を糧に最高のオカルトライターになってやるのだと改めて心に誓った。
家主さんは想像でフィクションです。
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