蛍(もどき)で賑わう
野望 No.83 「蛍を見る」
私達は多分蛍を見た。
幼少期に毎年家族でみた蛍の幻想的な美しさが忘れられず、大人になった今あの原風景の美しさに浸りたいと蛍を探しに出かけた。
私と友人は蛍に関しての土地勘はあまりなく、ネットを頼りに目撃情報を調べ、蛍を見る場所を決めた。
さらに調べてみると午後19時頃から蛍は暗闇を漂いはじめ、20時頃にピークを迎えると21時頃まで灯りをともしつづけるそう。
仕事終わり、到着したのは21時前。
さらに言えば蛍の見頃は7月上旬まで。
時間としても、時期としても、蛍も終わりかけの頃である。
到着すると私達は怯んだ。
手をのばす距離さえ見えない暗闇。
夏の夜とはいえ、当たり前のことながら山の中は暗かった。
特に私は蛍を見る場所に至るまで、弱音と不安をずっと口にしていた。
おばけ、虫、そして暗闇が大の苦手。
山道はすっかり暗く、街灯もぼんやり心もとない。
「大丈夫かな、歩けんかな。」
「めちゃくちゃ暗いからもう無理かな。」
「もうその辺りにたまたま都合よく蛍おらんかな。」
私からやりたいと言ったのに、運転してくれる友人にやっぱり無理かもの連続。
なんと失礼極まりない。
それでも適当に流し、もくもくと運転する友人。さすがである。
彼女とでなければ多分来られなかったし、彼女でなければ空気が悪くなるくらいきっとうんざりされていた。
到着すると怯えながら30m先にある池に向かった。
これが池からみた景色である。
彼女の腕を掴み、二人で懐中電灯片手に歩いた。
もはや肝試し。
ウシガエルの鳴き声が響き渡っていた。
山生まれ、山育ち、田舎暮らしであった私は暗闇や虫こそ苦手であったが、これがカエルの鳴き声であることはすぐにわかった。
一方、街育ちの彼女は聞き慣れぬ低音に驚く。
しかし本当はドキドキしていた彼女よりもずっと情けなく怯える私をみて、彼女は怖さも和らいだらしい。
「あそこが光ってる?」
「とりあえずそこの水辺まで行こう」
「そこの建物まで行ってみようよ」
「あの木の下があやしいからあそこまで行って終わりにしよう」
全身が強張り力む私を、スモールステップで少しずつ導く彼女。実に見事である。そうしてたどり着いた木の根元。
池まで目下約5m。うっすら光る3粒の光。
粒という表現がぴったりなほど、小さくぼんやり点滅しているように見えた。
お互いの見え方を確認すると、確かに同じ場所で同じ数、かすかに光ものがあった。
ヘッドライトを照らし、光る場所を撮影する。
やはり明るくしては蛍はとらえられない。
この蛍らしきものを目に焼き付ける。
※肉眼でみたイメージ画像
「あれは蛍だったよね、多分。」
「絶対蛍だよね、雰囲気。」
「池の淵だったよね、光っぽいの」
なんと煮えきらない会話か。
しかし暗闇の中勇気を出して友人とふたり蛍を見に行ったことに価値があり、蛍らしきものまで見られた今、心はすっかり賑わっていた。
帰り道山道を下る車が2台通りかかり、そのうち1台が私達が車を停めていた駐車場に停車した。
暗闇、そしておばけに虫、その緊張感に上乗せされて、見知らぬ人影。心拍数が上がりふたりして小さな声で「せーの」と言いながら手早く車に乗り込んだ。
結論からいえば恐らく怪しい人物ではなく、公園の管理人が施錠の確認にきたといったところ。
甚だ勘違いではあるが、車に乗り込み急いで発進するとふたりして笑った。
様々な恐怖と出会った今夜、次に蛍を見るときは、地域の「蛍鑑賞会」に参加しよう。ふたりして車で決意した。
蛍なのか、蛍もどきか。真相は闇の中。
今夜のことをいつまでも覚えていたい。