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〔掌編小説〕ハッピーアイスクリーム



 とおり雨って、なんでこんなに予想できないんだろう。天気予報、歴史が浅いわけでもなかろうに、もうちょっと進化してても良いと思うんだけど。昨日までの猛暑は予測できていたのに、蒸していて湿度100パーセントの今日、古びた商店の入り口の小さな軒下で誰かを雨宿りさせるような状況は、やはり好ましくない、と思う。
 お気に入りのアウターをバサバサとふって、ついた水滴を軽く払う。撥水スプレーを吹きかけたばかりだったから、想像より簡単に水気が落ちた。顔を拭うためにハンカチを取り出そうと手を突っ込んだポケットの中で、小さな紙が指先に触れる。店名も電話番号もない、金額だけが書かれたレシート。手の中で濡れてしまって、450円の文字が少し滲んでいた。

 日曜日に行った喫茶店。前日から始まったばかりの暑さに、たっぷりと氷が入った水出しコーヒーは格別だった。コーヒーは水分補給にならないとよく聞くけれど、汗が滲むような日、純銅のコップに入れられてキンキンに冷えたそれを飲むのは、やはり最高としか言いようがなかった。
 窓の外で犬と散歩している子どもを横目に、少し硬い木の椅子に座って過ごす束の間の独りは、心を落ち着かせる暇を与えてくれた。会ったらなんて言おうか、席についたら服の首元をパタパタさせて暑さをアピールするんだろうな、そしてテーブルに軽く膝をつき、向かい合って相手を見つめる時間に、幸せ以外の名前がつくだろうか。
 からん、と音が鳴った入り口に息を切らした姿を確認して、アイスコーヒーをふたつ注文した。

 あの時、後日ね、と言ったハッピーアイスクリーム。まだ次の待ち合わせの約束していなかったのを思い出して、乾きはじめた道路を差し置いてメッセージを入力した。

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