見出し画像

光の名を冠して、ぼくの。

新しい靴を履く君を遠くからずっと眺めている。また君も私を置いてずっととおくへ、行って行って行ってしまうのですね。光を、放つ、いや君そのものが光で、私はそれを地の底から見つめて、手を伸ばして、縋り付く、それは空を掠めて、届きはしないのは明白だった。掠めた手は誰に握られることなく、朽ちて灰になっていく。私はそれをかき集めて、抱きしめている。

おまえは面影を追い続けている?という問い対する答えはYESに程近い。いるはずのない街に君のにせものを見る。シャワーを頭から被り水浸しになりながらいまだおぼろげにならない鮮明な記憶を反芻している。もう戻らないものを想うことに何の意味があるのだと問おう。もはや初めから手に入れてもいないくせに!と穴の底から声がして無数の手が這い出る。それをかき消すために耳を塞ぎ、目を瞑る。火をつけたマッチを穴に投げ入れる。叫び声が塞いだ耳越しに聞こえ、あとは静寂が残る。スカートが揺れて、紫煙も揺れる。髪が伸びる、爪を噛む。私はそれを許せないまま、おまじないをかけつづける。すべて、忘れる、すべて、忘れる、すべて、忘れる。

君の世界が瓦解していく様を直視できなくてよかった。一度死んで、生き返った君の瞳は星みたくきれいで、ああ私が生きているうちに金輪際、きみと視線が合うことはありませんようにと心から願わせてくれた。君のために生きるなど、私には到底できはしないのです。今は何を見ていますか。私と同じ景色など絶対に見ないでください。そう、祈ります。

変容できることが人間であることにおいて唯一の救いである。傷ができ、治り、醜いものは美しく、美しいものは醜く、正しいものは間違いに、間違いは正しいものに、それが生きるというゲームのルールだ。変容できるからこそ人間は忘れ、忘却の上でまた生活をしていく。きっと私も生活を続けていたら、いつか君を忘れてしまうでしょうね。私たちにはただ記憶が汚れて消える瞬間を見ていることしかできないのだから。そして君も私のことを忘れてしまう。幸福になって、不幸になって、断崖をものすごいスピードで転がるような生において、それは至極当たり前のことだから許してね、そうして君も許されてね。

また季節が変わるよ。今、どこで何をしていますか。何を見て、何を聞いていますか。心はやわらかいままですか。間違っていても正しくても、君を想っています。花の香で気が触れそうになりながら、小さな町で呼吸をしている。私はずっと祈り続けています、君がずっと光であることを。君がずっと幸福であること。君がずっと私を見ないこと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?