介護
合理的な社会において、介護会社を経営しているという彼は、そのメガネを通してみた世界の破片を私に伝えてくれた。
うさぎ
朝起きると、うさぎが冷たくなっていた。
東京のペットショップで8000円で夫に買い与えられたうさぎが4861日生きて、2023年1月21日に亡くなった。
つまり13年3ヶ月と21日を一緒に過ごし、4万円で焼かれて骨になった。
「うさぎでこんなに長生きした子の葬儀は初めてです。
多いのが7、8年。
2年のうさぎもいましたよ。
骨がしっかり残るのは、栄養状態が良かったからで、ほら、小さな指の骨まで残ってます。
ここは腰骨、背骨、頭蓋骨、歯もきれいですね。
最後は介護でしたか。
おつかれさまでした。
大変でしたか?」
そうやって、黒のネクタイが少し曲がった柔和な移動式の葬儀屋は、一つ一つ解説をしてくれた。
ペットの死に対して、飼い主を責めない言い回しに私は安堵する。
骨になるまでの40分間、北の丸公園を散策する。
一緒に遊んだことが何度もある思い出の場所に、今日もまた来れてとても嬉しい。
天気が良くて、水辺に鴨、空には小さな小鳥、犬を散歩している人が賑やかに過ごしている。
モグラ塚の下にモグラは本当にいるのだろうか。
白鷺がカラスのそばで休んでいる。
鳥のサイズが大きいとカラスも追い払ったりはしないんだな。
1月なのに銀杏やどんぐりを見つけて、赤や青の木の実も拾う。
この場所は生で埋め尽くされていて、いい。
死の前日
左腕が癌になったうさぎの世話を、私はしていた。
ヒトも哺乳類だから、辿る道に違いは少ないはずだ。
だからいずれ来る日のために記録しておこうと思う。
寝たきりになると、排泄はダダ漏れになる。
起き上がっても筋力が低下しているからか、ちょっとの段差が登れなくなり、つまずく。
うさぎ用のトイレに上がることができなくなってからは、ペットシーツを敷き詰めてバリアフリーにした。
動く気力がなくなると、柔らかくて密度の高い毛が糞尿でじっとり濡れた。
*
2日後にあるFPの試験問題に目を通す。
あたたかくてふわふわで、すぐにパタリと倒れてしまううさぎを撫でた。
相続の章の問題を解きながら思う。
親族、子ども。死。遺言。控除。法定割合。
やっぱりヒトは動けなくなるから、その時のためにお金が必要みたいだ。
保険の章を読む。
生命保険、医療保険、入院したらもらえるお金の計算。
子どもからの介護を期待できなかったら、他人の力を借りるためにお金を頼らざるを得ない。
尤も、遺産があるから子どもが介護する気になるのかもしれないけれど、介護というものは何かを生み出しているわけではないから、余剰がないとできない。
今、夫が私を養っているからうさぎの介護ができるのであって、私という余剰の活用方法としては良い。
家庭内の余剰が介護や子育てで消化されるのは、なかなか良い使われ方だと思う。
*
入浴介護
トイレができなくなったうさぎを洗面台で洗おうとしたら大暴れして大変だったから、一緒に浴槽に浸かることにした。
基本的に水に濡らしてはいけない生き物だけれど、衛生が保てなくなったからしかたない。
ヒトには少し熱いくらいの温度に設定して、半身が浸かる程度に湯を張る。
私が抵抗なく濁った水に一緒に浸かれたのは、その個体を愛していたからだ。
うさぎはぺろぺろと私の手を舐めた。
濡れた高齢うさぎは貧相で、背骨が薄い皮から浮き出ているのがわかる。
大きくて閉じることのできない眼の、ガビガビになった目ヤニを流してあげる。
軽くて小さいから、お風呂に入れてあげるのはとても楽だ。人だと簡単にはいかないだろう。
濡れた毛を優しく絞ってタオルに包む。
静かにドライヤーの風に当たってくれるのは、動く元気すらないからなのかもしれない。
鳥の手羽先みたいになった下半身が、またフワフワに戻っていく。
13年前は小さくて赤ちゃんだったうさぎが、あっという間におばあちゃんになった。
一生の時間を貰ったことに感謝する。
動物はヒトと異なった時間軸で生きているから、学ぶことも多い。
癌
繁殖予定がないメスのうさぎは、子宮をとっておかないとガンになって亡くなりやすい。
だから飼ってすぐに開腹手術で避妊したら、飼育本に記載されているよりも長生きした。
網のケージではなく絨毯の方が足腰に負担がかからなそうだし、多少遊んだり動けるように犬用のサークルの中で飼った。
食事は年齢に応じて適切なフードを買い替えて与え、おやつや齧り木も欠かせない。
若い頃はエン麦やバナナが好きで、高カロリーが胃腸の負担になってからは毛玉排泄用にパパイヤやパイナップルを与えた。
長毛種だからすぐに毛が絡んだし、年に2回の換毛期時は人用のハサミで刈る必要があった。
うさぎにハサミは相性が悪いけれど、この個体は使わないと皮膚病を起こしそうなくらいにフェルト状に換毛した。
異変が見つかったのは去年の12月5日だ。
毛刈りをする際に肩から肉が見えていて、皮膚病だと思ってすぐに専門医に連れて行った。
ガンだと診断された。
あぁ、ガンかぁ。
ガンになる年齢まで生きたんだなぁと思った。
高齢で手術には耐えられないから、見守るしかない。
癌や病気は、個体の年齢で納得感がうまれるのが不思議だ。
痛み止めをもらって1万円を払う。
良心的なお医者さんだ。
それから毎日薬を飲ませたり、ヘアカット、お風呂に入れてあげて過ごした。
2時間くらいかかる。
日に日に弱り、ケージにもたれかかるのが日常になっていく。
自力では起き上がれなくて、1日に何度も手を貸す。
お水を口元まで運んであげるとごくごく飲んだ。
癌になった腕から先は日を追うごとに完全に硬直していき、人の手で体勢を整えてあげると3本脚でフラフラ立った。
したくてもできない、身体が思うように動かないという経験は、病気や妊娠をしないと実感できない。
それがどれくらい面倒くさくて気力を奪うかは、若くて元気なうちはあまり想像ができなかった。
同種のいないケージの中でヨロヨロと死を待つうさぎが可哀想と感じる気持ちと、
食物連鎖の底辺に属する生き物が野生の世界では絶対に生きられない年齢まで生きたという事実がぶつかって、
私を妙に納得させた。
老いと死は別物だからであり、老いる前に亡くなることを前提に生物は設計されているはずだ。
老いることができるまで生きるということは、すごい。
癌は、もうすぐ訪れるであろう死に対する心の準備時間をくれる。
介護
私の88歳のおばあちゃんは認知症だ。
介護は私の親がしているが、「親だから」と自ら引き取っている。
時々電話で認知症の酷さを報告される。
できることより、できなくなっていくことの方が多い。
覚えることより、忘れるスピードの方がはやい。
本人と介護をする人でみえている世界が違うから、会話が噛み合わなくて精神が疲弊する。
私の親は50代だが、外と接していないからか本人も思考が鈍ってきた。
心配だから、時々様子を見に行く。
私の一つ下の弟は、親とおばあちゃんと同居している。
きっと、そうなのだと思う。
介護が終わるのは明日かもしれないけれど、20年後かもしれない。
うさぎを大切にお世話ができたのは、終わりが見えていたからだと思う。
介護した期間は、たった2ヶ月だった。
私は人の介護を穏やかに全うできるだろうか。
当日
朝起きて、いつものようにうさぎにご飯とお水のお世話をしようとしたら、そこにうさぎは居なかった。
一晩で、まるで精巧なぬいぐるみになってしまっていた。
昨日と同じ日常が来るのかと思っていたけれど、あっけなく目から光が無くなっていたことに動揺する。
本当は寝てるだけじゃないのかと思って何度か撫でてみたけれど、明らかに違う肉の柔らかさと無反応が、もう生きていないことを理解させた。
亡くなってしまったうさぎを抱えて、あたたかいお湯につけた。
あたためても、不思議なほどに固い。
そうか。死後硬直は、体温が下がるから起こるわけではなかった。
普段食べているお肉との違いを知る。
うさぎはニワトリと白身魚の中間みたいな味がすることは知っている。
剥製の作り方も、ラビットファーの取り方も動画でみたことがある。
けれど、この個体は私にとって特別だ。
動物はうまれた場所でその個体の運命が大きく異なる。
私も動物だから、面白いなぁと思う。
花を棺に敷き詰めて、火葬という儀式をする。
末期の水、迷子にならないようにする数珠、落雁。
箸渡し。
一つ一つに意味があって、儀式は納得感に繋がる。
うさぎにとっては昨日と同じ、少しずつ体調が悪くなる一方の日常が終わったのだ。
おつかれさまでした。
最後まで頑張ったね。
おまけ いそがしいこと
うさぎが亡くなったと知った時、私は泣けなかった。
手のかかる4歳の子はとても泣いていて、
中学受験真っ只中の子は感情を表に出してはいない。
夫はぼんやり立っていて、じわじわ泣いている。
けれど、うさぎの1番そばにいて、1番世話をして、1番可愛がったはずの私は、全く泣けなかった。
30分後に何も知らない家庭教師が家に来る。
亡くなったうさぎと同室で先生にご指導いただく事態を避けるために、慌ただしく動かなければならない。
子どもにご飯を食べさせなければいけないし、オムツを取り替えて、ゴミを捨てなければいけない。
うさぎのケージの処理、先生へのお茶出し。
亡骸を綺麗にしてあげたいし、葬儀屋への連絡も必要だ。
洗い物や洗濯だって溜まってるし、明日はFPの試験日だ。
もっと細かなやらなければいけないことリストが、優先順位をつけて頭の中を駆け巡る。
ぼんやりすると感情にのまれてしまうから、忙しくするのはとてもいい。
忙しくてよかった。
だからそれらを全部やり終えて、家に帰ってきて、
あったはずの大きなケージが無くなっていて、
突然やらなくて良くなった介護の、自由になった2時間がとても悲しくなって泣いた。
30分くらいであっという間に部屋が片付いて、
亡くなってから4時間後には骨になっていて、
怒涛のように1日がすぎた。
広くなった部屋の、うさぎが寝ていた場所に1人で立って泣いた。
1.8キロのフワフワが、サラサラの粉になって小さな陶器に収まった。
ペットの役割は、人に寄り添うことだ。
私を幸せにしてくれてありがとう。
そして私はまた、忙しく過ごすだろう。
忙しくしていれば、余計なことは考えなくて済む。
世の中は生と死が混在してるから
忙しいって最高だな。
本が欲しい