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『ほしあいのカニ』第3章・第2パート

3-2:His Letter

『君がこの手紙を読んでいる頃、たぶん僕はもういなくなってると思う』

彼は急いで自分のコートを手に取って、しかし少し考えて窓際のほうに歩いていった。

『あの事は秘密にしておいてほしい』

そうして歩いている間に、ポケットからメガネを取り出し、かけた。

『その函にしまっておいてほしい。いつか君の人生が終わる時まで』

窓から降り注ぐネオンサインは次第に暖かい色に変わっていく。
そのなかで――屋上で、彼は欄干にもたれてスマホの画面を見ていた。
彼女が先ほどとは違う雰囲気で入ってくる。

女1「先輩、こんなところにいたんですね、探しましたよ!
   ――って、なにしてるんですか?」
男1「下が騒がしいから逃げてきた」
女1「主に女子ですよね?」
男1「そんなんじゃないよ」
女1「またまたぁ……シュレッダー?」
男1「ああ、クラスの出し物で、紙吹雪の製作を仰せつかって――
   生徒会室のシュレッダー使ってやってみたんだけど……これじゃダメだわ。紙吹雪というより、チリかゴミ吹雪だ」
女1「(笑)」
男1「そんなわけで、ちょっと凹んでました」
女1「そういうことなら、見逃してあげます」
男1「ありがとうございます」
女1「それで、何を見てるんですか?」
男1「……昔やってた『ドイルとトリニーの事件簿』ってアニメ知ってる?」
女1「えっ? あ、はい! 知ってます! 私あれ大好きです!」
男1「お! 初めてだ、あの変な作品知ってる人。これ、それの最終話」
女1「えっ……それ観たいです!」

彼女は彼のとなりに駆け寄って、一緒にスマホの画面を見つめている。

『あ、なんかいい感じかも……』

女1「でも意外です、先輩ってアニメなんて観ない人かと思ってました」
男1「えぇ? 観るよ全然……まぁ最近はちょっと忙しくて観れてないけど」
女1「あ、えっと……あっ! 面白いですよね! ここ!」
男1「ああ、実はトリニーが宇宙人で地球の侵略を企ててるって告白するところね」
女1「(トリニー)このウィルスさえあれば、人類は勝手に弱体化するだろう。我々の侵略も楽になる」
女1「(ドイル)そんなことはさせない! 僕らの未来は僕らで勝ち取る!」
女1「(トリニー)M44の星々を裏切るのか!」
女1「(ラーン)裏切っているのはあなたよ! 我々の目的はこの星の調査が目的のはず!」
女1「(トリニー)もういい! まとめて始末してくれるっ!」
男1「なんか本物の声優さんみたいだね」
女1「えっ? そ、そんなことないですよ~」
女1「あ、これ! ミステリーアニメだったのに、ここから衛星軌道上でバトルしだすんですよね」
男1「うん、ぶっ飛んでるよね」
女1「(トリニー)あーーーー!!! 焼き鳥になる~~!!! チョコレート味のトリになるぅ~~!!!」
男1「大気圏で燃えて焼き鳥になった後、板チョコになるってシュールすぎるよね」
女1「いろいろすごいですよね~」
男1「――僕はラストシーンが好きだな。ドイルがラーンの手紙を読んでいる場面と、彼女が星めぐりの歌を宇宙船のなかで歌ってる場面がオーバーラップするところ」
女1「いつか山の上で一緒に星を眺めて歌ったシーンが伏線になってる、切ないシーンですよね~『宇宙の果てで待ってる』手紙の意味は子どものころは分からなかったですけど――」
男1「ドイルの住んでる町って原作者さんの故郷をそのまま舞台にしてるらしくて、いつか行ってみたいんだよね」
女1「聖地巡礼! いいですね~行ってみたいな~!」
男1「あ、で、YOUは何をしにここへ?」
女1「あ、忘れてた! えっと、文化祭の出し物の搬入で原付を使って登校したいそうなんですが、申請書が――」
男1「ああ、その書類は文化祭関係じゃなくて、臨時請求の関係だから、
   生徒会室ひだりの、白いキャビネットの一番右側に『臨時駐輪許可証』って書いた引き出しがあるはずだよ」
女1「! ありがとうございます!」
男1「あ、当日移動させなきゃいけない場合があるので予備カギを生徒会に預けてもらうように了解をとっておいて」
女1「はい! さすが先輩です!」
男1「……なんで『先輩』って『先輩』なんだろう?」
女1「えっ? ……急に哲学ですか先輩?」
男1「君よりもたくさん単位取ってるだけじゃない?
   別に『先』の『輩』って、別に先の未来が見えてるわけじゃないし」
女1「――それでも、先輩は先輩なんですよ!」
男1「?」
女1「別にエラそうにしていて良いんです!」
男1「そうかな?」
女1「そうですよ!」
男1「じゃあ、エラそうにお願いをしよう」
女1「(恭しく)はは~何なりと~」
男1「そこのシュレッダー、生徒会室に戻しといて」
女1「(恭しく)はは~」

彼女はシュレッダーを片付け、持ち帰ろうとしている。
彼はその所作を見つめていた。

男1「それから……文化祭のあと、後夜祭の前に、またここで会える?」
女1「! ……は、はいっ! だいじょうぶれす!」
男1「れす! じゃあ、よろしく。僕はもう少しサボってる」
女1「じゃ、じゃあ私、先に行ってますね」

彼は小さく頷いた。
彼女は走り去って――

『そして翌日』

――すぐに戻ってきた。

男1「……これ、明日こっそり渡しておいてくれないかな?
   あ、『噂にならないように』」
女1「……はい」
男1「ごめんね、明日、お願い――」
女1「先輩!」
男1「?」
女1「私は選ばれなかったんですか?!」
男1「……」
女1「私は先輩の『誰か』になれないんでしょうか……」

彼女が自分の服に手をかけようとすると、
彼は何も言わず彼女のもとにやってきて、
手紙をポケットに入れ、その着ていたコートを彼女に優しく掛けた。
その間にも彼女は語る。

女1「私は、選ばれなかったわけじゃない。私が、逃げてただけなんです。
   自分の気持ちと先輩の淋しさから。そのサインに見て見ぬふりをしました」
男1「……」
女1「先輩、私は夢に逃げ続けて8年間、結局何物にもなれず、のうのうと生きてしまいました……」

彼は黙ってメガネを外し、彼女に差しだした。

『ソ【ラ】ノ【ハ】テデ』

女1「『ソラの果てで』……『ソ』『ラ』の次の音は『シ』の音ですよね』
男1「……死は音もなくやってくるよ。誰の頭の上にも等しく」

彼女はそのメガネを受け取り、二人は別々の道をゆく。
彼は欄干のほうへ。彼女はその反対へ。

女1「先輩がいなくなって『親の都合による急な転校』という理由が付けられたそうだ」

『そしてそのウソを、ウソと分かって飲み込んだ』

女1「フタバちゃんが先輩のいなくなった本当の理由を知っていたかを、私は知らない。その手紙を渡すこともできず、彼女とはもう話すことができなくなった」

『私は私に怒っていたんだ』

第3章・第3パートに続く】

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