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『ほしあいのカニ』第2章後半

2-5:『ドイルとトリニーの事件簿』

女1「あ~あ、私の人間観察力ダメダメだな~」
男1「それって大事?」
女1「大事だよ~! 演技のお仕事だよ? 人間観察キホンだよ分かる?」
男1「なんかイラっと来たけど分かった」
女1「童貞くんでもなかったもんな~」
男1「(咳払い)なしてそう思ったの?」
女1「コンドーム、使用済みだった」
男1「言い方――」
女1「箱が空いてた」
男1「……はい」
女1「別にね、私はね、あなたがウソ付いてたことを責めているわけじゃないのよ? むしろ年下だと思っていままでエラそうに言って悪かったなと――」
男1「思ってる?!」
女1「ちょっとは思ってる」
男1「ちょっとね、やっぱりちょっとだよね」
女1「お詫びに定番のアレやります」
男1「定番のアレ?」
女1「リクエストにお答えします」
男1「へっ?」
女1「やってみてほしい、声、声まねのリクエストを募集します!」
男1「自分がやりたいだけじゃない?」
女1「これでも一応プロ――の端くれですからぁ多少の無茶にもお答えしますよ~! (DJ風に)リクエスト採用された方には、こちら、わたくしの飲みかけのコーヒーを差し上げます!」
男1「淹れたのオレだけど」
女1「なんとハチミツ入りとなっております!」
男1「入れたのオレだけど、甘すぎた?」
女1「さっそくラジオネーム『ジャック・バウアー忘れてた』さんからお題頂きました~!」
男1「忘れてましたけど……昔のドラマだしさ」
女1「(お題をさそうジェスチャー)」
男1「えっとじゃあ……『スターウォーズ』の――」
女1「『24』じゃねぇのかよっ! クソっ!」
男1「ダースベーダー」
女1「シュコー!」
男1「R2-D2!」
女1「ピロピロリ」
男1「チューバッカ!」
女1「せめてC-3POにして! あとチョイスが『24』より古くない?! ってかもうちょっと、アニメ、とかないかしら? そっちのほうが得意なんだけど」
男1「アニメならなんでもいいの?
   じゃあ……『ドイルとトリニーの事件簿』のラーンとトリニー!」
女1「!」
男1「知らないでしょう?」
女1「知ってる! っていうかあのアニメ知ってるの?」
男1「オレあれ好きで毎週見てた」
女1「ほんとに? 私も大好きだったの!」
男1「あれ、子供向けのアニメなのに子ども受けしないネタ満載だったよなぁ」
女1「いやほんと、これ知ってる人、初――ほとんど初めて」
男1「マイナーアニメだったよね~」
女1「うん……『真実はひとつだけ!』ピキーン!(男1に促す)」
男1「……お、『俺たちに解けない事件はない!』シャキーン!」
女1「バサバサっ!『トリのように事実を見下ろし謎を解く――』」
二人「『トリニティ探偵団!』」

きめポーズと轟音のSE……戦隊モノのような演出。
しかし、ほぼ間をあけずして、家のチャイムの音。


2-6:We seem to be crazy?

女1「はーい!」
男1「おい!」
女1「だいじょぶだいじょぶ、私が出るわよ」
男1「……まったく」
女1「ってかこんな真夜中に?」

彼女が玄関のほうへ走り去る。
ほどなく彼が何かに気付くが――
玄関のほうでバタバタと物音がする。
女1が慌てて戻ってくる。

女1「あの、違うの! 私なにもしてない! 私の顔見たら急に――」
男1「……」
女1「イケメンが……あっ」

『女性とそういうことになったことはない』

女1「あーーーー!!!」

彼の表情とあの言葉で、彼女は合点がいったようだ。

女1「……いや、違う、違うの、驚いただけで……」
男1「……」
女1「……ごめんなさい。傷ついたでしょ。いいのよ笑わなくても」
男1「……」
女1「あーもう、ちゃんと怒りなさいよ!」
男1「いや、もう、終わった関係だから」
女1「そんなことは分かってる! ほら、怒る!」
男1「えっと……いや、怒れと言われると逆に――」
女1「あー……そうよね~確かに実際あっちのほうが傷ついたわよね~」
男1「……」
女1「ひどい男だよね~別れたと思ったらオンナ連れ込んでさ~」
男1「! それは――」
女1「なんだよ結局ノンケじゃん! ってキレてんじゃない?」
男1「(ボソッと)あんたのせいじゃん――」
女1「それか、まぁ、普通に女性と――」
男1「うるさい! あんたに何が分かるんだよ!」
女1「……分かんないよ」
男1「……」
女1「……よし、じゃあ今度は怒られてきなさい」
男1「えっ?」
女1「ほら、さっさと彼を追いかける!」
男1「いや、いいよ」
女1「きっと誤解してるよ!」
男1「いいって」
女1「そりゃ一発くらい殴られるかもしれないけど」
男1「もう終わってたんだって」
女1「向こうはそう思ってなかったかもしれない!」
男1「あいつから別れようって言ってきたんだって!」
女1「ああもう事情はいいから早く行きなさい! 行かないと――」
男1「?」
女1「私のBL眼が開いてしまう!(左目を押さえている)」
男1「はっ?」
女1「(押さえていた手の隙間から)ああ、視える視えるわ!
   これから彼が部屋に戻ってきて男二人、深夜のお仕置き――」
男1「分かった! 行く! 行きます!」

彼は慌てて部屋を飛び出していった。

女1「……言える相手がいるうちにね」

彼女はスマホを操作してテーブルの上に置く。
その淋しい部屋を、大音量の音楽で無理やり満たした。
そして気分のままに踊り始める。
彼女が思う優雅で大人でコンテンポラリーなダンスを。

やがて彼が帰ってくる。

”早かったね”
  ”すぐそこにアイツいたから”

クルクルと回る彼女を見ながら彼は呆れている。
彼女は手差し伸べ、彼を踊りにいざなう。
彼は一呼吸して、その手を取って従った。

”彼、何か言ってた?”
  ”オレを一発殴って帰ったよ”
”仕方ないね(苦笑)”
  ”おまいう(怒)”

月明かりが海の水面に砕け、不規則にキラキラ輝くように、
揺らめく銀色の街の底、ひとりじゃない夜は更け――


第3章第1パートへ続く

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