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『ほしあいのカニ』第1章後半(H先輩に捧ぐ、戯曲的ななにか)

1-4:カニとゴミ

女1「……死ぬかと思った」
男1「えっ? いやいやいや、そんなつもりは――」
女1「じゃなくて、屋上で」
男1「ああ……(ボソッと)でもそのつもりだったんじゃ――」
女1「手を離すから」
男1「えっ?」
女1「手を放すから」
男1「……あ、あれは、ごめんなさい……でもほら、急に変なこと言うから」
女1「……変なことですか?」
男1「え、あ……まぁ」
女1「オンナから言うの変ですか?」
男1「えっ?」
女1「そういうの、よくないと思います」
男1「さっきの『そのつもりで来た』ってやっぱりそういう意味だったんですね……」
女1「……できる限りご趣味に合わせます」
男1「はい?」
女1「なんなら多少なら縛っていただいても――」
男1「そういう趣味はないです! そういうことじゃなくて……いや、なんで見ず知らずのヒトに、しかもあんな危機的な状況で――」
女1「私、決めてたんです」
男1「?」
女1「あの時、もしも誰かが助けてくれたなら、その人としようって!」
男1「あっ、ハイ」
女1「だから大丈夫です」
男1「えっと……何が大丈夫なんでしょうか?」
女1「ちゃんと覚悟はできてます!」
男1「えっと……そりゃあ飛び降りる覚悟があったんだからそうかもしれないんだけど、そもそも何で、あんなとこで――」
女1「えっと、なんかすごく~ヤケイがキレイでぇ~」
男1「いやそんな急に芝居がからなくても」
女1「だってそんな時、あるでしょう?」

  沈黙の訪れ。

女1「……そりゃあ正直、危険な賭けだとは思いました」
男1「賭け?」
女1「くっさいオッサンだったら躊躇っちゃうと!」
男1「はっ?」
女1「もしかしたら年端のいかない子供だったら、犯罪になってしますし、
   そもそもおじいちゃんおばあちゃんだとアレだし、
   女性だったら、そもそもどうやってやるんだろう? とか」
男1「あの」
女1「いろいろ考えてたんですけど」
男1「いろいろ考えてなくても『助かって良かった』でいいじゃないですか」
女1「とりあえず『ダメな私を抱いてください!』」
男1「……全然考えてない回答じゃないですか。いま酔った勢いで言ってるでしょ」
女1「いえ、酔いは飛び落ちて覚めました!」
男1「ああ……」
女1「いえ! まあ、多少は勢いですけど、でも大丈夫です!」
男1「さっきから大丈夫の使い方おかしいですよ」
女1「なんでですか! もうそこいいじゃないですか! 男の人ってお金払ってでもエッチするじゃないですか」
男1「私は男性代表じゃないですけども……う~ん……例えば……公園に着ぐるみではない『カニ』が落ちてたとしましょう」
女1「公園にカニは落ちてないですよ」
男1「でしょ! そうなるでしょ! まあ言いたいことはそういうことなんだけど――」
女1「全然わかりません」
男1「だから……まだ例え話の途中だから」
女1「どこの公園ですか?」
男1「どこでもいい、ふっつ~の公園」
女1「ふっつ~の公園のどこにですか?」
男1「え~……なんだ、水飲み場とか、ベンチとか、そういうとこにね、カニが落ちてたとしても、まず持って帰らないでしょ?」
女1「まぁ」
男1「タラバだとしても拾わないでしょ?」
女1「タラバならちょっと……」
男1「いやいや、拾わないでしょ? 不審でしょ、公園にカニて! 『なんでかな?』『なんでカニ?』ってなるでしょ?
女1「……『なんでカニ』」
男1「はいごめんなさい! 言ってみたオレも悪かったけど、そんなとこ拾わなくていいから!」
女1「はぁ」
男1「(ボソッと)だいたい自分が言ったんじゃん」
女1「?」
男1「いや、なんでこんなことで熱くなってるのかオレにも分からなくなってきたけど……ともかく、不自然すぎるから手を出さないもんだってことなの!」
女1「なるほど……」
男1「分かってくれた?」
女1「ワタシ、カニじゃないです!」
男1「いやそんなことは分かってるわ!」
女1「?」
男1「いや、だからね……いや、カニ! あなたはカニなのよ! カニだったし!」
女1「(カニのしぐさをする)」
男1「もっとタラバの気持ちになって!」
女1「(もっとカニのしぐさをする)……面白がってますよね?」
男1「(無視して)だから人の行き交う公園で、泥にまみれてちゃダメなのよ、鮮魚コーナーの一番偉そうなとこに陣取ってていいのよ」
女1「だから私はタラバじゃないですって」
男1「いやだから例えで――」
女1「だから、カニはカニでも鮮魚コーナーに並ばないカニなんですよきっと」
男1「……」
女1「だから、公園に落ちてても不思議はない、捨てるようなカニなんです。ちょうどさっきもゴミの山の上に落ちたし」
男1「……」
女1「そういうことなんで、あ、そうこうことカニ?」
男1「……」
女1「あ、いまちょっと笑った?」
男1「笑ってないです。自分が何言ってるか分かってるんですか?」
女1「分かってます! 『カニを食うなら手を汚せ』って言うでしょう?」
男1「?」
女1「あ、違うか『カニは食ってもガニ食うな』?」
男1「オレから言い出してなんなんですがカニから離れましょう」
女1「――で、なんでしたっけ?」
男1「言いたいことは分かるけど教えません」
女1「え~~『腐っても』?」
男1「『タイ』……あの、落ち着いたのなら正直帰ってほしいんですけど」
女1「あの!」
男1「……はい」
女1「いれていただいてよろしいでしょうか?」
男1「……なにを?」
女1「コーヒーを」
男1「……分かりました」

去ろうとする彼に彼女は言う。

女1「思い出した! 『生前食わぬは男の恥』だ!」
男1「……違います。『生前』じゃなくて『据え膳』」
女1「あーそれそれ!」
男1「……『男の恥』ね」

呼び止められた場所で、彼は落ちていた紙片に気付き拾い上げた。

男1「コーヒー、ブラックでいいですよね? というか、うちシュガーもポーションもないので」
女1「あ、そこは、お構いなく」

彼は、何か言おうと、いや突っ込もうとしたようだが、
いま会話をしている間に拾った紙片が気になったのか、それを持って歩いていった。

1-5:トリのクチ、その先にあるウシのオシリ

彼がいなくなったのを見計らって、彼女は着ぐるみを確かめる。
誰も入っていないし仕掛けもないのを確認した。
彼女は諦めてスマホを取り出し、画面を見る。

”私、またオーディション落ちちゃった”
”事務所に残れた勝ち組が何言ってるの! 何度でもトライだよ!”
”そうだよ私たちドロップアウト組の星なんだよ~!”

女1「いや、そうかもしれないけど」

『大丈夫だよ!』

女1「大丈夫、とかそういう言葉じゃなくて」

『私なんてさ、今日も嫌味な上司と一緒に残業だよ~!』

女1「こっちはこっちでさ、あっちこっちでなけなしの勇気を振り絞ってるのにさ」

     『出た、セクハラ上司!』
     『もう仕事押し付けて帰っちゃいなよ』

女1「あたしはあたしで、なに社交辞令を振りまいてるんだか……」


1-6:夢から醒めて

彼がキッチンからカップを2つ持って戻ってきた。

男1「どうぞ」
女1「ありがとうございます……んっ」
男1「熱かった?」
女1「いえ……」

また沈黙する二人。
気まずい雰囲気を飲み干すように、温かいコーヒーを一気飲み。

二人「(せきこむ)」
女1「……大丈夫です! 私も初めてなんで」
男1「え~……まず私のほうからは問題点を3点指摘したいと思います」
女1「と申しますと」
男1「まず最初に、どのような懸念に対して『大丈夫』と言うのか分かりません」
女1「え~と」
男1「2点目に、『も』というのは、心外です」
女1「えっ、違うの?!」
男1「……まぁ、女性とそういうことになったことはないですが」
女1「やっぱり」
男1「だから、そういうのが心外だって申しておりましてですね――」
女1「お互い初めてなんだから、共に頑張りましょうということですよ」
男1「いやだから……報われないことを頑張ってどうするんでしょう??」
女1「報われないかしら?」
男1「……逆にどうしてそんな自信満々なんです?」
女1「私、声優になるための学校を卒業しましてね」
男1「……人の話を聞かない系ですか?」
女1「ずっと夢だったんです、声優になるのが!」
男1「あ……はい」
女1「……今日、オーディションだったんですよね。あ、別に今日だけじゃないけど」
男1「……はい」
女1「正直わたし落ちまくってて、オーディション」
男1「……」
女1「養成所卒業してからまだ一つも役決まってなくて……うちの事務所ゆるいからいさせてはくれるけど、なにか積極的に動いてくれるわけでもないし……だから、その、この仕事向いてるかも自分で判断しなきゃいけないわけで。それで私決めてたの、落ちた数が歳の数を超えたら止めようって。それで今日、最後のチャンスで、なんでもいいから受かるのにしようと思って
、女の子がいっぱい出てくる、ちょっとエッチな作品のオーディション出てきて」
男1「うん」
女1「そりゃあ、うまくできたとは自分でも思ってなかったよ、でも……ブースから終わりの声が聞こえてきたとき、後ろにいたプロデューサーの声が聴こえてきちゃったのよね、『ありゃ、やったことないよね』『喘ぎ声下手すぎ』って」
男1「……」
女1「……この業界憧れて、一筋でやってきたこといけなかったのかな、恋愛だってしてこなかったし」

そこで突然のスマホの通知音と表示されるメッセージ。

”あいつ、文化祭のあと先輩に告って玉砕したらしいよw”

彼女はそれに構わず話を続ける。

女1「それがいけなかったのかな……」

”そりゃ無理でしょ、うけるわww”

女1「私より若くてキレイな子で、バリバリ人気声優の人だっているしさ」

”鏡を見て出直して来いってのwww”

女1「……私には才能もケイケンもなかったってことで」

”ってことはあのコ、もしかして先輩がいなくなった理由知ってる?”

男1「……」

彼は片手のひらを開いて、彼女のほうに向けた。
彼女はその意を介して、その手のひらに自分の手のひらを合わせた。
彼は少し驚いた様子で語る。

男1「えっと……ひとつ言っておくけど」
女1「はい」
男1「私の身体の問題は、私のなかの問題だから、あなたが気にする必要はないから」
女1「……もう少し簡単な言葉で――」
男1「たたなくても、気に病むなってこと」
女1「それは……はい」

二人の指がそのすき間から互いの甲に触れたのが、次の始まりの合図だ。
今度は彼らの言葉がタイムラインのように流れ始めた。

”ふと、大草原の中に立つ自分を想像するときがあるの”
     ”3つ目の問題は――そもそもセックスでなんとかしようとするのがさ”
”草木のさざめきすら嘲笑に聴こえる孤独のなかで”
     ”――だって余計にさみしくなるだけじゃない”
”あのときもっと踏み込めたら、”
     ”踏み込まずに済んだなら”
”もっと高く跳べたんだろうか”
     ”あのままでいられたんんだろうか”

――第2章に続く――

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