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『ほしあいのカニ』第3章・第1パート

第3章

3-1:その海を渡るためのSextantをさがして
3-2:His Letter
3-3:乳とハチミツ(リプライズ)

3-1:その海を渡るためのSextantをさがして

男1「ねぇ、どうしてもやらなくちゃダメ?」
女1「いいじゃんやろうよ、良いモノもあるしさ。気持ちいいよ?」
男1「もう一気に入れちゃおうよ」
女1「ダメよ、そんな急いで入れちゃあ……」

何か機械が動く音がする。ブィーンと筐体が震える音。

女1「あ」

その声をきっかけに、世界が明るくなった。
部屋の真ん中に、シュレッダーが置かれ、
二人は用紙をその機械に挿入し裁断している。

男1「詰まった」
女1「ほらぁ~このシュレッダー古いし全然使ってないんでしょう?
   用紙が詰まりやすくなってるのよ。地道にちょっとずつ入れないと」
男1「ってかそもそも裁断する必要なくない?」
女1「不採用通知を切り刻んで気持ちを新たにするのよ!
   この砕いてく感じ、気持ちいいでしょ?」
男1「ん~……はい、直った」

彼はシュレッダーの詰まりを修理で、あまり話を聞いていなかった様子。

女1「はぁ(溜息)」
男1「?」
女1「こんなにあなたの物語に奉仕してるのに、恋に落ちる音ひとつしないなんて」
男1「……それってどんな音?」
女1「ヒューン? ホーン? ほわわわーん?」
男1「ずいぶんとコミカルに聴こえるけど?」
女1「いやだってさぁ、妙齢の男女がこうして――」
男1「……」
女1「あ、まぁいろいろだよ、いろいろ。人生いろいろ、女も男もいろいろ」
男1「はぁ」
女1「『みんなちがって、みんないい』みたいな……みつを?」
男1「みすゞ。『鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。』」(*)
女1「すごい、よくご存じで」
男1「もうちょっと上手に誤魔化しなよ」

そんな話のあいだにも裁断はすすみ、全ての紙を挿入し終えた後、
彼女は黙ってポケットから紙とカードを出してシュレッダーに。

女1「あ、止まった」
男1「えっ……何入れたのいま?」
女1「ひっかかったの診察券かな……プラスチックカードはダメかぁ」
男1「しれっと関係ないもの突っ込まないでよ」
女1「ま、いいか。とりあえず終わった!」
男1「お疲れ様です」
女1「あとは――」
男1「まだ何かするの?」
女1「こういうのは儀式、儀式! だいたい男の子は――」
男1「過去をいつまでも引きずるって?」
女1「ん……いま言葉のブーメランが真正面から戻ってきて死にそうになったわ」
男1「(笑)」

二人は窓際へシュレッダーのダストボックスを持って窓を開ける。

女1「なんだか、ここだけ再開発遅れてない? 年代物の建物多いよね」
男1「おかけで安く部屋借りられるから有難いけど」
女1「今どきあんなチープなネオンサインなくない? 時が止まってるみたい」
男1「さっきあなたのいたビルに付いてる看板ね」
女1「ここから超近いよね! 屋上も見える?」
男1「少しなら。そこの階段から飛び移れば、すぐビルの屋上まで行けるよ」
女1「そうそう、外階段で上がれちゃうんだよね屋上まで」
男1「そうなんだよね……先週も――」
女1「?」
男1「いや、大晦日にいろいろと騒がしかったよ」
女1「ふ~ん……ま、とにかくきれいさっぱり捨て去るわよ、
私の黒歴史と共に! せーのっ!」

破砕片となったお祈りの紙が千の風に乗って夜に舞う。

男1「あ~あ、ゴミの不法投棄だ」
女1「構わぬ構わぬ。あ、供養供養。なんまいだ~なんまいだ~」

ネオンサインに照らされて色とりどりに輝く紙吹雪が
船上から撒かれた砕骨のように、灰色の海に静かに落ちていった。

男1「……これも一緒に捨てる?」

彼はポケットからあの紙片を差しだす。

男1「ごめん、自分のかと思って最初のほう読んじゃった」
女1「これ、どこに……」
男1「あの着ぐるみの下に」
女1「……そう」
男1「……あの――」
女1「これ、私のじゃないんだよね」
男1「えっ?」
女1「あ、いや、わたし宛じゃないの」
男1「えっ?! オレはてっきり――」
女1「宛名書いてないもんね、誤解するよねぇ」
男1「はぁ~~~(大溜息)」
女1「いやごめんねぇ~」
男1「別れの置き手紙かと思った……じゃあこれ――」
女1「よし、捨てちゃおう! もう8年も前の手紙だし」
男1「いいの?」

織り込まれている手紙を開いて、夜空にかざした。


『君がこの手紙を読んでいる頃には、たぶん僕はもういなくなってると思う』

女1「…………いいの」

彼女がその紙の上をつまみ、ひらひらと風に流して飛ばそうとした刹那、

男1「待って!」
女1「えっ、わ、ちょっ――」

慌てて紙を掴みなおして落としそうになる彼女。

女1「あに? あぶないわね!」
男1「その紙の右下に赤いラインが見えるのは?」
女1「えっ?」
男1「秘密のメッセージがある印じゃん、『ドイル』の」
女1「……」
男1「オレいま気づいた……あ、秘密のは読んでないから、本当だから!」
女1「……知らなかった……気づかなかった……」
男1「……」
女1「炙り出し……じゃない、ブラックライト! ブラックライト持ってない?!」
男1「ないよそんなの……あ、いや、いまちょっと見えたかも」
女1「えっ……あ、そうか!」
二人「ネオンサイン?!」
女1「でもここからじゃあんまり光当たらない……ちょっと、もうちょっと……」

彼女は手をできる限り伸ばしてみるが……。

女1「ちょっと身体支えてて!」
男1「あ……はい」
女1「あーもう今さら躊躇しない! 私は大丈夫だったんでしょ?! ちゃんと支えて!」
男1「あーはいはい!」

彼は彼女が落下しないよう、半ばやけっぱちで彼女の下半身を掴んだ。
彼女は限界まで手を伸ばして、手紙の文字を読もうとすると――

男1「……どうですか?」
女1「……うん、ありがとう。なんか、文字が欠けてて……。
   ごめんね、手伝ってもらったのに」
男1「いえ」
女1「うん、この手紙は私がちゃんと持って帰るよ。ごめんね気ぃ遣わせちゃって……私、帰るね」
男1「あ……うん」

そそくさと帰る準備をしだす彼女。

女1「そーいえばねぇ明日も予定があったんだったわ~今度かならず――」
男1「なんて書いてあったの?」
女1「……」
男1「なんて?」
女1「……『ソ ノ テデ』」
男1「えっ?」
女1「それだけ。嘘じゃないから。
   あ、大通りに出てタクシー拾って帰るからご心配なく!」

そして彼女は玄関のほうへと消えた。

男1「『傷ついたならちゃんと怒れ』って自分で言ってたくせに……」


(*)金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」『金子みすゞ名詩集』(p14-15, 彩図社, 2011年)より引用

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