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『ほしあいのカニ』第3章・第3パート

3-3:乳とハチミツ(リプライズ)

一方で彼は歩いて欄干の前にたどり着く。
その頃には、世界は12月の夜――満天の星に覆われていた。

女1「あをいめだまの 小いぬ、
   ひかりのへびの とぐろ
   オリオンは高く うたひ」(*)

彼女が暗がりで歌っていた。
歌いながら、コートとメガネを着て明るいところへと戻ってきた。
右手にビール缶、左手にマグカップを持って。
少し幼い雰囲気と、未だ引きずる哀しみを伴って。
彼女が欄干の前にいた彼を発見した。

男1「……」
女1「あ、ごめん、びっくりさせちゃったかな?」
男1「……いえ」
女1「ここの管理人のおっちゃんが『うちのウリは星空観察用のデッキサイトだよ!』って言ってたから来たんだ」
男1「……」
女1「星がすごいねぇ、ここは」
女1「オリオン座に、シリウス、ふたご座のポルックス、あれが『青い眼玉』のプロキオン、しし座のレグルス……その真ん中にカニ座――その中心に白いモヤがあって――あれプレセペ星団って言って、昔は死者の魂がそこに集まってるっていわれてたそうだよ」
男1「……へぇ」
女1「キミも星を見にここに来たんじゃないの?」
男1「……」
女1「……あ、コーヒー飲む? 僕ビールもらっちゃって」
男1「あ、ハイ」

彼女は彼にコーヒーカップを手渡す。

女1「僕は聖地巡礼でこっちに来たんだけど――あ、分かる? 『聖地巡礼』って」
男1「(訝しそうにコーヒーカップを見つめながら)ハイ」
女1「お目当てはこの山のふもとの街なんだけどね~原付であちこち回って観光して」
男1「(恐る恐るカップに口を付ける)」
女1「で、夕方、泊れるとこないかなって道の駅で調べてたら、おっちゃんがさ」
男1「あまっ!」
女1「えっ?! ああ、ハチミツ入ってるから。それでね――」
男1「えっ、ハチミツ?!」
女1「あ、うん。ハチミツ。その道の駅でおばちゃんにもらったハチミツ」
男1「えっ? おっちゃん? おばちゃん?」
女1「おっちゃんはこのキャンプサイトの管理人さんでしょ。おばちゃんはハチミツ」
男1「(カップをぐるぐる回してる)」
女1「『学生さん? うちで泊ってけば』って言うからお言葉に甘えて――」
男1「あまっ!」
女1「――って聞いてる?!」
男1「あ、ごめんなさい……飲めなくはないですね」
女1「何の話だよ……オタクのお兄さんはいまテンション上がってるの! 分かる?」
男1「それはよく分かります」
女1「そういえば僕以外で他に高校生男子4人が泊ってるって聞いたけど……」
男1「個人情報です」
女1「いまキャンプサイトはシーズンオフで閉鎖中なんでしょほんとは。
   おっちゃんの親戚とかなんでしょ?」
男1「……友達が」
女1「あー。それでシーズンオフに遊びに来てると……
   いや、おっちゃん気前のいい人だね。なんかタダで泊めてもらった上にビールまで貰ったわ。『高校生にあげるとコンブなんたらがうるさいけんな~』」
男1「『コンプラ』」
女1「あー僕はそこにはツッコまんといた。まぁ僕も未成年なんだけどねぇ~」
男1「……」
女1「……ここツッコむとこ!」
男1「呑んでないないならセーフでしょ」

缶ビールを開ける「プシュッ」という音。

女1「……開けるんかいっ! 自分でツッコんでもうた」
男1「さっきからなんなのエセ関西人さん」
女1「お、関西人じゃないってバレてもろたか。よっしゃ、この兄ちゃんの歳も当ててみ?」
男1「(興味なさそうに顔をそらす)」
女1「あ、分かった、僕が当てるわ。自分――高3、はないな。高2か」
男1「(頭を振る)」
女1「よし分かった! 高1だ!」
男1「ほぼ一択やん」
女1「よし一コ上!」
男1「……たった1年しか変わんない」
女1「先輩は先輩やん?
   先輩は先輩だからいばって良いんだって」
男1「……」
女1「可愛い後輩が言ってたわ~」
男1「もう呑む前から酔ってるんじゃないですか? 『先輩』」
女1「……これでも学校では優等生なんだけどなぁ~」
   でも、この広~い宇宙の前では、なんだかどうでもよくなってね」
男1「……」
女1「われら人の世はなんとも狭くて息苦しいのぉ~少年」
男1「今度は何キャラですか?」
女1「空が広大すぎると、自分なんて、ちっぽけな存在だなぁって思えてくるよな」
男1「……」
女1「あ、僕のことは『メガネ先輩』とでも呼んでくれたまえ」
男1「……メガネが本体とか?」
女1「おっ、キミはいける口だな? その通りだよ」
男1「じゃあメガネを外したら?」
女1「……美少女になる?」
男1「……普通イケメンじゃない?」
女1「メガネしててもイケメンはイケメンでしょう、だいたい」
男1「はぁ、まぁ、たしかに……」

『その時、オレは先輩の顔をほとんど見てなかったと思う』

女1「ところで、どうしてひとりで?」
男1「……あっち話に入っていけなくて」
女1「あっち?」
男1「……」
女1「まあ、あるよねそういう時。よしよし、おっちゃんのビール吞め」
男1「……まだ、まったく呑んでないじゃないですか」
女1「実は……においからしてダメだ」
男1「じゃあなぜ開けたんすか?」
女1「ビール片手で開けるの格好いいじゃん」
男1「(笑)」
女1「あ、いま鼻で笑ったな? ダメなら処分しといてよ」

彼の足元にメガネ先輩は缶ビールを置く。
二人の距離が少し近づいた。

男1「じゃあ先輩を先輩と見込んで訊きたいのですが――」
女1「おう、なんでも――」
男1「おっぱいは好きですか?」
女1「(胸を押さえて)えっ?」
男1「おっぱいは好きですか?」
女1「えっ……まぁ、ハイ」
男1「へー」
女1「うわ、訊いといてのなま返事!」
男1「……」
女1「あ、分かった! なるほどなるほど、キミはお尻派だなっ!」
男1「……」
女1「――っていうノリがうざい、と」
男1「……まぁ、ハイ」
女1「ヤロウが4人集まって、夜は当然オンナのハナシと」
男1「まぁ、ハイ」
女1「当然、エロトーーク、と」
男1「まぁ、ハイ」
女1「スマホ、ドーガ、エーブイ、ボヨヨンボヨヨン!」
男1「昭和かっ」
女1「お、初めてしっかりツッコまれた」
男1「――まあ、別にいいんですけど」
女1「ノリが合わなくて輪のなかから出てきたんだ」
男1「……まぁ、そんなとこっすよ」
女1「うん……いやさ、聖地巡礼もこの旅の目的のひとつなんだけど、実は……まだあるんです。それは何でしょう?」
女1「せ~の!」
二人「カニ」
女1「ビンゴ! 最後の晩餐はカニにしようと思って――」
男1「(遮って)この時期こっちに来る観光客なんてだいたいカニでしょ!」
女1「まぁ時期ですし」
男1「いったいぜんたいカニの何が良いんだか。茹でたら磯臭いし、身を取り出すのは大変だし、取り出したところで大した量ないし」
女1「成長期はそこ大事だよね」
男1「なにより! カニをもらって帰ってきたときの『今日はごちそう感』を漂わせてるオカン!」
女1「あ~」
男1「マジでうざい。オレにとってはごちそうじゃないから! 食べるのただただ面倒な食材だから」
女1「あ~確かに面倒だよね~」
男1「そもそも海の幸全般がそんな好きでないっての! ……オトンは好きかもしれんけども」
女1「だから、それでいいんじゃない?」
男1「えっ?」
女1「一般的に好きな人が多いモノってことで」
男1「……」
女1「まだ納得いってないか……う~ん……」
男1「いや、もう別に――」
女1「じゃあ……性の対象として見ることも見られることもまだ慣れてないのかな?」
男1「!」
女1「あ! 流れ星!」
男1「えっ?!」
女1「あ~一瞬だったなぁ……願い損ねた」
男1「……あ、また――」
女1「えっ! カニカニカニ!」
男1「なんすかそれ?」
女1「だってカニ喰いにきっ、キタキタ……」
男1「なんすかそれ……」
女1「……そんな笑うなよ――あっ」
男1「カネカネカネ!」
女1「おいっ! 金かよっ」
男1「カニよりカネですマニーです」
女1「夢がないなぁ、少年」
男1「夢じゃゴハンが食えません」
女1「だから、カニ喰いに来たんだってば」

笑い合うふたり。

女1「あー! カニカニ言ってたら早く食べたくなってきちゃった。早く港に行きたいな~」
男1「……いいですね。行きたいところがあって」
女1「帰るべき場所があるほうが、幸せなんじゃない?」
男1「……『メガネ先輩』には無いんですか」
女1「……まだ旅の途中だからね……ん~人生という?」
男1「なんで疑問形なんっすか?」
女1「人生は、ハテ?のある旅だから」
男1「なにうまく言おうとしてんですか」
女1「うん、やっぱり今から行こう! 山を下りるわ!」
男1「いやいやいや、暗いし寒いし、凍結してて危ないですよ!」
女1「どちらかといえばキミのほうが寒そうだけど――あ、そうだ」

コートを脱いで彼に差しだす。

女1「これ着てなよ」
男1「……いや、さすがにこれは」
女1「大丈夫、僕には旅の途中で買ったのあるから」
男1「いやいやいや、さすがにそれは!」
女1「ついでに、これ」

メガネも外して彼に着けようとしていた。

女1「ああ大丈夫、これ伊達メガネだから……ホラ」
男1「いやいやいや!」

彼が先輩の手を止めるために手を掴む。そして見つめあう格好に。

女1「きっと似合ってると思うよ。キミに持っておいてほしい」
男1「先輩って……どっちですか?」
女1「キミは面白いことを言うなぁ……さて、どちらでしょうか?
   あ、コーヒーカップ、おじさんに返しとくよ」

彼はコーヒーカップを差しだして、代わりにコートとメガネを受け取った。

女1「じゃあ、僕は行くよ」
男1「だから、危険ですって、自殺行為ですよ」
女1「……うん、そうだね」
男1「?」
女1「じゃあ、運試しだ」

先輩はそう言い終わるやいなや、走り去った。彼を残して。

『先輩の言った『最後の晩餐』が、文字通りの意味だとは思わなかったし』

男1「オレだけが取り残されて――待ち続けているんじゃないかと思うときがある」

『冷たい路面を見て、きっと思いとどまるだろうと勝手に思っていた』

男1「あの人は結局、オレに止めてほしかったんだろうか……」

『おじさんがきっと止めてくれると自分を納得させた』

男1「いや――オレが逢いたいんだ。あの人に」

最終章に続く

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