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『ほしあいのカニ』最終章

0-1:センとレイと僕らのシャレード

彼は思い出のその歌を歌う。

男1「あかいめだまの さそり」

『先輩はおじさんには何も言わなかったようだ』

男1「ひろげた鷲の つばさ」

『翌朝、みんなで帰り道を探して見つかったのは』

男1「あをいめだまの 小いぬ」

『茂みの奥にあった壊れた原付と』

男1「ひかりのへびの とぐろ」

『その原付で山を下りる不審な女性の目撃情報だけだった』

女1「オリオンは高く うたひ
   つゆとしもとを おとす」

そこは再び、ネオンサインの明滅する1月のビルの屋上だった。
あとからやってきた彼女は手にコンビニの袋を持っていた。
星も見えない空に、めぐる星々を歌う二人。

二人「アンドロメダの くもは
   さかなのくちの かたち。
   大ぐまのあしを きたに
   五つのばした  ところ。
   小熊のひたいの うへは
   そらのめぐりの めあて。」(*)

欄干の前に立つ二人。間にもうひとり入れるくらいの微妙な距離がある。

女1「……」
男1「……」
女1「うれしいよ、また会えて。もう行っちまったきりだと思ってた」
男1「おれもだ」
女1「この再会を祝して……抱擁でもする?
男1「あとで、あとで」(*)
女1「……」
男1「……」
二人「なんでここにいるの?」
女1「……ほんと気が合うわね、私たち」
男1「帰ったんじゃなかったの?」
女1「よく考えたら……うち、電気止まってるんだった――」

そういって手に持っていた袋から、缶ビールを取りだして開けだしている。
彼も足元にあったビールを拾い上げた。

男1「文明の利器全滅」
女1「スマホ充電できねぇこんな世の中じゃあ――」
男1「現実(いま)と向き合うためにビールを買ったんだ」
女1「ぽいずんっ! 11シリング6ペンスの自由を享受するくらいいいでしょ~!」
男1「急にむつかしいこと言い出したな……ってかこんなとこで吞まなくても――」
女1「それは他人のことは言えないでしょ」
女1「あとつまみに……板チョコ、要る?」
男1「ビールに?」
女1「ビールに」
男1「マジで?」
女1「うん。割とマジで。食べたくなったから。要る?」
男1「……割とあたま痛くなってきた」
女1「じゃあ要らないか――ってか(板チョコを食べながら)んんでここ?」
男1「ここにあなたが来ないように、見張りしてたわけ」
女1「ふ~ん……来ちゃった(ハート)」
男1「何言ってんの前科一犯」
女1「あれはちゃんと合意の上で――」
男1「そっちじゃない」
女1「……見逃していただけませんかね、裁判長」
男1「見逃してたら死んでたかもよ」
女1「それも他人のことは言えないでしょ」

二人同時に缶ビールをあおった。
少しの沈黙。

男1「……素直に言うと、あの時、あなたを助けたわけじゃなくて――」
女1「じゃなくて?」
男1「あの歌を聞いた瞬間――初恋の人がそこにいるかと思った」
女1「……」
男1「あのコーヒーだって、ビールだって、アニメだって全部あの人から知ったのに、どうして忘れていたんだろう……」
女1「あなた酔ってるわね」
男1「酔ってるけど……やっぱりあの人に似てると思う」
女1「あなたも似合ってる、そのメガネ」
男1「……」

彼はメガネを外して欄干に預ける。

女1「私も素直になって話していい?」
男1「どうぞ」
女1「私――」
女1「いや……あなた揉んでたでしょ……お腹を」
男1「? 酔ってる?」
女1「酔ってない!
   最中にお腹つまんだでしょ! どうせならおっぱい揉みなさいよ!
   腹のぜい肉は第三のおっぱいじゃないわよ! 正規の乳を揉みなさいよ!」
男1「正規?」
女1「性器? あーもうこんな昭和のセクハラオヤジみたいなことが言いたいんじゃなくて!
   普通つままでしょ乙女のお腹を!」
男1「オレ普通じゃないからなぁ」
女1「……ぐぅ」
男1「あーほら、お腹を温めるとセロトニンっていう幸せ物質が出るというし」
女1「ちがうねん! そんな斜め上なテクニック求めてないねん!
   だいたいセックスの最中にそんな安心物質いるぅ?!
   ……まあいいや。いろいろ確認できたし、ね?」
男1「『ね?』と言われましても……初めてなんだから、しょうがないじゃん。真似事だよ」
女1「まぁ……そうよね」
男1「ちょろいん」
女1「きこえてるー」

彼女は件の手紙をポケットから出し、広げて曰く。

女1「男と女じゃ住む星が違うっていうじゃん?
   じゃあいったいどうやって付き合えってことなんかな?」
男1「想像力で『線』を引くんじゃない? 星と星の間に」
女1「! ちみは天才か?!」
男1「それに――引力には逆らえないんじゃない?」
女1「この子なにまたオシャンティーなこと言って――」   
男1「重力に逆らってあなたのように飛んでも、無傷で戻って来れるかな?」
女1「……『自殺行為』に等しいわよ。ギャンブルよ」
男1「ギャンブル、か……」
女1「!」

刹那に、車のヘッドライトのような、カメラのフラッシュのような強い光が
二人に襲い掛かり――その瞬間を焼き付けるように、彼は欄干を飛び越えた。
もうネオンサインはそこなく、あの強烈な光も消え、彼女はひとり。

女1「ねぇ先輩、あなたが失ったものを埋めるのに必死なんです、私たち」

”僕は、残ってると思うよ”
”今は、光が還るのを見ていようよ”

男1「うわっ!」

金属の乾いた凛とした音色と当時に、
車のクラクション音のような現実的な音が響く。
再び、澄んだ冬の空気をつんざくヘッドライトの白い光。

女1「あぶない!」

遠く落ちたはずの彼がひょっこりを顔を出す。
その階上で安堵する彼女。

男1「……えっ? 道路? 屋上から……あれ? 歩道橋?!」
女1「だいじょうぶ~?」
男1「……えっ? なんで……なに魔法?」
女1「なに言ってんの?」
男1「異世界?!」
女1「酔ってるわねぇ」
男1「……」

彼女が薄明の宇宙(そら)にその紙片をかざして言う。

女1「ねぇ! やっぱりカニ食べに行こうよ!」
男1「行かない! カニはいらない! 食べてないけどお腹いっぱい!」
女1「行こう!――いや帰ろう! 玲(れい)くん!」
男1「千尋さんこそ帰ってください!」

階下の彼もコートのポケットの紙片に気付き、取り出して空にかざす。
7つのシミのような点と、それを結ぶ線が星座のように浮かび上がり、
そこに冬空の流星が流れた。
夜の残光が消え朝霧のなか、黄金の横糸が新しい日を紡ぎ始めるのを二人は眺めていた。
二人とも晴れやかな顔で笑っていた。
いや、そうみえたのは僕の願望かもしれないのだけど。

『遺書にみえたそれは『宝の地図』だったんだ――』

[End of Theatrical Part]

お宝というモノではないのだけれど……まぁ、宝さがしはそれを見つける過程がこそが「宝」だから、ということで……。
「ところでさ、ずっと思ってたんだけど」
「なに?」
「あのカニの着ぐるみ、どうしてあそこにあるの?」

[End of Fiction Part]

次は【『ほしあいのカニ』追加エピソード
「二ノ宮双葉について私が知っていること」(小説版)】

(*)宮澤賢治『星めぐりの歌青空文庫より引用https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46268_23911.html

(*)サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』(白泉社, 1990)P8より引用

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