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[第7回]<物質と嗅覚と> ☆ウイスキーと科学と数字☆


こんばんは、A Whisky Studentでございます。
今回は嗅覚について、なるべくエビデンスを示しながら書いてみます。
これなら内容が科学だし数字だしウイスキーになると思います。

人間の嗅覚受容体は300種類強ですが、識別可能な匂いの種類は数万というオーダーです(理論上は数十万以上)。
これは受容体の組み合わせとその興奮強度により匂いを識別するという仕組みにより可能となることがわかってきています。(※1)
しかしながらこの仕組みゆえに、複合する匂いを分解して知覚することが困難です。

ウイスキー等のテイスティング/ノージングにおいては、
・訓練により複合する匂いの中で個別のキャラクターを拾えるようにすること
が大切だと一般的に思われているのではないでしょうか。
訓練、、、大変そう、、、時間もお金もかかりそうです、、、

でも違う方法論もあるんです。
それは、
・匂い物質の物理化学的性質を利用して分離し知覚し易くすること
です。
この方法論だと、香りを嗅ぎ分ける感覚的能力を伸ばす必要は別に無いので、誰でもその日から出来るようになります!
とはいえ界隈の方々は既にやってらっしゃる方も多いと思いますが。

香りを分離するオススメの方法は3つ。

①グラスから距離をとる
軽くてフルーティなエステル系化合物の香りは、ウイスキーを注いであるグラスに鼻を突っ込むよりも
「酒を注ぐとき」や「グラスを回している上方で香りを嗅いでいるとき」
の方が遥かに知覚し易いものです。
グラスの中に鼻を入れると、グラスの中に溜まったアルコールに邪魔されてしまうことがあるためです。
アルコールは揮発性が高く空気より重いので、グラスの中に溜まるのです。
またフルーティな香りは含硫黄系の未熟香との共存により感知しづらくなるという特徴もあり、
含硫黄系の未塾香もまたアルコールのように拡散しづらいので、グラスから距離をとることで軽いフルーティなエステル系化合物の方を選び取り易くなります。

②飲み干したグラスを嗅ぐ
バニラ香やタンニン絡みの重い/高沸点物質(ウイスキーラクトン含む)(※2 バニリン タンニン ウイスキーラクトン)による香りは、
飲み干したグラスの残り香で知覚し易いです。とくにバニリンやタンニンは常温で固体であることも関係してきますね。
一滴を手に落として拡げるとか、香料試験紙に吸わせて少し時間をおいて嗅いでみるとか、グラスの残り香を嗅ぐよりも手軽な方法もあります。

③水で割る
ウイスキーの香味成分には、「水に溶けるのが得意な連中」と「アルコールに溶けるのが得意な連中」、「両方に溶けるのが得意な連中」が居ます。
炭酸水などの水で割ると、物性が水に近づくため「アルコールに溶けるのが得意な連中」は追い出されます。
追い出され方のパターンは主に二つ、
A.微小液滴となって溶解状態を脱しながらも液相に留まる。 常温常圧で液体、液体状態が得意な連中は、エマルジョン化する=ウイスキーを濁らせるわけです。
B.速やかに気相に逃げる。 低沸点や高飽和蒸気圧な、気体状態が得意な連中は速やかに気相に逃げます。水で割った瞬間にメッチャ香るわけです。そして直ぐ居なくなるのです。
だからこういった気相に逃げる連中の香りを逃さないために、自分で加水して自分でグラスを回して速やかに嗅ぎ取ろうとする人たちが沢山いる訳です。
また、少量の加水時に液体表面に偏在する香味物質の存在も近年になって論文が出ております。そういう物質も知覚し易くなるわけですね。

最後に、蛇足かもですが
匂い物質の濃度と嗅覚の感覚強度や感知する種類の関係についての話。
実はこの関係性は一定ではなく、いくつかパターンがありまして、大変興味深いのです。

①ある程度までは比例関係だが、ある濃度以上になるとどちらが強いかわからなくなるもの
これはよくあるパターンです。
例えばオクトモアのピーティさ(ピーティさの指標であるフェノール値については原料レベルの話なので一概には言えませんが)は、
アードベッグの4倍とはなかなか認識出来ないでしょう。でも水で割ることで、少しは近い認識が出来るようになるはずです。

②ある程度までは比例関係だが、域値を超えると匂いを認識出来なくなるもの
(①に似てちょっと違うレアケースとして、硫化水素(※3)が代表です)
この感知上限を持つことと窪みに貯まる性質ゆえに、硫化水素は明らかな不快臭なのに昔から致死事故が沢山起こっています。
本当にヤバい濃度の硫化水素は人間の嗅覚では知覚出来ないのです。怖!
ウイスキーの話ではないですが。

③低濃度域と高濃度域で、感じる匂いが異なるもの
短鎖脂肪酸エステルによく見られるパターンです。
例として酢酸エチル(※4 wikipedia 灘酒用語集)においては、低濃度でパイナップル様のフルーツ香・高濃度でセメダインや溶剤の匂いだとされることが多いです。
⇒セメダインを感じるウイスキーは、水で割るとかあるいは「ほかのウイスキーに垂らす」とフルーティになりうる訳です。面白いでしょ。

☆☆☆☆☆☆☆パラメータと参照・引用元☆☆☆☆☆☆☆

※1[J-stage] 「生物がにおいを識別する仕組み」東原和成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/41/3/41_3_150/_pdf

※2[wikipedia] バニリン タンニン ウイスキーラクトン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%8B%E3%83%AA%E3%83%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%B3

※3[wikipedia] 硫化水素
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E5%8C%96%E6%B0%B4%E7%B4%A0

※4[wikipedia] 酢酸エチル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%A2%E9%85%B8%E3%82%A8%E3%83%81%E3%83%AB
[灘酒研究会] 灘酒用語集 酢酸エチル臭・酢エチ臭

追記 加水時に液体表面に偏在するグアイアコールのコンピュータシミュレーションについての論文「Dilution of whisky – the molecular perspective」
https://www.nature.com/articles/s41598-017-06423-5




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