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Saving all my love for you
インドネシアのR&Bシンガーの人たちが、Stievie WonderやWhitney Houstonを聞いて育ったと言うので"Saving all my love for you"(1985年)を聞きましたが、インドネシアの人たちの演奏よりも控えめだと思いました。このMVはWhitney Houstonがヒットチャートに現れた時のものですが、WhitneyはCissy Houstonがお母さんで、Dionne Warwickがおばさんだと言って、"inherited long par"と紹介しているのは、遠回しに"nigger"と言っているようで、当時あまり好意的に思われていなかったのではないかと思いました 今は今で、トランプさんが"Make America create again"と言っているせいか、Beyoncéまでカントリーウエスタンみたいになっていて、American popsは東南アジアに引っ越してしまったみたいに思うことがあります
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Bob Boilen left NPR Tiny Desk Concerts
2008年からNPR(アメリカ公共放送)、Tiny Desk Concertsのco-creatorだったBob Boilenが去年の10月にリタイアしたことが報じられています https://www.nytimes.com/2023/09/15/us/bob-boilen-npr-all-things-considered.html それ以前からAll Things ConsideredのプロデューサーだったBob Biloenが、大きなイベントのLaura Gibsonのコンサートに行ったところ騒音で音楽を聞くことができなかったことにショックを受け、NPRの自分のオフィスに呼んで演奏させたのがTiny Deskの始まりだったと言われています そして18年間に1,200回放送、ネット配信されて、アメリカを中心とする音楽のカタログになっています。そしてミュージシャンたちが、出演することを名誉に思うようになり、こんな環境で演奏できるかと文句を言いつつ、大きなコンサートにはない「親密な」環境での演奏の可能性を追求しています 2008年から今までの間には、演奏、収録する環境、聞く環境にも大きな進歩があって、それまでのCDや放送に対するネット配信の優位が確立されたと思います。ポピュラー音楽も、ピアニシモからフォルテシモまでの音量を使ってより表現力を持つようになったと思います。「瞬く間に全米の人気コンテンツとなり」という表現もありますが、実際は、最初はローカルFM局の番組みたいだったものが、いろいろな試行錯誤を経て18年をかけて広がっていき、フィリピンのWish107.5など他の国でも始まって、広く認められるようになったと思います
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Whitney Houston 2.0
フィリピンpopsのKatrina Velardeは、2017年にアイドルとしてデビューした時は、コンペティションの予選を通過できなかったそうですが、パワフルなベルティングボイスと美しいリフ&ランが注目されるようになり、2022年の末にドバイのイベントで"Asia's Vocal Supreme"と呼ばれ、フィリピンpopsを有名にしたLea Salonga、Regine Velaskuezなどのレジェンドとともに世界で知られるようになったそうです Whitney Houstonの"Saving all my love for you"のカバーでは、随所がベルティングボイスとリフ&ランで飾られています 他の人ならば息が切れるところでもう一段盛り上げるベルティングボイスに、audieneはあっけにとられているみたいです リフ&ランはR&B、ゴスペルのテクニックで、Whitney Houstonは本場のR&B、ゴスペルの人なのに、たくさん売れるためにはあまりそれっぽくしない方が良いと思ったのか、それとも全盛期の1990年ごろにすでに薬物の影響があったのか、長いエンディングまできれいにまとめられているKatrina Velardeバージョンが自然に聞こえるように思います。Whitney Houstonも本当はこのように歌いたかったのかもしれないと思います インドネシアでリフ&ランの上手な人が注目されている流れにあるようですし、みんなが知っているそれまでの曲をブラッシュアップしていく曲作りや、緊張感のあるバックの演奏にもインドネシアpopsが意識されているように思います
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mindblowing!
インドネシアの国営メディアANTARAによるとIsyana Sarasvatiの"mindblowing!"は2023年の春に発表されました アルバムIsyanaの中で、それぞれの生き方をしている人の間に結びつきができることを表現するプログレッシブロックの曲です ANTARAにはハミングとギターのリフが良いと書いてありましたが、MVの中心はダンスで、刀を振り下ろすと周りが光って別の世界に飛んでるような、(見ているものが少ない中の例えですが)鬼滅の実写版があったらこうなるみたいな感じがしました。有名な人が振付けをしていて、Isyanaはダンサーではないけれども、バックのダンサーが盛り立てているのと、カメラがダンスして動きをよく見せていると思います Isyanaは口パクすらしてないみたいですが、自分で作詞、作曲、プロデュースをしている存在感は圧倒的で、面白いMVに仕上げるためのベストなパフォーマンスをしてると思います
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Stacey Ryan X Nagita Salvia
インドネシアpopでは共演が多いので、タイトルを見ればそうだろうと思いますが、この動画は、最初と最後はDancing QueenとFall in love aloneを一緒に歌いますが、間はNagita SlaviaによるStacey Ryanのインタビューで、MCが出演者と歌う、朝イチで有働由美子がゲストと一緒に歌うような、見たことがないコンテンツになっています インタビューで、Stacey Ryanは何が好きと聞かれて、マイケルジャクソン、ビルウィザース、アースウィンドアンドファイアーと言い、エマ・フィッツジェラルドは絶対で、今のアーティストではYebba、Tori Kelly、Raveenaで、blackpinkのコンサートに行ったと言っています。洋楽を聞いている人は知っているアーティストと思います。Stacey Ryanとインドネシアのアーティストと同じアーティストを聞いていれば、インドネシアpopも楽しめるのだと思います
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Salma Salsabil X Ziva Magnolia
idol competitionは、アーティストが一組ずつ演奏して、それでパフォーマンスを競う-そのような形が多いと思うのですが、Indonesian idol grand finalは、ファイナリストに選ばれたアーティストが2人、3人あるいは全員で一つの曲を歌って競うプログラムのようです。2人の時は、例えば1コーラスと2コーラスで、それぞれ片方のアーティストがリードを取って、もう片方のアーティストはサイドで相手を引き立てる役割をし、最後は一緒のコーラスで調和を演出します。それぞれが個性を主張すると同時に、相手を引き立てることが重要と考えられているようです インドネシアはイスラム教徒とキリスト教徒が共に暮らす国で、それぞれが固まって自分の好きなアーティストを推すようになったら、ただでさえ何かにつけて起こる対立が悪くなりそうです。そうではなくてイスラム教徒とキリスト教徒が互いを引き立てることで新しい価値を作ることを目指すという考え方があるように思います
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ジカマリー (Jikamarie)
フィリピンのシンガーソングライター、Jikamarieは、2021年のデビュー作"Lutang"(タガログ語で「浮く」の意味)がSpotfyで1000万回再生され注目されて、Warnerの所属アーティストになりました NMEの記事によると、Jikamarieの曲の歌詞が理系っぽく、動画のイラストやオブジェが上手なのは、大学の建築学科の学生だからのようです。"Lutang"は朝の4時までかかって課題を終えたあとで、これからの未来をどうするか考えながら作ったように書かれていました 音楽は、今は教会で牧師をしているが大学時代にはバンドで演奏していた両親から教わったそうです。両親はミュージシャンになるよりも現実的な職業について欲しそうだったが、どのようにしろとは言わないかわりに、家ではいつも家族の誰かが音楽を演奏していて、弟も建築学科かつミュージシャンをしていて、動画は一緒に作ったそうです デビュー後、ネットでは支持されることもあるが、激しくdisられることもあるアップダウンを経験しながらプロフェッショナルの仕事を目指しているようです
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Every Summertime
私が最初に聞いたインドネシアpopsはNPR tiny desk concertのNIKIの"Every Summertime"です。NIKIは2018年、ジャカルタでのTaylor Swiftのコンサートのオープニングアクトに選ばれて注目されました。tiny desk concertのプロデューサーのBobby Carterは衝撃を受けたと言っています。何度も聞くとYou Tubeには関連動画が集まってきますが、それで人気の曲にプロフェッショナル、インディーズ、アマチュアのたくさんのコピーが投稿されることなどインドネシアの音楽文化を知りました。NIKIはその後アメリカに渡ったので、演奏スタイルはある意味オーソドックスになっていて、さらにインドネシアの地元のミュージシャンのライブを聴いて、自由な演奏や観衆の盛り上がりを知りました