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第5章 江戸、死の都

オランダによる天皇陛下の誘拐、そして徳川と豊臣の疲弊した戦いが続く中、江戸にさらなる災厄が忍び寄っていた。ある日、メキシコから来たスペイン船が仙台に入港し、乗っていた一人の船員が体調を崩していることに誰も気づかなかった。彼が罹っていたのは、メキシコで流行していた伝染病であった。病は瞬く間に広がり、次々と人々が倒れていった。

魁人の帰還

天皇陛下を連れ去られた後、魁人は無念の思いを抱えながらも、江戸へと帰還した。彼は、天皇陛下を奪われた罪悪感と新たな決意を胸に秘め、祖父である家康と再会し、日本の再建に取り組む決意を固めていた。しかし、江戸に近づくにつれ、道中で出会う人々が体調を崩し、町々には異様な静けさと病の影が漂っていることに気づき始めた。

「まさか…」魁人は不安を抱えつつ江戸城へと足を進めたが、そこはかつての賑わいとは打って変わり、死の気配が漂っていた。

家康の死と大名たちの混乱

城内に足を踏み入れた魁人は、そこで信じがたい報告を受ける。祖父・徳川家康はすでにこの伝染病によって命を落としており、家康の側近や多くの重臣たちも次々と病に倒れていた。江戸城の内部は不安と混乱の中にあり、将来の行方が見えない状態に陥っていた。

魁人は無言のまま、家康の遺骸が安置された部屋へと向かった。祖父がこのような形で命を落とすことを、彼は想像すらしていなかった。魁人は静かにその場に膝をつき、家康に誓った「日本を守る」という決意を改めて心に刻んだが、同時にこの災厄に立ち向かうには、徳川だけでは不十分であることを感じていた。

病の広がりと江戸の崩壊

伝染病は仙台から江戸へと瞬く間に広がり、病によって倒れる人々の数は日に日に増していた。庶民の間では「西の国から来た死の風」と呼ばれ、誰もが恐れおののき、街には死体が散乱する無残な光景が広がっていた。魁人の目の前で、江戸のかつての栄光は崩れ去り、人々は次々と命を落とし、街は混乱に包まれた。

この状況で、魁人は自らの役目が重いことを痛感しつつも、果たすべき使命を思い出していた。「天皇陛下を取り戻すだけでなく、この国を再び立て直す道を見つけなければならない」と。病に倒れた家康の意志を継ぎながら、魁人は絶望的な状況に立ち向かう決意を新たにしたのであった。

マカッサルの地

魁人は、「天皇陛下はマカッサルに幽閉された」と知らされた。ある夕暮れ、魁人は江戸城の一角で、友人の松平信之に会っていた。信之は先日までシャム(現在のタイ)に渡り、シャム経由で東南アジアの地について多くの情報を持ち帰ってきたばかりであった。

「信之、少し話を聞かせてもらえないか?」魁人は、彼の肩に手を置いて言った。

「もちろんだ、魁人様。シャムの話か、それとも別のことか?」

「…マカッサルのことだ。天皇陛下が捕らわれたあの地について、知っていることがあれば教えてくれ」

信之は、しばし黙って魁人の顔を見つめた後、小さく息を吐いた。「マカッサル…スラウェシ島の南端にある港町だ。ロッテルダム要塞という、堅固な異国の砦がある場所だ。そこで異国の囚人が監禁されることも多いと聞いている」

「ロッテルダム要塞か…」魁人はつぶやき、信之の話に耳を傾けた。

「砦は、オランダ人が築いた非常に頑丈なもので、海に囲まれているうえ、周囲には高い壁と見張り台が並んでいる。そう簡単には近づけるものではない。シャムの商人たちも、あの砦については皆恐れていたよ」

「信之、マニラやジャワについては聞いたことがある。確か、マニラはスペイン人がいる所で、ジャワは東インド会社の拠点がある島と聞いているが…そのマカッサルという地は、マニラやジャワとどのような関係があるのか?」

信之は、魁人がスラウェシ島の位置や距離を知らないことに気づき、少しでも分かりやすく説明しようと考え、言葉を選びながら語り始めた。

信之は少し頷いてから答えた。「さよう、魁人様。マカッサルは、ジャワの近くにあるスラウェシ島の一部でして、ジャワからさらに東の海を越えた場所に位置します。マニラやジャワのように交易の中心というよりは、オランダが支配する砦の一つです」

「ジャワからさらに東か…」魁人は驚きとともに、その距離を想像してみた。

「はい、ジャワはオランダの重要な拠点で、そこから更に海を越えなければならない地です。マカッサルのロッテルダム要塞は、オランダ人が南洋の支配を進めるための前線基地で、我々が行き来できる場所ではありません」

魁人は眉をひそめ、苦悩の色を浮かべた。「そうか……。そのように遠く、容易に救出に向かえぬ地とは……。しかし、異国の支配に対抗する手立ては本当にないのか」

信之は微笑み、言葉を紡いだ。「殿、それについて思い出すべき話がございます。1521年に、フィリピンの小さな島の領主、ラプラプという者が、スペインの探検家マゼランを打ち負かしました。彼はマゼランの意図と性格を見抜き、異国の支配に屈せず、島を守り抜いたのです」

「ラプラプ……」と魁人は呟いた。「彼はどのようにして、あの世界一周の大冒険を成し遂げたマゼランに立ち向かったのだ?」

「殿、ラプラプとスペインの探検家マゼランの戦いには、興味深い教訓が隠されています。マゼランは、その高名と遠征による実績から、フィリピンの島民を軽視していました。彼は少数の兵を率いて上陸し、ラプラプとその島民を圧倒できると信じていたのです。」

「ラプラプの島民たちは竹槍といった簡素な武器しか持たず、マゼランの兵士の甲冑には通じませんでした。だが、ラプラプは、マゼランの兵士の甲冑が足元を十分に守っていないことに気づき、島民にその足を狙うよう指示したのです。無防備な足を攻撃されたことでマゼランの兵たちは崩れ始め、次々と倒れ、マゼラン自身も命を落としました。この勝利によって、ラプラプとその民は異国の支配に抗い、自分たちの島を守り抜いたのです。以降、スペインも彼らを侮ることがなくなりました」

信之の語る戦いの詳細に、魁人は深く感銘を受けた。マゼランの武勇や武装の優位に屈することなく、敵の弱点を見抜き、わずかな兵で勝利を収めたラプラプの知恵と覚悟に、日本の未来を守るための新たな指針を感じ取った。

「信之、私たちもこの戦いから学ぶべきことがあるな。日本の誇りと知恵があれば、どんな異国の脅威にも対抗できるのかもしれぬ」

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