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サマスペ!2 『アッコの夏』(11)

――次は柏崎に停車します――
 乗り降りのないさびれた東柏崎駅をJR越後線の普通電車が発車した。食当に指名されたアッコと水戸、早川は本日の目的地、柏崎駅を目指している。
 もう次で降りるのか。電車ってなんて速いんだろう。
 アッコは横の座席に置いたチャチャパックに手を置いて、窓を流れる風景にぼんやり感動していた。新幹線に比べたら速いなんておこがましいローカル線だけど、座っていても移動できるのは、ただそれだけで素晴らしい。 

「いやあ、誰かさんの言うことを信じてバスを待ってたら、えらいことだったなあ」
 ボックス席で向かい合わせに座った水戸に、またからかわれた。
「もう、水戸さん。勘弁してくださいよ。あれは罠ですよ。目の前に停留所があったら、やったって思うじゃないですか」
 一時間ほど前、アッコは道の駅から旗を持って走り出す東条に、心の中でエールを送ってから、先輩二人を意気揚々とバス停にいざなった。そこで時刻表を見て仰天した。柏崎方面へのバスは一日四本しかなくて、次の便はなんと三時間待ち。先輩たちにひとしきり笑われてから、四キロも離れたJR駅まで歩き、そこからようやく電車に乗った。

「そんなうまくいかないさ。駅に近い休憩ポイントを見つけるのは、なかなか難しいもんなんだ」
 早川はいつもの悟ったような表情を浮かべる。人生、そんなもんだよって、言われてる感じだ。
「まさかあんなにバスの本数が少ないとは思いませんでした」
「まあいいよ。なんだかんだ言っても電車の方が速いからな。それに今日の道筋だと、どこで休憩したとしても駅まではかなり歩くんだ」
「そう言ってもらえると、気が楽になります」
 後輩をいじるのが好きな水戸とは大違いだ。
「相変わらずお優しいですなあ、早川さんは」
「まあな」
 性格が違う割にこの二人は仲が良いらしい。二年生と三年生は全員が反目し合ってるのかと思っていたアッコは、少しほっとした。早川は膝の上に地図を開いた。アッコたちの足元には食当必須アイテムの大鍋、大釜が置いてある。これで全員の食事を作るのだ。

「さてと、どの辺で宿を探すかな」
 隣の水戸がのぞき込む。
「幹事長は352号線沿いに立ちんぼを置いてくれって、言ってましたね」
「およその目安を決めておこう」
 早川が地図に指を置く。
「駅から近いのは、海岸にある公園の辺りだな」
「そうですね。ここなら一本道だから迷いようがないし、立ちんぼを見落とすこともなさそうです」
 どうやら今日は、昨日のようなことにはならないようだ。

 ――間もなく柏崎です。お出口は――
 電車が減速してホームに入る。出雲崎から三十分だった。なんともあっけない。
「すごい賑やかですね」
 改札を通ると、広い駅舎に観光客らしき人が大勢いる。
「大きな駅なのは知ってたけど、こんなに人気があるんだな」
 水戸も驚いている。正面の壁に大判ポスターが一面に貼ってあった。
「早川さん、水戸さん、これ、見てください」
 夜空に打ち上がる大輪の花火がカラーで印刷してある。
「なんだアッコ。うん? 海の大花火大会か。へえ、柏崎でやるのか」
 水戸がポスターに近づいた。

「おっと、早川さん、これ今日ですよ」
「ほう、いいじゃないか。花火が見れて」
「ここですよ、ここ。すごいラッキー」
 アッコはポスターの下の方を指さした。
「海岸の公園ってまさに花火大会の見物エリアですよ。打ち上げ場所の目の前ですもん」
 二人は手に持った地図と、ポスターの大会マップを見比べ始める。
「立ちんぼしてる時も花火、見えるかなあ。尺玉百発一斉打ち? うーん、楽しみ」
 目の前で打ち上がる花火なんて見たこともない。想像するだけでわくわくする。きつくて辛いサマスペに、一つくらい土産話があってもいいだろう。
「どのくらいの人出になるんだろうな。地方だからそんなでもないだろうけど」
 早川は指で頬を掻いた。
「俺、ちょっと聞いてきますよ」
 水戸が早足で歩いて行く先に観光案内所があった。駅の中は花火大会の横断幕やポスターで賑やかだ。
「はい、うちわです」
 アッコは大量に置いてある花火大会用のうちわを一枚、副幹事長に渡した。
「おお、すまん」

写真AC  ロックパパさん

 リュックを下ろしてうちわを使っていると水戸が走って戻ってくる。首を左右に振ってみせた。
「見物客は二十万人以上だそうです」
「二十万人だって」
 あり得ない。高校野球静岡大会のメイン球場が、二万人収容だ。あの十倍の人だなんて想像もつかない。 
「352号線は車両通行止めです。花火見物客でものすごい混雑になるそうです。うちのメンバーが人混みに入っちまったら、全員迷子ですよ」
「あたしが旗を持って立ってても――」
 今度は早川が首を振る。
「歩いてくる連中には、まったく見えないだろうな」
「二十万分の一、ですもんね」
「それに花火の見物客は殺気立ってるから、ぼうっと立ってたらアッコなんかつぶされちまう」

 話の雲行きが怪しい。ちっともラッキーじゃなかったみたいだ。水戸が「それにですよ」と顔をしかめる。
「その界隈は宿を借りるどころじゃないと思うんです」
「おととい来いって感じだろうな。そもそもみんな見物に出払っているだろうし」
「早川さん、ちょっとこれ、やばいですよ。幹事長に文句言ってくださいよ」
「園部のやつ、知らなかったのかな」
「こんなコースを歩かせちゃまずいでしょう。早川さんは一緒にコースを決めないんですか」
 早川は水戸を抑えるように両手を上げた。
「あいつは俺の意見なんか聞かないよ」
 水戸が「もう」と短い髪に指を突っ込んだ。
「頼みますよ、副幹事長なんだから」
「そう言うなよ。それよりどうするか考えよう」

 早川は地図を拡げた。水戸が唇を尖らせながらも新潟県地図を見る。
「見物エリアのずっと手前で、352号を歩いてくるうちのメンバーをつかまえるしかないですね」
「この辺だろうな」
 早川が人差し指を新潟市寄りの海岸に置いた。アッコたちのいる柏崎駅からは相当に離れている。
「ここまで戻って、近くで宿を探すしかない」
「ですね」と水戸。
「マジっすか」とアッコ。
「よし、歩こうか」

 せっかく電車の恩恵にあずかったところなのに。せっかく目の前で花火が見られると思ったのに。
 でも新人のアッコが文句など言うわけにはいかない。
「戻りながら、できるだけ352号に近い所で宿を探すんだ。歩いてくるうちのメンバーが見物客の波に巻き込まれたらアウトだ。急ごう」
「おっす」
 アッコはベンチに下ろしたチャチャを背負い直した。
 
<続く>

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