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『母常盤(ときわ)』を弾じる 大切なもの

あっという間にクラブチッタの「GOCCIA(ゴッチャ)」本番が来てしまいました。
いつもは「KATARIBE JAPAN」の琵琶語り部として出演させていただいているのですが、今回は急遽決まったので、なんと私のソロです。いいのか?いいのか!?

でも、せっかくの素敵なステージですので、私も今の持ち曲の中で最高のものを皆さんに聴いていただきたいと思い、ある曲を選びました。それが「母常盤(はは・ときわ)」という曲です。

これは、うちの流派(錦琵琶)の曲の中では「小曲」にあたるとても短い曲なのですが、美しさは一・二を争う曲なのではと思っています。皆さんは、常盤御前を知っていますか? あの有名な源義経のお母さんです。

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こちらはパブリックドメインから借りてきました歌川国芳の絵ですが、とにかく有名なのが、この絵に描かれているシーン。この絵、常盤の足元をみてください。小さな下駄を履いた足が4本、着物の裾から出ていますね。お腹のあたりを見ると、二人の子どもの顔が少しのぞいています。これは、今若、乙若という、義経の兄にあたる二人の男児です。そして、この絵の常盤が抱き抱えている(着物で隠して見えていない)のが、まだ赤ん坊だった牛若(義経)です。

近衛天皇の中宮に仕える女性として都中から集められた千人の中から選ばれ、その中で一番の美女だった(つまり絶世の美女ね)という伝説があります。源家の棟梁だった源義朝(頼朝、義経の父親)に見初められて側室となり、今若、乙若、牛若をもうけますが、平治の乱で義朝は戦死。子どもたちを連れて、山中を落ち延びていきます。その途中で母子の上に雪が降りしきり、幼い牛若は泣き続けた、という物語が義経記などに残されています。

その時の様子を漢詩に表したのが、梁川星巌という人が作った「常盤雪行」です。七言絶句の形式で書かれています。

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眠いなあと思いながら書いたら、めっちゃ曲がった…
(本番前日に書くものではない)
レ点とか返点とか出てくると眠くなっちゃう人、わかりますよー。
なので逐語訳載せておきます。

雪は笠檐(りゅうえん)を圧し 風袂を巻く
(雪は笠の縁に吹き付けて、風が着物のたもとを巻き上げる)

呱々(ここ) 乳を索(もとむ)るはいかんの情ぞ
(オギャアと乳を求めて泣く子はどんな思いなのだろう)

ここまでが最初の二行。降りしく雪の中を子どもを抱いて進む若くて美しい女性の姿が浮かんできますね。

他年(たねん) 鉄拐峰頭(てっかいほうとう)の険(けん)
(後年、(一ノ谷の戦いで)鵯越の険しい峰に立って)

三軍(さんぐん)を叱咤(しった)するは これこの声
(大軍を鼓舞するその声こそ、あの腕の中で泣いていた同じ赤子の声なのだ)

いい詩だなあ。三行目でガラリと風景が変わり、いきなり一ノ谷の戦いで鵯越(ひよどりごえ)の頂に立つ凛々しい若武者の姿が浮かぶ。そしてその大軍を叱咤激励する大将の声を、四行目で最初の赤子の声とリンクさせるなんて、簗川星厳さん、よく知らなかったけどすごい人ですね。
詩吟を愛好する方にはとても人気のある漢詩のようです。

錦琵琶では、この詩を引用して、常盤雪行の背景を琵琶うたで語っています。琵琶につきものと思われる合戦の斬ったはったは出てきませんが、うちの流派にはこういう情景を叙情的に歌にしたものが割と多いのです。雪を表現する弾法が途中に何度か出てきますが、これが本当に難しい。何度弾いてみても、創始者である水藤錦穣先生の演奏のようにはいきません。

日々、是修行です。頑張ります。

今回のGOCCIAの隠れテーマは「大切なもの」

だと私は思っています。人類がコロナ禍を得て、すでに1年が経ちました。改めて自分が大切なものとそうでないものについて、考えることも多かったのではないでしょうか。

私個人のことを言わせてもらえば、それでもやはり舞台に立っていられることが、何よりの支えでした。一年前にKATARIBEの舞台が終わってすぐのコロナ禍。決まっていた舞台が次々に中止になり、私も何年ぶりかに本番のない期間を過ごすことになりました。新曲の習得に集中できたのはよかったですが、それでも不安は大きかった。実演家は本番がなければ技術が鈍るのです。そんな中で舞台をやろうと最初に言ってきてくれたのが、KATARIBEであり、クラブチッタでした。実演家にとって何より大切な対面での舞台を、しかるべき対策をして用意してくれたことに、感謝の念はつきません。

そして、もう一つ感謝したいのは息子の成長。私が舞台に立つためには、彼を稽古や本番に一緒に連れてくるしかなく、最初は「お母さんがやってるからやる」だったのが、やがて自分自身が表現したいことを見つけてステージに立つようになり、今は同じ目標を持つ仲間たちと切磋琢磨しながら、日々舞台づくりをしています。眩しいなあ。これも、彼らに舞台という機会を用意しくれた黒江さんやチッタのおかげです。

常盤ではないですが、自分の腕の中で泣いていた子どもが大きくなっていくのを見るのは本当に不思議な気持ちですね。義経のような英雄になるかどうかは全然わかりませんが、タイバンで踊る彼にとっては8歳最後の夜となるGOCCIA本番です。思いっきり、楽しんでほしいな。私も楽しむから。(まずは一人でクラブチッタに来れるかどうか…笑 私は場当たりで先に劇場入りしてしまうので。…うーん、ドキドキですw)

9年前の同じ日の夜は私も病院で思いっきり呻き、叫び声を上げていたわけですが(笑)今、その同じ声で常盤の物語をしっとりと(←)語れることを、至上の喜びと心得て、皆様にとっても大切なものが、これからもずっと続いていくように心を込めて演じたいと思います。

あなたの大切なものは、なんですか。
ずっと一緒にいる未来を、思い描いてくださいね。
きっとコロナを乗り切る力になるはず。





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