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自分の部屋に吊るしてあるYシャツを下から撮影したシリーズ。 愛機ライカM10Pとズミクロン50mm…
僕には非常に仲良くしている幼馴染の兄弟がいて、8つ上と5つ上なのでだいぶ歳上なのだが、…
先日。大学で写真の講義を行ったあと1人の学生が僕の所に質問に来た。 「先生のWebサイト見ま…
1979年の、何月だったか、 ブラジルへの赴任が決まった父は、家を決めたり色々な生活基盤を整…
なんであの時代(1970年代)に、あんな片田舎でバイオリンを習う事ができたのか、いま考えれ…
「無人島一枚」「無人島一冊」「本当に無人島」と、無人島3部作を書いておきながら今になって…
第二の故郷「ブラジル」この国にはやはり思い入れが強い。 今まで三度撮影で訪れたが、大人になって改めて受けるその強烈な印象と、ここで自分が幼少期を過ごしたという時間を跨ぐような不思議な感覚がこの地をさらに特別なものにしている。 そしてなにより、母校サンパウロ日本人学校がほとんどそのまま存在し、後輩達が育っているという事。あの大きな空と赤土の大地で走り回る感覚は途切れずに続いている。 それが今、僕が跨いだ時間、過去と現在を繋ぐ糸になっている。 サンパウロ日本人学校は1967