見出し画像

コンテンツツーリズムとダークツーリズム

(扉画像はかつては海水浴客で賑わっていた吉里吉里海岸から船越湾を眺めたもの・震災前は画像中央付近の防波堤まで砂浜が拡がっていたもののこの場所では失われてしまったそうです)

3月16日に三陸地方を再び大きな地震が襲いました。わたしは直前まで岩手県大槌町を訪れており、10年以上経ってもまだ大きな被害をもたらす地震が起こることに驚かされました。自然環境にしてみれば10年などほんの一瞬に過ぎないということなのかも知れません。被害に遭われた方にお見舞い申し上げると共に復旧に向け私も出来ることをしていきたいと思います。

大槌町を訪れた目的の1つは、東日本大震災から10年あまりが経ち、現地での取り組み、特に観光を巡る動きを知りたいというものでした。ただでさえ日本の地方では高齢化と人口減少が進んでいるうえに、被災地ではインフラや地域コミュニティが破壊・解体され、沿岸部の漁業は地球温暖化の影響とみられる漁獲量の減少という憂き目にも遭っています。そんな中、地域経済の振興策として観光に力を入れたいところではあるのですが、美しい海という景観も護岸工事で一変してしまい、更にコロナ禍がその足を引っ張っているという状況です。

震災の記憶を巡るダークツーリズム

そんな被災地にとっての「観光資源」とは何か? 模索が続いています。公益財団法人日本交通公社は、観光資源を「人々の観光活動のために利用可能なものであり、観光活動がもたらす感動の源泉となり得るもの、人々を誘引する源泉となり得るもののうち、観光活動の対象として認識されているもの」と定義しています。そして震災遺構を始めとした震災の記憶を巡り、「悲しみ」を再確認し、被害や教訓を承継していくダークツーリズムも今後、観光資源としても重要性を増していくのではないかと筆者は考えています。

ダークツーリズムとは、戦争や災害といった人類の負の足跡をたどりつつ、死者に悼みを捧げるとともに、地域の悲しみを共有しようとする観光の新しい考え方である(中略)ダークツーリズムの根源的意義は、悲しみの承継にある

津田大介;開沼博;速水健朗;井出明;東浩紀;上田洋子.チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド思想地図βvol.4-1(Kindleの位置No.1096-1104).株式会社ゲンロン.Kindle版. より

観光という言葉からは明るい/楽しいもの・場所といったポジティブな印象を受けますが、ダークツーリズムにおける「悲しみの共有」も記憶や教訓を承継し、地域に対する持続的な支援を続ける観点からも重要な観光資源として捉えるべきです。

とはいえ、震災遺構を巡る地域の議論においても「辛い記憶を思い出したくない」「地域がそのコストを負担して維持すべきものなのか」といった反発・抵抗があります。心ない観光客が訪れることで、その場所で保たれるべき静謐さ、慰霊の思いが乱されてしまうのではないかという懸念ももっともなものです。

9.11テロで崩落したニューヨークの貿易センタービル跡の施設でも、訪れる人に向けて、この場所で亡くなった方や関係者への思いを忘れないよう繰り返し注意を呼びかける掲示がありました。ダークツーリズムは記憶の風化に抗うものであると共に、そこを訪れる人々の態度によっては風化が可視化されてしまうという矛盾をはらんだ存在でもあると言えます。

反戦と平和の象徴となっている広島の原爆ドームは、これまで3,000万円から2億円をかけて繰り返し補修工事を行っています(参考記事)。大きな被害を受け、もはや建築物ではない状態になったその構造を維持していくのは、地方財政の観点からも非常に困難であり、仮に維持していくのであればその「活用」が常に問われ続けて行くことになります。

記憶を再構築するコンテンツツーリズム

アニメ評論家の藤津亮太氏は著書『アニメと戦争』のなかで、『「戦争体験」の戦後史』(成田龍一)を引きながら、アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』における戦争の語られ方が「体験」から「証言」をへて「記憶」へと変遷していったと分析しています。

災害や戦争といったその瞬間の「状況」は当事者であっても、時間経過と共にその理解や解釈は変化していき、「体験(したこと)」として再構築されていきます。そして、語り部たる当事者たちによる「証言」も、さらなる時間経過と共に、その数は減っていくことは避けられません。世代を超えて出来事が記憶され伝承されるためには、物語というコンテンツ(とそのパッケージ化)が欠かせないということになります。

映画やアニメといった物語の舞台を巡る観光行動をコンテンツツーリズムと呼ぶようになっていますが、「悲しみの承継」に根源的意義があるダークツーリズムと、災害からの回復というポジティブなプロセスを確認し、そこに貢献することも視野に入れた復興ツーリズムとの間の橋渡し役になれるのではないかと筆者は考えています。

日本アニメーション学会イベントでの発表資料より

実際に起こった災害、そして現在進行形で進む復興、いずれも記憶と状況のなかで変化し続け、外から訪れる人々にはすぐにはイメージの把握が難しいものです。それが、「観光客」的な態度に現れてしまい、現地の人々との関係構築を難しくしている面があります。逆に物語コンテンツがそこで有効に作用すればポジティブな関係構築が可能になる。そういった事例をいわゆる「聖地巡礼」として紹介される各地で確認することができます。

端的にその地域の人々がおかれた状況や体験を、地域外の人々にも分かりやすく伝えてくれる物語。それを核とした観光行動=コンテンツツーリズムが震災から10年あまりが経った被災地でも重要になってきていると感じます。

岩手県大槌町を舞台にした2つの物語「岬のマヨイガ」「大槌カイ物語」(おおつちアニメフェスタ 〜2つの物語をたどる旅〜 https://www.otsuchi-anime.jp/ より)

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?