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メールに「略儀」?――日本のICT教育に欠けているもの

昨日Trello公開問題と日本型組織について、あれこれ書いているときにタイムラインに飛び込んできたこのTweet。案の定、ちょっと炎上しているようです。(リンクは貼りません)

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筆者は国内企業や外資企業に10年ほど勤めたあと、やはり10年間のフリーランスを経て現在大学教員ですが、メールで「略儀まで」を用いたことは一度もありません。一方で「取り急ぎ御礼まで」は結構使っています。もし「失礼だな」と感じる方がおられたら大変恐縮ではありますが、今のところメールの書き方でお叱りを頂いたことはありません。当該Tweetにも違和感を示すリプライも多数ついているようです。メールは毎日大量に届きますから、紙の手紙と異なり、礼儀作法よりも用件を簡潔に、というのが共通理解ではないかと考えています。

なぜ「ITしぐさ」が跋扈(ばっこ)するのか?

このような「実際には用いられていない(いなかった)マナー」として、思い起こされるのは「傘かしげ」「時間泥棒」などで知られるようになった「江戸しぐさ(※NPO法人江戸しぐさの登録商標)」です。公益社団法人ACジャパンのCMでも紹介され、一部教科書でも掲載されるなどしましたが、実際にはこのようなことが行われていた史料が存在せず「創作」であるという評価に落ち着いています。

「略儀まで」や「Zoomなどのテレビ会議では目上の人を画面の上の方に」といった実際にはほとんど行われておらず、むしろ生産性を落す「マナー」はさながら「ITしぐさ」とでも名付けておいて距離を取るべきものかなと思います。しかし一方でLINEなどのチャットツールでのコミュニケーションしか経験しないまま大学まで来てしまう学生も多いのもまた事実です。

毎年この時期になると学生からの件名がないメール、「こんにちは」(←あいさつちゃんと出来てエライ!)から始まる口語体のメールに戸惑う教員は少なくないはずです。そのままですと就職活動にも支障を来しますので、私も新入生を対象としたITリテラシーの講義では、「件名+お世話になっております+よろしくお願いいたします+署名」というテンプレートを教えています。「本音」としては以下のTweetの通りなのですが、現実問題としてやむを得ないかなと考えています。

すでにあちこちで指摘されているように、産業・教育など分野に限らず日本のIT化は世界的にも遅れています。例えばもはや誰もが用いることになるメールの書き方などは、手紙の書き方と同様、義務教育課程で教科書で取り扱っておいて欲しいところですが、そうなっていないので、前述のような「ITしぐさ」が登場してしまう余地があるのでしょう。

ようやく行政の現場でもハンコやFAXを止めようという取り組みが始まったばかりですので、組織内や組織間のコミュニケーションにはメールでは無くグループウェアを、という動きが広がるまでには恐らくこのあと10年くらい掛かるのかも知れません。現実問題として(下記のLinkedInのようなビジネスSNSではなく)メールが就職活動の主要な手段に留まっている以上は、学生にも最低限の「マナー」を教えておくしかないのかなと考えています。

デジタル化の先のクラウド化へ

私の周囲(教育界隈)では、昨晩(4月25日)の放送されたNHKスペシャル「パンデミック 激動の世界(9)「子どもの学びは守れるか」」が話題になっています。(以下のリンクで放送後一週間はNHK+にて視聴可能)

なかでも先日やはりネットを賑わしたハッシュタグ #教師のバトン を紹介しつつ「学びの機会」を保証するはずのGIGAスクール構想が、却って教師負担の増加を招いているのではないかという指摘が行われる下りは興味深いものがありました。

約50分のなかにコロナ禍における部活の制限、留学生の家計や不登校、ジェンダーを巡る問題など様々なトピックも盛り込むなど、やや忙しい番組構成だったということもあり、文科大臣の短いコメントが紹介されるのみに留まっていますが、GIGAスクールが一般にどのように捉えられているのかを知るきっかけにはなると思います。

わたしがそこで気になったのは、パソコンや電子ドリルといったガジェット・アプリを使いこなすことができれば「新しい学び」があたかも完成するかのように感じられた点です。たしかに、それらを使いこなせるようになることは、新しい学びの入り口ではありますが決してゴールではありません。「ITしぐさ」の跋扈からも分かるように、何かを発信したり共有する際のリテラシーを教えるところまで、まだ教育は追いついていないのです。

それらのツールを用いて、人間活動の根幹を成すコミュニケーションをどう上手く図れるようになるのか、またコミュニケーションの蓄積を通じて、どうすればより良い社会を構築することができるのか、といった点にこそ本質があります。この番組からも読み取れるように現状は「デジタル化」の入り口に戸惑いながらも立っている私たちが、次なる「クラウド化」の段階に進めるか、が問われていると言えるでしょう。

※この記事は日経媒体で配信するニュースをキュレーションするCOMEMOキーオピニオンリーダー(KOL)契約のもと寄稿しており日経各誌の記事も紹介します。詳しくはこちらをご参照ください。

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