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エイブラハムをかじっただけの男と弟子 その35 タイトルの理由

前回のあらすじ
こんにちは、ソラです。前回はこのシリーズのダサ長いタイトル「エイブラハムをかじっただけの男と弟子」について緊急で「今後どうしよう会」が開催されました。
そこで、先生がこのタイトルになっているのにはある理由があると言い出しました。
こんなにダサいのに!?こんなにダサいのに理由があるなんて!?それでは続きをどうぞ。

ソ ラ :先生教えてください。なぜ、こんなにダサ長いタイトルなのか。

エス太 :そういえば、ソラはまだ知らなかったな。このクソダサいタイトルの理由を。
教えてやろう。

マッキー:ダサいダサいってお前ら・・・。ごめん、ちょっと涙で前が見えんわ。誰か、ワイパー持ってない?目につけるやつ。

エス太 :実は、マッキーは何年か前、自身がまだエイブラハムを知りたての頃、その教えに感動して、知った情報を今のようにアウトプットし始めたんだ。
その当時に使っていたタイトルが「エイブラハムをかじっっただけの男と弟子」だった。

ソ ラ :え?僕たちのシリーズよりも前にこの「エイブラハムをかじっただけの男と弟子」が存在したんですか?

エス太 :そうだ。その当時のマッキーは文字通りエイブラハムをただ、かじっただけの男だった。
そこから、マッキー自身がエイブラハムの教えに日々浸かるようになって、今のこのシリーズに繋がる。
当時も今と同じようにメンターと弟子のキャラクターのやり取りをベースに書いていた。

ソ ラ :僕たちの先輩がいたんですね。でも、なんでそのシリーズはやめてしまったんですか?

エス太 :マッキーが少しマジメ過ぎたんだ。マッキーはアホなのにエイブラハムを知ったことで、自分も誰かの役に立てるかもしれないと思ったんだ。
今のようにくだらない小ネタを入れながらも、一つの回に教えを最低1つは入れ込むという内容で書いていた。
その結果、毎回の内容のボリュームが膨大になり、書いていてしんどくなった。
そうして、いつしか、やめてしまったんだ。
毎回多少のギャグ考えながら教えの本質を書くのはしんどいからな。
毎回100点を目指しすぎたんだ。アホなのに。

ソ ラ :そうなんですね。くだらない小ネタをやめたら良かったのでは?

マッキー:アホなのは関係ないだろ。
それもやってみたよ。でもな、どうしても内容が、難しく、堅苦しくなってしまう。
それに、それなら、俺である必要がない。他の多くの人がその発信はやってる。
俺が書きたかったのは、もっとエイブラハムを身近に、軽く感じてもらうことだった。

ソ ラ :いろいろ経ての今なんですね。

エス太 :そこからだ。俺は、マッキーの心の中でうったえかけつづけた。俺を世に出せと。最初こいつは俺の声をずっとガン無視してたけどな。

マッキー:あまりにしつこいから、エス太に聞いたよ。んじゃ俺はどうしたらいい?って。
そしたらエス太は「お前はアホなんだから、100点なんか目指すな。20点でも0点でもいい。教えが全く入らないない日があってもいい。お前がただ書きたいことを書け。自分の喜びために書け」って言ってきたんだ。

ソ ラ :それで生まれたのがこの新シリーズ・・・確かに全く学びがないただのネタ回が多い。
でもなんで、マッキーさんは新シリーズにもこのタイトルを使ったんですか?

マッキー:俺はもともと、このシリーズは面白いと思って書いてたんだわ。そして、好きだった。だから、同じタイトルで再度書こうと思った。

エス太 :こいつ、元カノとか絶対引きずるタイプだろ。

ソ ラ :めめしいですね。

マッキー:んなことねーわ!!んじゃ、この機会にタイトル変えようぜ!!

ソ ラ :え?

マッキー:新タイトルはだな・・・エイブラハムとゆかいな仲間た・・・

ソ ラ :このままでいきまーすっ!!!急に名前変えても、あれなんで!!

マッキー:そ、そうか?いいのか?

エス太 :マジで今よりダサいタイトルになるところだったじゃね~か。あぶな!まじでネーミングセンスいかれてんのか。

ソ ラ :もう二度とタイトルのダサさには触れないようにしましょう。

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