🅂6 「代表性」という罠...

「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂6

▽ヒューリスティックは「取り敢えず」的な発想で、無意識のうちについつい多用しているわけですが、思わぬ罠も待っています。というより用心しないとその先は罠だらけ、って感じもします。タイトルにある「代表性」ヒューリスティックとは、対象の属性情報などから典型的なパターンやステレオタイプに置き換えて判断することを言います。例えば初対面の方を紹介された時に「○○銀行の鈴木です」といわれたら、漠然と「まじめできっちりしてそう...」と受け止めがちですが、本当のところは全くわかりません。カーネマンとトヴェルスキーはこの代表性について「リンダ問題」という実験を行っています。ファスト＆スローでは「もっともらしさによる錯誤」の事例として取り上げられていますが、代表性を考える点でもとても分かりやすいので、こちらで検討してみたいと思います。

リンダの人物描写は以下の通りである。
…リンダは31歳の独身女性。外交的で大変聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また反核運動に参加したこともある。
以上からリンダの現在の姿を予想し、次の八つの選択肢から順位を推定する。
・リンダは小学校の先生である。
・リンダは書店員で、ヨガを習っている。
・リンダはフェミニスト運動の活動家である。
・リンダは精神医学のソーシャルワーカーである。
・リンダは女性有権者同盟のメンバーである。
・リンダは銀行員である。
・リンダは保険の営業をしている。
・リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家でもある。

出典：ダニエル・カーネマン「ファスト＆スロー」
（注）文中太線は筆者による

▽ここで注目していただきたいのは、「銀行員のリンダ」と「銀行員でフェミニストのリンダ」という二つの予想です。カーネマン等が一般の被験者に対して行った実験の結果では、「銀行員リンダ」よりも、「銀行員でフェミニストのリンダ」の方が上位にランクされました。

▽女性の銀行員がアメリカにどのくらいいるかわかりませんが、仮に１００万人いたとすると、銀行員で且つフェミニストの女性は、最大で１００万人かあるいはその内数になります。フェミニストではない女性銀行員もいるはずですので、論理的に考えれば順番が逆ということでしょう。しかし、私も初めてこの問題に接した時は、疑うこともなくフェミニストの銀行員を上位に予想しました。カーネマンらは更にスタンフォード大学で確率・統計・意思決定理論を履修中の院生を対象に同じ実験を行ったのですが、その結果も８５％の院生が「銀行員でフェミニストのリンダ」を上位に予想したということです。

▽この結果をカーネマンは、以下のように説明しています。

リンダ問題で回答者が行った確率判断は、代表性（ステレオタイプとの類似性）の判断とぴたりと一致する。（中略）最も代表的に見える結果と人物描写が結びつくと、文句なしに辻褄の合ったストーリーが出来上がる。辻褄の合うストーリーの大半は必ずしも最もおこりやすいわけではないが、もっともらしく見える。そしてよく注意していないと、一貫性・もっともらしさ・起こりやすさ（確率）の概念は簡単に混同してしまう。

出典：ダニエル・カーネマン「ファスト＆スロー」
（注）文中太線は筆者による

▽ここでの人物描写とは「差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また反核運動に参加した...。」という部分であり、代表的に見える結果とは「フェミニスト運動の活動家」ということになります。これをつなげると、「差別や社会正義の問題に強い関心を持ち反核運動に参加したこともあるリンダは、現在ではフェミニスト運動の活動家である」という、文句なしに辻褄の合ったストーリーが出来上がります。結果として私の場合は、カーネマンの指摘のように、「社会正義→フェミニスト」という一貫性やもっともらしさと、「銀行員」のほぼ内数と考えられる「銀行員でフェミニスト」であることの起こりやすさ（確率）を、すっかり混同してしまった、ということになるようです。

▽念のため「代表性」の意味を調べると、以下のように記載されています。

代表性とは典型的と思われるものを判断の基準、答えとして転用すること。典型的と思われることはステレオタイプ（固定観念）と呼ばれる。ヒューリスティックスによるバイアスの要因となる。

出典：コトバンク

▽更にステレオタイプに注目してみると以下の通りです。

ステレオタイプ ／ stereotype　（抄）
特定の文化によってあらかじめ類型化され、社会的に共有された固定的な観念ないしイメージのことで、紋切り型と訳される。
その特徴として、
・過度に単純化されていること。
・不確かな情報や知識に基づき誇張され、しばしばゆがめられた一般化ないしカテゴリー化であること。
・好悪、善悪、正邪、優劣などといった強力な感情を伴っていること。
・新たな証拠や経験に出会っても、容易に変容しにくいこと。など

出典：weblio　人権啓発用語辞典より

▽こうして代表性による判断プロセスを紐どいてみると、この便法はかなり要注意であることがわかります。私たちが頼りにしている「代表性」には、ステレオタイプが頻繁に登場し、これは上記の様に単純化・歪曲化・感情的・固定的といった問題点を数多く抱えているからです。私たちは困難に遭遇した時に「取り敢えず」といっては便法で逃げ切ることを画策します。それ自体は否定しませんが、「便法は便法であって、本質的な解決策にはなり難い」ということも再認識しておく必要があるようです。つまり、暫定的な対応の後で本質的な解決の要否を見極め、必要があればシステム２をフル稼働させ、難題と向き合う準備をすべきだということになります。

▽カーネマンは、代表性の罪として２点挙げています。一つ目は、起こりそうもない事象を「きっと起こる」と思い込んでしまいがちだということです。もともと「リンダ問題」は確率の予想ですが、このようなケースでは「基準率」という考え方をベースにおきます。この場合は銀行員である確率が基準率になります。そうすると「フェミニストの銀行員」の数が「銀行員」の数を上回ることはあり得ないわけですから、予想確率の順位は考えるまでもないでしょう。私はこの基準率を完全に無視した、ということのようです。

▽二つ目は人物描写情報のクオリティーを問題にしています。このような設問では、被験者は与えられた情報を鵜呑みにして、一貫性を見つけるのに躍起になってしまいます。首尾よく一貫性が見つかると、後は今見てきた通りの残念な結果に陥ってしまうのです。そもそも代表性ヒューリスティクスとはスピードが信条のシステム１が行います。一貫性や因果関係によってさっさと結論を出す為には、人物描写などの前提条件は後回しにしがちです。結果として人物描写に誤謬があっても全く気付かず「見たものが全て」になり易い、と指摘しています。結局私の場合は、ひっかけ問題をよく読まずにもっともらしい答えに飛びついてしまった学生時代から、なんら進歩がないのでは、という悲しい自覚にたどり着いた訳です...。

▽さてこのような欠点があるとはいえ、現実の世界で困難な問題に遭遇すれば、これを何とか対処するために「代表性」は役に立つことの方が多いようです。ただ見てきたように過信は禁物ですし、ヒューリスティックによる誤謬が起こっても、その誤謬により何らかの弊害が起きなければ、私たちはそれすら気付かずに日常を過ごしている、というのが現実です。結果が悪くなければ、私たちは勘違いしたままという「結果バイアス」の中にいた方が、気楽で居心地がいいのです。少なくとも「私は運がいいのかもしれない！」程度の自覚は持ちたいものです。