🅂12 アノマリーと一万円札

「A little dough」 第５章　貯蓄と投資　🅂12 アノマリーと一万円札

　現実の株式市場を、効率的市場仮説（EMH）とアノマリーだけで説明するのは難しいかもしれませんが、アバウトな私の脳の中ではほぼそうした構成になっています。大きく捉えればマーケットは概ね効率的に動いているように見え、また一方で生まれては直ぐに消えてしまうアノマリーやバブルのように破壊的な威力を持つアノマリーの存在も現実に実感できるからです。

➤効率的市場に棲むアノマリーの価値
　EMHは、株式市場がすべての利用可能な情報を即座に価格に反映していると主張しますが、アノマリーはこうした概念から外れる現象であり、市場参加者である人間の認知バイアスという特性を考えれば理論的にも否定できない現象だと思います。またケインズの言う美人投票的側面も、同様に評価を歪める可能性を持っています。田淵直哉氏がいうように、実際の市場は「素早く情報を反映して効率的であろうする力」と「認知バイアスなどが生み出す非合理性がアノマリーとして存在しようとする力」のせめぎ合いの場所なのかもしれません。
　ではなぜ「せめぎ合いになるか」ということですが、アノマリーは株式市場においては一時的な「歪み」であり、いずれ正常化する可能性が高いと市場参加者が考えているからです。「歪みの状態で買い（売り）、正常化すれば売る（買う）」という取引をすることが、投資家の利益に繋がります。もっとリスクをとるなら「正常化後に逆の歪みが生じるまで待って決済する」という手もあります。…つまりアノマリーは見る人が見れば「路上に落ちている１万円札」のようなものなのです。バフェットのような慧眼があれば、相当鮮明に見えているのかもしれません。
　「ファイナンス理論全史」（田淵直哉著・ダイヤモンド社）によれば、EMHを主張したユージン・ファーマも、1993年に発表した「ファーマ＝フレンチ・モデル」の中で、「小型株効果」や「割安株効果」などのアノマリーの存在を認めています。これに「モメンタム効果」を加えた「CAPM（資本資産評価モデル）」の応用版もあるとしていますが、いずれも後述する「ポートフォリオ理論」の拡張版としての位置付けです。つまりアノマリーは、「投資家が利益を得るための源泉として重要な役割を担っている」ことを示しています。リスクプレミアムもそうでしたが、結局のところ私たちが不合理であるがために生まれる「アノマリー」を、合理的に利用しようとするのがリスク資産への投資ということになるようです。

ファイナンス理論全史――儲けの法則と相場の本質

➤代表的なアノマリーの存在
　さて、こうしたアノマリーの代表的なものとしては、以下のようなものがあげられています。
▻モメンタム効果
　トレンドフォローともいわれますが、例えば特定の情報によって「ストーリー」が生まれると、これにハロー効果などが加味され相場を押し上げることがあります。こうした兆候に勝ち馬に乗ろうとする人たちが群がると、更に株価は上昇するということが起こります。モメンタム効果はこうした現状の勢いが一定期間そのまま続くような状態を指すアノマリーのことを言います。株価が下がる局面でも同じようなことが起こる場合があります。
▻リターンリバーサル効果
　ある期間比較的高い（低い）パフォーマンスを示した株価は、その後に続く期間で逆に低い（高い）パフォーマンスになる現象をいいます。
　上記の２例は、人間の認知バイアスが生むトレンドがマーケット自体の流れを作るものですが、田淵氏によれば、市場には「結果が原因となって新たな結果を生み出すフィードバック機能」というものがあるといいます。モメンタム効果は「買いが買いを呼ぶ」という自己増幅的なフィードバック、リターンリバーサルは「買いの後は売られる」という自己抑制的なフィードバックといえます。
▻バリュー効果
　低い評価指標を持つ株式が長期的に高いリターンをもたらす現象です。この効果は、ベンジャミン・グレアムとデイビッド・ドッドによる「証券分析」に記載されたバリュー投資の概念に基づいています。具体的には低い株価収益率や株価純資産倍率などを持つ株式が長期的には高いリターンを示す傾向があるというものです。
▻小型株効果
　時価総額の小さい株式（小型株）が、長期的に見て大型株を上回るリターンを示す傾向を指します。大型株と比較した場合、成長余力大きいにも関わらす、情報量が少なく、リスクも大きいということから過小評価されがちなために起こるアノマリーです。
▻長期非合理性
　時間割引率の高さなど人間の認知バイアスが引き起こす非合理性が継続することで起こるアノマリーです。機関投資家などが短期的成果を重視することも構造的な原因となります。
▻ファットテール／ブラックスワン
　ファットテールは、効率的な市場が統計上の正規分布に近づくと想定されるのに対し、実際には裾野の確率が高くなり大きな価格変動が起こり易くなることをいいます。具体的には1987年に株価が１日で20％以上下落したブラックマンデーなどがあります。またブラックスワンはナシーム・ニコラス・タレブが主張したものですが、リスク管理の対象とならない「想定外の出来事」が、市場に大きなインパクトを与えるという事象です。そもそも予測の範囲を超えているという部分で、事前に対応することはほぼ不可能ともいえます。サブプライム危機後のCDSが起こした世界金融危機や死者数が数百万人に及んだコロナ・パンデミックなどが考えられます。

　さて、株式市場という大きな海が、基本的には効率的な海原とそこに点在する大小のアノマリーによって構成されているとして、次はこの海をどう渡るかという問題に直面することになります。次節以降では、私たちの乗る船である「ポートフォリオ理論」について考えていきます。