🅂9 グレアム＝ドット村のサル

2024年5月31日 09:35

「A little dough」第５章　貯蓄と投資　🅂9 グレアム＝ドット村のサル

　「パリの孤独な天才」ルイ・バシュリエの「ランダム・ウォークの発見」は、やがてユージン・ファーマの「効率的市場仮説（EMH）」に繋がり、現在多くの人が認める株式市場の理論的な基礎となっています。一方で、現実のマーケットの動きの中に身を投じると、仮説では説明しきれないことが度々起こっていることに気が付きます。

➤「グレアム＝ドット村のサル」
　「効率的市場仮説」には一定の妥当性があると思いますが、ファーマの理論はあくまで前提を置いた「仮説」であり、実際のマーケットが理論通りであるといっているわけではありません。
　1983年にウォーレン・バフェットが「グレアム＝ドット村のサル」※と自らを例えて反論したように、実務家は市場の非効率性を主張しました。マルキールの例えを引用し、一握りのサルがたまたま好成績を収めることはあったとしても、それが同じ村のサルであり且つ継続的に好成績を収めたとなると、これはランダム・ウォーク理論を疑うだけの反証になる、というものです。（※バフェットがベンジャミン・グレアムとその生徒であったデビッド・ドッドに学んだことからの例え。二人は1934年に不朽の名作とされる『証券分析』を出版した。）

　バフェットの投資手法（上記リンク参照）は、優良割安株（バリュー）、超長期、非分散などの特徴があるといわれていますが、こうした選択はバフェット自身が考える「市場の非効率性（アノマリー）」に対して行われています。
　例えば期間の長短を考えた場合、市場は短期的には効率的であっても長期的には歪みが生じやすいといわれており、この歪みは、第１章で記載した「時間割引率」に起因している可能性があります。報酬系回路を持つ私たちの脳は短期的な報酬を優先するため、逆に長期的な報酬は放置されやすく、それが歪みを生む原因と考えられるからです。バフェットの場合はこの「超長期」に加えて、「優良割安」と「非分散」という手法を組み合わせることでさらに大きな「アノマリー」を見通していることになります。
　因みに上記のコラムを記載している田淵直哉氏は「バフェットの投資手法を目指したとしても短期的な要因を無視して超長期に投資を続けることは、心理的に困難である」と述べています。これは田淵氏の実感だと思いますが、バフェット研究は面白いかもしれないが、手を出さない方が無難だというアドバイスのようにも聞こえます。

➤効率的な市場に点在するアノマリー
　マーケットを構成する最小単位というものを考えると、それは市場に参加する投資家ということになります。つまりそれは人間ですから、EMHの前提である「市場参加者が合理的であること」は簡単に覆ってしまいます。私たちの判断が度々合理的でないことは、今までみてきた通り多くの事例で示されています。その結果マーケットにおいても、理論上は起こりえないような事態を発生させることになります。
　「バブル」はその典型的な事例です。古くはオランダの「チューリップバブル」が有名ですが、新種のチューリップの球根一個に今の時代なら都心のタワマンが買えるほどの値段が付く様子は、想像を絶するものがあります。私たちが経験した日本の不動産バブルやドット・コム企業が溢れかえったインターネット・バブルなど、振り返れば歴史は度々繰り返されています。

　バブルが形成される過程の「極端な楽観」や逆に崩壊する場合の「極端な悲観」は、「強力な集団心理」を作り出し、やがて「群衆行動」と化します。こうなると客観的で妥当なはずの投資判断も、群衆行動が生み出す「現実の相場」よってみごとに一蹴されてしまいます。その結果、アノマリーは更に増幅されていくことになります。バブルはこのようにして生まれ、そして消えていくということですから、まさに言葉通り「泡沫」にすぎないということなのです。

➤認知バイアスがアノマリーになる時…
　行動経済学の分野では、こうした例外的な現象を「アノマリー」として説明しています。具体的には、人間の脳の認知構造に生じる系統的なバイアスによって非合理的な行動が生み出され、フィードバック効果などでこれらが増幅された結果アノマリーが形成される、いうものです。それは時にはバブルのような大きなアノマリーを生み出したり、バフェットのような桁外れの洞察力を持った投資家にしか見抜けない究極のアノマリーを生成したりしているということになります。
　いずれにしても株式市場は一定の範囲で効率的ではあるものの、人間の持つ認知バイアスが、しばしばこれに反する観測結果（アノマリー）を生成している、と考えておく必要があるようです。

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