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所在ない

2023/12/11の日記

店に入った瞬間に、失敗したかもと思った。
映画が始まるまでの間に、さっと夕食を済ませたくて、たっぷりのチーズが食べられると看板に銘打ったお店に初めて入った。
華やかな装飾の店内は、カップルや友達同士の客でわいわい賑わっていた。クリスマスソングが絶え間なく大音量で流れていた。1人で店に居るのは私だけだった。

店員が、ワンドリンクオーダー制であることを、席についた私に伝えた。メニューの料理はどれもやたらお洒落で高かった。頼んでもいないお通しがやってきた。
ここはカップルや友達でわいわい飲み騒ぐ店であり、ラーメン屋のように1人でさっと食べて帰る店ではなかったのだ。
私の戸惑いは確信に変わった。

せめて誰の邪魔にもならないように、カウンターの隅っこで、チーズたっぷりのスパゲティをもそもそ口に運んだ。

すぐ目の前のカウンターの向かいで、中年女性の店員が、今日入ったばかりらしいバイトの女の子に仕事を教えていた。

「カウンターは大体2人ずつ座るから。たまに1人の客も来るけど、普通は2人とかだから」

中年女性の店員は、よく通る声で女の子にそう言った。
その声は、1人で来ていた私にもよく聞こえた。

「あんた、名前なんだっけ?」

「今日は店長いないんだから、声出てないとかありえないよ」

「ボーッと突っ立ってないで、自分ができる仕事探して。皿洗って!」

「これ言ったの2回目だよ?」

中年女性は女の子に容赦なく怒声を飛ばした。
カウンターを挟んだ目の前で、女の子の澄んだ瞳がどんどん光を失っていくところを見た。
彼女の端正な眉が静かに下がり、睫毛は震えていた。
「小さい」と怒られていた声からも、更に覇気が消えていった。

私は、中年女性がテーブル席への配膳のためにカウンターを出るタイミングを見計らって、女の子に
「タバスコください」
と声をかけた。
女の子はわたわたと周囲を見回し、カウンターの後ろのタバスコを取り、笑顔で私に渡してくれた。
「ありがとう」

なんとなく私は、「ありがとう」と言うために彼女にタバスコを頼んだ気がした。
この店の中で所在を見失っている者同士として、勝手に親近感を覚えた私は、「あなたがタバスコを取ってくれたおかげで私は助かりましたよ」ということを彼女に伝えたかった気がする。
もちろん、それは私の身勝手で自己完結な振る舞いでしかなく、それによって彼女が助かったとは全く思わないのだけど。

店を出た時には、たっぷりのチーズによって胃がもたれていた。
もうこの店に1人で来るのはやめよう、と思った。

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