見出し画像

恋って何だ_前日譚

 自慢ではないが、22年の人生で数えるほどしか恋をしていない。そんな私がここ数ヶ月、久々に恋をしている。というかしていた。

 相手との出会いは2年前の夏だ。オンライン上で出会い、同じバンドが好きだと分かって連絡を取り合うようになった。数ヶ月連絡が途切れることもあったが、基本ずっとラインのやりとりをしていた。

 私は恋愛への興味が全くなく、彼とやりとりを始めた頃からずっと彼に対してロマンス的な好意を抱いていなかった。ただ同じものを同じくらいの深さで好きでいる人、ぐらいの気持ちだった。まだ友達と思えるほど交友関係は深くなかったので、知り合い以上友人未満くらいの位置付けだった。

 が、ラインのやり取りだけでなく直接顔を見て喋ったこともある。オンライン上ではあるが2回ぐらい直接お喋りをした。いつか会ってみたいな〜と思っていたが、私は東の方に住んでいて彼は西の方に住んでいたため、情勢とか諸々の都合が悪く会うことには踏み切れなかった。


 そんな彼を自分の中で意識し出したのは、しごく打算的な理由からだ。


 話は逸れるが、私の人生の目標は子育てをすることだ。実子でも養子でもいいのだが、自分が培ってきたものをつぎ込み、自分の意思や私が親から与えられたものを次世代に残したいと思っている。そこから逆算すると、まず誰かとつがいになる必要がある。一人ではそもそも実子を持つことができないし、養子を取ることもできないためだ。

 次に、つがいになるにはどうすればいいかを考えた。答えは簡単である。異性と仲を深めることだ。できれば長いこと一緒にいて苦じゃない相手が望ましい。

 じゃあ異性と仲を深めるにはどうすればいいか、というと、異性と知り合ったりやりとりを重ねたりすればいい。ただ私は生まれてこのかた同性だらけの交友関係を築いており、異性と知り合う手立てがあまりない。そう思ってマッチングアプリを始めたりもしたが、知り合えるかどうかの判断基準が顔であることに嫌悪感を覚え、すぐにやめてしまった。

 そうなると今関わっている異性とつがいになるのが一番楽だ。じゃあそれって誰だ?というと、一年以上ラインを続けていた彼だった。こういう考えをするようになったのが今年の2月ぐらいで、この時点で私の中の彼の属性が知り合い以上友達未満から、付き合いたい人に変わった。しかしこの時点ではこの人と付き合えればいいな〜と思っていただけで、別に恋心を抱いていたわけではない。多分。まだ一回も会ったことのない人だったし、ほぼ文面のやりとりしかしていないし、好きになるにはあまりにも情報が少なかった。


 だが、付き合いたいという思いが生まれたら相手に対する興味は増してくるもので、何がなんでも直接会ってみたいなと思うようになった。幸いなことに私には今年の3月に学生最後の休みを使い、日本全国を一人旅しようという計画があった。その旅行先の中に彼の地元も入っていたので、「良ければこの日に一緒にご飯でも食べよう」というお誘いをした。

 それが快諾され、実際に会う運びとなった。会うまでにも色々やりとりをしていたのだが、その結果彼が地元を案内してくれることになった。私は一緒に昼ご飯でも食べられたらいいな、くらいのテンションだったので、思いがけず彼と長い時間を過ごせることになって有頂天になった。他にも、待ち合わせで提示した時間を一時間早めてくれたりして、最初私が考えていたよりがっつり会えることになった。

 会うことが決まってから、彼に対して傾けている心のエネルギーが大きくなったような感じがしていた。街を案内してくれると言われた時も待ち合わせ時間を早めてくれた時もめちゃくちゃ嬉しかったし、彼からラインが返ってくるとドキドキしたし、その返答に一喜一憂したりもした。まだ彼に対して好意を抱けるほどの情報を持っていなかったにも関わらず、この時すでに私は彼に対して恋をし始めていたのかもしれない。


 そして彼の地元に旅行する日が来た。この時の旅行は2泊3日で、2日目が彼とのデートの日だった。初日、家から旅先に向かう新幹線でなぜか既にド緊張していて、明日のことを考えて喉をカラカラにさせていた。もちろん1日目の夜は眠れなかったし、起きても支度を済ませてずっとそわそわしていた。初めて会う彼はどんな人なんだろうとか、あわよくばロマンス的な出来事が起こってくれないかなとか、色々なことを考えて待ち合わせ時間になった。

 初めて生で会った彼に対し、思ったほど背が高いなという印象を受けた。もちろん死ぬほど緊張していたし頭の芯からかあっと熱くなるような感覚を味わっていたが、妙に冷静に彼を観察している自分もいた。そしてその冷静さでもって彼と接することができていた、と思っている。いろいろなことを質問してそれに答えてもらうという、私が普段友人と喋る時と同じような接し方で彼と関われていた。

 が常に心は浮き足立っていたし、彼の案内で観光名所を見て回っているときも、ここにいる誰よりも私が今一番緊張していて、誰よりも楽しい時間を過ごしているんだろうなという自負を持っていた。意中の人と歩くことにはそれくらいの全能感があることを初めて知った。

 並ばないと入れないような甘味処にも案内してくれたし、たくさん歩いた後はスタバでコーヒーを買って近所の公園で飲んだりもした。この公園で2時間ぐらいを費やしていた。会話もしたし、会話が途切れてなんとなくぼーっとしている時間もあった。普段なら会話のない沈黙の時間に嫌気がさしてしまうのだが、この日はそんな時間さえもキラキラしていた。ただ横に彼がいて、しゃべりたい時にぽつぽつ話せるという状況が嬉しかった。

 私はこの日の夜別の予定があり、別れないといけない時間が決まっていたのだが、その時間ぎりぎりまで彼は私といてくれた。「全然一人で時間潰せるからいいよ」と言ったのだが、予定していなかった場所を案内してくれたり、帰りの電車の乗り方まで教えてくれた。私は彼を駅の改札口まで見送り、その後別の予定に向かおうとしたのだが、改札口まで来た瞬間にとても名残惜しくなってしまい、しばらく膠着したままその場を離れられなくなった。別に何を話すわけでもないのだが、名残惜しいな〜という気持ちを抱えたまま彼の横にいた。彼もそんな私を振り切って帰るでもなく、横にいてくれた。甘やかな沈黙の時間が流れていた。

 流石にずっと沈黙していたわけではなく、言い残していたことをいくつか話した。この時既にまた彼の地元に行く予定があった。そのため「一ヶ月後のこのあたりでまた会えない?」と打診をしたのだが、「その日はちょっと分からない」と渋られてしまった。それに、「また会いたい」と言っても「縁があったら」という何とも言えない返事をされたりした。これ以外にもデート中に明らかに恋愛フラグを折られるようなことを言われたりして、彼は私に脈なんてないのかとショックを受けた。ただ、脈のない人が何時間も私の観光に付き合ってくれたり、沈黙が続く非生産的な時間を一緒に過ごすこともないだろうと思い、私に対する彼の気持ちが全く分からなくなった。そんなショックや混乱を抱えたまま次の予定に向かい、その日は終わった。

 次の日もずっともやもやしていて、音楽を聴いて訳もなく泣きそうになってしまった。別に私と彼の関係は終わったわけではないのに、彼と付き合うことは無理かもななんて思って気持ちが落ち込んでいた。が、昨日のお礼を兼ねて「これからもラインでやりとりをしたい」なんて文を送ったら「ぜひ!」みたいな返事が来て、一応安心はした。脈があるかないかはおいといて、とりあえずやりとりを続けられることが嬉しかった。

 

 彼に会った3月のとある日以降、私は常に彼にとらわれていた。友人とカラオケに行っても、彼と行ったらどうなるんだろうなと考えていたし、美味しいものを食べても彼と食べてみたいと思っていた。一日の例外なく私の頭の中には彼がいたし、相変わらずラインの返事で一喜一憂していた。

 だが、なかなか彼に会える機会はない。別れ際に打診していた「この日に会えない?」も都合がつかずおじゃんになってしまった。その直後にまた彼の地元近辺に旅行したのだが、そのタイミングで会いたいと思ったら逆に彼が私の地元近くに旅行したりと、会える機会は巡ってこなかった。縁がないということなのかなと諦観したこともある。


 そんな私に大ラッキーが訪れた。彼の引っ越しである。彼も私も社会人になったばかりなのだが、彼は私の地元近くを希望の配属先として届け出ていたらしい。それが叶えられて、彼が東の方に来てくれることになったのだ。この報告をラインで受けた時はロマンスの神様が味方してくれたと思ったし、彼の会社の株を買おうかと本気で思った。恋愛には人の力ではどうにもならない要素がたくさんあるが、居住地というかなり大きいものが私の希望通りに転がったことに喝采を叫びたかった。これでいつでも彼に会えるようになる!

 と思ってはいたが、それ以外の部分で鬱々とした思いを抱くこともあった。ラインの返事が一週間返ってこない時は不誠実で腹が立つと思ったし、インスタに男女混合で旅行に行った時の写真をあげているのを見た時もムカついてしまった。彼に関する私の感情は、プラスのものとマイナスのものを行ったり来たりしていて、楽しくはあるがそれなりに疲れるものだった。


 そんなこんなで日々を過ごしていたが、先日あるライブに行った。私と彼が共通で好きな、かのバンドのライブである。もともとこのライブに行く少し前からこれを口実にして彼にデートの誘いをしてみようかと思っていたので、ライブが終わってから「ライブがすごく良かったんだけど、今度飲みに行って感想聞いてくれない?」というラインを送った。するとすぐ「いいよ」と返事が来て、とんとん拍子に会う日と場所が決まった。ライブの感想を言うだけでなく、この辺りに不慣れな彼を私が案内するという、一度目のデートの逆バージョンが行われることにもなった。これは失敗してはいけないと思い、行きたいお店をリサーチしたり行くエリアを決めたりして、入念に準備をした。

 そしてその日が来た。もちろんこの日のことはとても楽しみだったが、一度目のデートの前ほど緊張することはなかった。前日の夜はぐっすり眠れたし、当日も純粋に楽しみな気持ちだけを持って待ち合わせ場所に向かった。

 この日は昼に集合してご飯を食べ、おしゃれなカフェでお茶をしてから飲みに行くというのが私の中のざっくりした計画だった。お昼に行くお店は彼が探して打診してくれた場所だったのだが、信じられないくらいの行列だった。ただそれでもちょこちょこ会話をしていたので、待つのは苦じゃなかった。席についてゆっくりできると会話の量も増えたし、ご飯が終わってカフェに移動してからもかなりたくさんお喋りをしていた。初めて会った時は会話がぶつ切りになることが多かったのだが、この日はかなりスムーズに会話が進んだ。一つの話をとっかかりにして次の話が展開するという、私の中の理想のお喋りが成立していて心底楽しかった。共通で好きなバンドの話もできたし、それ以外の音楽の話などにも興じることができた。

 カフェを出て夜ご飯の時間になり、目をつけていた飲み屋に行ったのだが、そこは満席だった。新しいお店を探すのも面倒だったし、がっつりした昼食とカフェのおやつの直後でお互いお腹が空いていなかった中、彼が「カラオケでも行かない?」と提案してくれた。カフェでカラオケの話もしていたので、その流れを継いでくれたのだと思う。彼とカラオケに行きたいなとはずっと思っていたので、この提案にすぐ飛び乗った。まさかこんな流れで彼とやりたいことを一つ叶えられるとは。

 2時間しか部屋が取れなかったが、色々な曲を歌った。歌詞を私と彼に重ねて聴いていた恋愛ソングも歌ったし、好きなバンドの超マニアックな曲を歌ったりもした。同じ深さで好きだからどの曲でも盛り上がってくれたし、完璧に合いの手を入れてくれたことが気持ちよかった。最後には二人でデュエットをして終わった。


 お昼ご飯もカフェもカラオケも心底楽しかったし、彼も私と同じくらい楽しんでくれていることが分かった。それだけでなく、様々な場面で恋愛フラグを感じたりもした。例えばお昼ご飯で打診してくれたお店は「カジュアルなデートにおすすめ」と紹介されているところだったし、彼がカラオケで歌っていた曲も私と彼に重ね合わせることができるものばかりだった。また、別れ際に「また遊ぼう」と言ったら「もちろん」と言ってくれた。「縁があったら」で濁された前回とは大違いだ。

 いくら恋愛経験が豊富な人でも、ここまで条件が揃っていたら彼は私に脈があると思うだろう。ましてや恋愛経験の少ない私ならなおさらだ。解散までに告白しようと決心をした。

 しかし彼と私は乗る電車が逆である。そして告白の決心をしたのは電車のホームの上だ。彼方面の電車はもう来ている。ただ私には人混みのホームで告白する度胸はない。ぐるぐる考えた結果、「途中まで送らせて」と言って半ば無理やり彼方面の電車に乗った。返事を聞かずに電車に乗ってしまったので大迷惑だったかもしれないが、この際そんなことは気にしていられない。何分か揺られて、彼が降りるべき駅に着いた。

 電車を降りてホームから出ても、勇気を出せずにしばらくもやもやしていた。彼はそんな私に何を言うでもなく、背を向けて帰るでもなく、黙って一緒にいてくれた。途中で「名残惜しいね」なんて言いながら、私は自分の覚悟が決まるのを待っていた。

 彼が「じゃあそろそろ帰ろうかな」と言った瞬間に覚悟が決まった。「気持ち悪いこと言っていい?」と前置きをしてから好きだと伝え、よければ付き合ってほしいとお願いをした。今までの人生の中で、ここまで面と向かって告白したことはなかったかもしれない。一世一代の勇気を出して思いを伝えた。

 しかしこれは彼にとって予想外のことだったらしく、かなり混乱させてしまった。返事は急がないと言ったが、色々言葉を考えてなんとか思いを伝えようとしてくれた。


 「結論から言うと、ごめんなさい」と告げられた。完膚なきまでに振られてしまった。

 が、その後に振った理由についても説明してくれた。どうやら彼は私のことを共通の趣味を持つ友人だと思っているらしく、恋人になるとその関係が崩れてしまうことを危惧しているのだそう。また、「今は気持ちが恋愛に向いていない」とも言っていた。こればかりは正直いたしかたないと思う。私がいくら頑張ったところで恋愛エネルギーゼロの相手を恋愛に振り向けることはできないだろうし、それを一番分かっているのは私だ。全く同じ理由で人を振ったことがある。

 告白してから振られるまでに数分、間があった。その間で上のことをいろいろ考えてくれたのだろうし、それを私に伝わる言葉に直して伝えてくれた。それに、我々は横並びになって同じ方向を向きながら話していたのだが、彼は私を振る時、わざわざ身体ごと私に向き合って話をしてくれた。なんて誠実なのだろうと感激してしまった。ラインの返事とか些細なことで彼を不誠実だと思い、心の中で断罪していた自分を恥じるくらい、私の気持ちに応える彼の態度は誠実だった。

 そして、彼は「これからも同じものを好きな人同士、関係を続けていたい」と言ってくれた。恋人ではないが、友人として近くにいられるということだ。これには心底感激した。というのも、私は好意を抱いていない人から向けられる行為に対して、嫌悪感を抱いてしまうからである。この感覚が自分の中に当たり前にあるため、告白したら受け入れられて恋人になるか、振られて縁を切られるかのどっちかだと思っていた。告白する前に、もし振られても今日がとても楽しかったから、もう彼と会えなくなっても未練はないと思っていたくらいだ。そのため、玉砕したとはいえ関係が続くことにとても安堵しているし、振られたことに対して過度なショックを受けていない。むしろ、彼は私のことをどう思っているんだろう?ともやもや考えることの煩わしさから解放されたとまで思っている。

 また、「今他に気になってる人とか好きな人がいるわけじゃない」と言ってくれたことも安心材料の一つだ。今彼は純粋に恋愛をする気分ではないのだと分かった。もし彼の気持ちが恋愛に振り向いた時に私が変わらず仲良くしてたら、万に一つくらいは付き合えるチャンスがあるのかもな、という下心もあるが。

 

 振られたことにそりゃあショックは受けているけれど、自分の中のとても大きい感情を人に開示して、その結果相手の嘘偽りない気持ちを聞くという、ものすごくいい経験をしたと思っている。振られたショックよりも、人として経験値が上がったことを収穫だと思っているくらいには、前向きな気持ちでいる。1回目のデートの後の彼の気持ちが分からない時の辛さに比べたら、振られたショックなんて正直どうってことはない。

 それに、彼に好意を伝えたことでどこか開き直っている自分もいる。こんな大きい感情を伝えてしまった以上、他の悩みを相談するのはわけがない。そう思っているので、これから関係性をうまく作っていけば、彼は私にとって唯一無二の相談相手になるかもしれない。新たなタイプの友人を得ることができたのもかなりの収穫だ。



 という経験談は壮大な前フリであって、ちゃんと言語化したい内容はまた別にある。

https://note.com/a_ka_shi___/n/n6613ee4723a9

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?